ボーナス減額

きのうのエントリとの関連で、やはり週末の日経新聞から。

 民間調査機関六社の民間企業の冬のボーナス予測によると、従業員一人当たりの平均支給額は四十万五千三百七十八円と昨冬に比べ二・九%減る見通しだ。この通りになれば二年連続の前年割れで、夏も含めると昨夏から四回続けてのマイナス。世界経済の急減速と資源高で企業収益が大幅に悪化するのが響く。
 各社は厚生労働省の毎月勤労統計調査に基づき、従業員五人以上の事業所を対象に支給額などを予測。それによると、民間ボーナスの一人当たり支給額は昨夏に前年比一・一%減と三年ぶりに前年水準を割り込んだあと、昨冬(二・八%減)、今夏(〇・四%減)とマイナス基調に入っている。

 ボーナスの減少は家計の購買意欲を一段と冷え込ませる。「原油価格急落で物価面からの所得下押し圧力は和らぐが、ボーナスと残業代の減少がこうしたプラス効果を打ち消す」(第一生命経済研究所)との見方も浮上。個人消費は四―六月期の実質国内総生産(GDP)で三・四半期ぶりのマイナスを記録。仮に七―九月期以降もマイナスが続くようだと、日本経済は成長の下支え役を失うことになる。

 民間調査機関の冬のボーナス予測(前年比増減率%。▲はマイナス)

調査機関 一人当たり平均支給額 支給労働者数 支給総額
第一生命経済研究所 ▲4.0 0.8 ▲3.2
みずほ証券 ▲3.2 1.2 ▲2.0
三菱UFJ証券景気循環研究所 ▲3.0 0.6 ▲2.4
三菱UFJリサーチ&コンサルティング ▲1.8 0.7 ▲1.1
みずほ総合研究所 ▲1.6 0.6 ▲1.0
野村証券金融経済研究所 ▲3.8 1.3 ▲2.6
6社平均 ▲2.9 0.9 ▲2.1
07年冬実績 ▲2.8 1.6 ▲1.2

(平成20年11月8日付日本経済新聞朝刊から)

たしかに、「賃金に下方硬直性がある」とはいっても、それは基本的に月例賃金の話であって、賞与も含めた年収ベースでみればそうでもないわけですね。実際、90年代末以降のデフレ期においては、月例賃金については名目ではベアゼロが続いても、物価が下落していたため実質賃金は上昇しているという状況がありましたが、賞与が変動することで年収でみれば実質でも減収になる場面もあったでしょう。これは、経団連も「2008年版経営労働政策委員会報告」で「一時的な業績改善は賞与・一時金に反映させることが基本」と述べているように、日本企業が一般社員にも広く利益配分的な賞与を支給してきたことの帰結であり、これ自体は社員の意欲向上・動機づけに大いに資してきたと評価できると思いますが、いっぽうで年収ベースで賃金の下方柔軟性(?)が存在することがデフレを長期化させた、という指摘もあるところです。
さて、賞与を夏・冬とも月例賃金2か月分とすれば、冬賞与が2.9%減少すると、単純計算でベア約0.4%をキャンセルすることになります。夏賞与も同じく減少するとすれば約0.7%分ということになりましょうか(計算は概算かつ自信なし、です)。ということは、仮に政府が経済界に賃上げを強要できたとしても、企業はそれこそ「総額人件費」レベルで賞与を減額してこれに対応することも可能なわけです。とすると、政府が掲げる「賃上げ要請」がどれほど購買力の確保につながるかは疑問もありそうです。
もっとも、下方硬直性のある賃金の引き上げには、賞与とは異なる心理的な効果がある、つまり賃上げなら下げられることはまずないから生活水準を上げようかという気になりやすいのに対し、次も同じだけ出るかどうかわからない賞与については、増えても貯蓄に回す、あるいは一時的な消費に使うにしても、生活水準を上げるまではいかないのではないか、という説もあるようです。なるほどもっともらしいような気はしますが、本当にそうなのか、検証されているのかどうかは不勉強にして知りません。検証してみる値打ちはありそうなので、誰かやっているのではないかとは思うのですが…。
また、記事にもありますが、残業代の減少というのも効いてくるかもしれません。ならしてみればわが国の所定外労働は平均月10時間台でそれほど多いわけではありません*1が、それでも時間外が10時間減少すればこれまた単純計算で月例賃金は約7%減少する計算になります(もっとも、これは賞与には効かないので年収ベースではそこまではいきませんが)。これはとりあえず今回の記事にある賞与の減少や、経済界に賃上げを要請といったものよりかなり大きい数字になります。特に、多残業を生活設計に組み入れている労働者にとっては強烈な消費抑制効果が働くでしょう。
ということで、財源不要のバラマキという意味で政治的に魅力的なのはよくわかるのですが、やはり購買力維持とかいう目的で企業に賃上げを求めるのはあまり筋のいい考え方とはいえないようです。政策的に国民の収入減に対する補填が必要だというのであれば、政府が減税などの方法で行うのが普通の考え方というもので、そういう意味では現在取り沙汰されている「定額給付金」は考え方としてはまっとうと申せましょう(一種の逆人頭税なので低所得者に手厚いことも政策の趣旨に一致しているといえそうですし)。ただ、当然ながらこれは2兆円なら2兆円の財源の手当てが必要なわけで、だとすればこれはこれでもっと有効な使い方があるのではないか、という議論は別にあるのでしょうが。

先週末に発表された厚生労働省の「平成19年就業形態の多様化に関する総合実態調査結果の概況」によると、非正社員の割合が37.8%という結果になっていたそうです。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/syugyou/2007/1107-1.html
新聞報道はこちらです。

 厚生労働省が七日発表した就業形態についての実態調査によると、労働者に占める非正社員の割合は三七・八%となり、前回調査(二〇〇三年)から三・二ポイント上昇した。企業が柔軟な雇用を目指した結果だが、働く意欲を高めるための賃金制度見直しなど課題も多い。
 非正社員とは契約社員派遣労働者、パートタイム労働者など正社員以外の労働者を指す。〇三年との比較では、派遣労働者の比率が四・七%と二倍超に増えた。製造業や金融・保険業で活用が目立つ。
 非正社員を活用する理由を事業主に複数回答で聞いたところ、「賃金の節約」が四〇・八%でトップ。続いて「一日、週の中の仕事の繁閑に対応するため」三一・八%、「即戦力・能力のある人材を確保するため」二五・九%の順となった。
(平成20年11月8日付日本経済新聞朝刊から)

このブログでも時折書いてきましたが、私は「非正社員の増加は潜在成長率の下方屈折と産業構造変化による構造的なものだが、過度の増加は人材育成や技能形成・伝承などに支障を来たすため、いずれこの増勢は止まる」と考えていて、増勢が止まる時期については「3分の1強くらいが上限で、そろそろではないか」と(希望も含め)推測していました。しかし、この結果をみるかぎりこの推測はハズレだったようで、自らの不明を率直に反省しております。まあ、それにしてもそろそろ限界ではないでしょうか(負け惜しみ&希望的観測)。経済情勢をみるともう少し増加が続かざるを得ないのでしょうが、その後は景気回復にともなって反発が来るのではないかと期待しています。さすがに非正規雇用が半数に迫るようでは、日本全体の技能レベルがかなり低下してしまうのではないかと心配です。
派遣労働者が大幅に増えたのは、これは製造現場への派遣が解禁されたことの影響でしょう。平成15年調査では、製造業は「正社員76.7%、派遣2.0%、パート12.3%」だったのが、今回調査では「正社員70.3%、派遣9.8%、パート10.9%」となっていて、派遣が7.8パーセントポイント増加しているのに対し、正社員は6.4パーセントポイント減少、パートが1.4パーセントポイントの減少で、なんとこの二つでうまく計算が合ってしまいます。もっとも、これをもって製造業の常用代替が進んでしまった、と考えるのもやや早計な感があります。この中には、高齢法改正で60歳以降の継続雇用が義務化されたことにともない、「60歳定年でいったん退職→派遣会社からの派遣で継続就労」という形で就労する高齢者が相当割合含まれていると思われ、だからこそ今般の派遣法改正の議論にあたっても、インハウス派遣の規制から定年退職者を除外することとされたわけでしょう。もっとも、これは全産業の数字ですが、派遣労働の活用理由として高齢者再雇用をあげた企業は2.6%(平成15年1.7%)しかなく、嘱託の67.3%(平成15年56.5%)に較べてかなり少ないので、それほど多くはないのかもしれません。ちなみに、派遣労働には「2009年問題」も目前に迫っていることは周知のとおりで、これは派遣の比率を下げる方向に働くものと思われます。まあ、それで非正規比率までが下がるかというと、そうはなりそうもありませんが…。
なお、非正社員活用の理由については「賃金の節約」が40.8%でトップということですが、他の選択肢のうち「景気変動に応じて雇用量を調節するため」「長い営業(操業)時間に対応するため」「1日、週の中の仕事の繁閑に対応するため」「臨時・季節的業務量の変化に対応するため」といったフレキシビリティに関する選択肢も、結局のところはすべてコスト抑制、「賃金の節約」につながるわけなので、複数回答だと相当の重複がありそうです。「賃金の節約」が単純に単価の低さを意味しているとは考えないほうがいいように思われます。

*1:「毎月勤労統計調査」による。所定外のデータには統計による差が大きいことが指摘されていますが、とりあえず残業代について考える場合は毎勤統計がいいでしょう(笑)。