日本マクドナルド事件(東京地判平20.1.28)をめぐって(6)

引っ張りましたが(笑)、これで最後です。いよいよ(笑)ホワイトカラー・エグゼンプションの話に入りますが、基本的には労基法第41条2号の限界とホワイトカラー・エグゼンプションの必要性について、恐れ多くも荒木尚志先生のご所論をひきながら述べてみました。

 前振りが長くなりましたが、ここで申し上げたかったのは要するに、長時間労働の抑止、健康被害の防止といったことを考えるときに、必ずしも割増賃金のしくみが必要とは限らない、ということです。これを前提として、もはや店長を対象とした日本マクドナルド事件からははるかに離れてきますが、いわゆるホワイトカラー・エグゼンプションについて考えてみたいと思います。
 さきほど、マクドナルドの店長は労基法上の管理監督者ではないにしても、従業員500人のスーパー、ショッピングモールの店長ならば労基法上の管理監督者にあたるとしても問題はないだろう、という話をしました。申し上げるまでもなく、世の中の店長はマクドナルドの店長と大型スーパーの店長しかいないというわけではありません。その間、あるいはその周囲には、ずっと連続的にさまざまな店長が分布しているわけです。これは店長に限った話ではありません。むしろ、店長は現場の監督職であることが多いわけですから、比較的わかりやすいとすらいえるかもしれません。
 いうまでもなく、大きな問題となるのがいわゆるホワイトカラー、その中でもさきほど申し上げた「スタッフ管理職」です。当然、ホワイトカラーの大半は、労基法上の管理監督職には明らかに該当しないでしょう。いっぽうで、常識的に考えて労基法上の管理監督職として差し支えないホワイトカラーのスタッフ職も存在します。そして、その間には、幅広く稠密なグレーゾーンが広がっています。そこをどこかでスパッと一刀両断し、ここからは労基法上の管理監督者で、ここからはそうではありません、というのが現行の法制度になっているわけです。どの店長も、概念的にはどちらかに含まれていなければならない。しかし実際には、どこで一刀両断されているのかは明らかにはわかりません。当然、判断に迷う例も少なくありません。にもかかわらず、そのどちらに含まれるかによって、一方では時間外労働や休日、割増賃金などのさまざまな規制が適用されるのに対し、他方はそのほとんどがほぼ無条件で適用除外になるという、かなり極端な違いが出てきてしまいます。仕事の中身も働き方も多様化し、専門化している現代にあって、こうした制度が混乱を招かないわけがありません。もちろん、裁量労働制など、多様化・専門化に対応した制度も一部導入されてはいますが、それで十分な解決になっているとは申せないようです。
 たとえば、さきほども少し触れましたが、いま実態として人事管理上労基法上の管理監督者として取り扱われているスタッフ管理職について、休日の規制まで除外することが人事管理上本当に必要なのか。かなり多くの場合、そこまで必要としてはいないのではないかと思います。企業が「労働時間管理になじまない」というとき、それはほとんどの場合「時間外手当を時間割計算で支給するにはなじまない」という意味であって、健康管理のために出退勤時刻や在場時間を管理することは別問題と考えられているのではないかと思います。また、休日についても、対象者によっては4週4日くらいの規制はあってもいい、あるいはあってしかるべき、と考えられていることもあるでしょう。ということは、単に「時間外手当を時間割計算で支給することはしない」だけで足りる人たちが法律的にグレーな「スタッフ管理職」として管理監督者扱いされ、そもそも適用されてよい他の多くの規制からも外されてしまっているという実態があることになります。
 実はこれは、労働政策審議会労働条件分科会の公益委員として、先般の労働契約法の制定、労働基準法の改正の議論をリードした東京大学荒木尚志先生がしきりに強調しておられた論点です。人事管理上、時間外手当を時間割計算で支給することがなじまない人、そのことについて労使が一致できる人というのは、相当程度存在する。そういった人について、割増賃金支払について規制を緩和する一方で、それでも保護に欠けることのないよう所要の新たな規制もセットで実施する。それが、先般しきりに議論されたホワイトカラー・エグゼンプションである、というのが荒木先生のご所論ではなかったかと思います。
 これは労働政策審議会の建議では「自律的労働時間制度」として結実しましたが、残念ながらその後政治的要請によって労働基準法改正法案からは排除されてしまいました。これはマスコミの「残業代ゼロ法案」などといった悪意あるネガティブキャンペーンに対して、支持率低下に苦しむ与党幹部が耐えかねて、とにかく不評なものはやめておけという脊髄反射で外されてしまったわけですが、実際に建議を読んでみると、かなりよく考えられた制度設計になっていることがわかります。具体的には、たしかに割増賃金の規制は除外されるわけですが、その代わりに年間104日の休日を必ず確保しなければならないとか、健康対策として週40時間を超える在社時間が月80時間を超えたら医師による面接指導とか、さらには年収の下限規制、これは900万円が有力とされていましたが、これらの実体規制に加えて、本人同意や労使委員会決議といった個別的・集団的な手続規制も定められていて、労働者保護に欠けることのないよう、かなり慎重な規制強化が組み合わせられていました。個人的には、年間休日104日は52日、年収900万円以上は700万円以上くらいでもいいのではないかと思いましたが、そこはかなり安全サイドに設定したのでしょう。大切なのはやはり「週40時間を超える在社時間が月80時間を超えたら医師による面接指導」というところで、こうした制度が適用される人はやはり専門的で高度な仕事に従事していることが多いでしょうから、興が乗ったり、強い関心を覚えたりしたときには、ともすれば働きすぎになりがちな心配があるわけです。とはいえ、いくら好きでやっているにしても健康被害につながるような長時間労働はやはりまずいわけで、そこはこうした規制によって予防していく。こうした専門的な高度人材は企業にとっても貴重な戦力ですから、働きすぎでダウンされたら企業としてもたいへんな痛手なわけで、そう考えても健康管理には重々配慮することが必要でしょう。
 あれだけ大々的にネガティブキャンペーンが行われ、政治的にも排除されてしまったものだけに、昨今の政治情勢をみるとはたしてこれが再び日の目を見ることがあるのかどうか、いささか悲観的にならざるを得ないわけですが、いずれまた労使で冷静な議論ができるようになった時点で、あらためて考えてみるべきものではないかと思っています。
 というわけで、最後は日本マクドナルド事件とは全く異なる話になってしまいましたが、一応これで私のお話を終わらせていただきます。

ということで尻切れトンボな終わり方になっていますが、実際の報告では時間がなくなってもっと尻切れになってしまったのでした。