日本マクドナルド事件(東京地判平20.1.28)をめぐって(1)

 先日、といってももう数ヶ月前になりますが、某研究会で日本マクドナルド事件(東京地判平20.1.28)について使用者サイドの立場から報告を求められました。
 依頼を受けたときには、たしかに使用者敗訴の判決ではあるものの、いたってもっともな判決で特段の異論もなく、コメントも難しいなあという感じだったのですが、この判決をふまえた実務上の法的留意点や、管理監督者の範囲から発展してホワイトカラー・エグゼンプションの話などもしてほしいとのことでしたので、まあなんとかなるかということで引き受けました。というわけで、私にしては珍しく原稿を準備しましたので、ここで転載しておきます。もっとも、時間が限られていたため、現実の報告ではかなりの部分をスキップしました。そのため、聞き手には議論が飛躍するように感じられたところがあったかもしれません。
 長いものですので、例によって(笑)数回に分けての掲載とします。初回は、東京地裁判決およびこの事件自体への評価です。ちなみに、この判決の概要についてはhttp://www.zeem.jp/present/social/s_200805.htmlをご参照ください。

 本日私に与えられた課題は、今年1月に出された日本マクドナルド事件の東京地裁判決について使用者サイド、人事管理の実務からみた法的論点を紹介するというもので、特に長時間労働問題やホワイトカラー・エグゼンプションについて触れてほしいとの要請を受けています。
 使用者敗訴の事件なので、いろいろ言いたいこともあるのではないかということかもしれません。しかし、この判決そのものについては、これは労働関係者の多くがそうではないかと思いますが、私も特に意外な感じは受けませんでした。むしろ、過去の裁判例の流れを踏襲した、いたって順当なものと評価できるのではないかと思います。ファーストフードの店長といえば、それなりに権限は持っているとしても、やはり現場の監督職であって、労基法上の管理監督者にあたると考えるのは常識的に無理でしょう。とりわけ今回のケースでは、私は個人的には店長の処遇の問題が決定的ではなかったかと思います。店長の処遇は年平均約707万円で、管理監督者扱いでない最上級のアシスタント・マネージャーの平均が割増賃金含みで約591万円ですから、一見相応の差異があるようにみえますが、人事評価の下位10%にあたるC評価店長は平均約579万円、40%を占めるB評価店長は平均約635万円だというのですから、半数の人は部下より高いといってもその違いは1割もなく、評価次第では部下を下回ることもありうるわけで、これで労基法上の管理監督者扱いにして割増賃金を支払わないというのはいくらなんでも行き過ぎでしょう。
 ただ、ここでひとつ確認しておきたいのは、この事件の本質はどこにあるのか、ということです。もちろん、訴えの中心は、日本マクドナルドの店長は労働基準法上の管理監督者にはあたらず、したがって使用者は割増賃金の支払を要する、というものです。ただ、マスコミなどをみていると、原告は息子に「ぼくが死んでも忙しすぎてお葬式に出られないね」などと言われた、といったような煽情的な報道がされていて、どちらかというと長時間労働問題にフォーカスしているようですし、原告自身も「日本マクドナルド長時間労働を告発する」といった趣旨の言動をしているようです。実際、管理監督者として取り扱われていると、裁判で直接的に長時間労働をさせるのをやめさせることは技術的になかなか難しいものがあります。そこでこういう訴訟を起こして、間接的に長時間労働是正を勝ち取ろうという趣旨なのでしょうが、形としては時間外割増賃金の支払を求めるという裁判になりますので、ことの本質が見えにくくなります。要するに「カネをよこせ」という裁判ですから、「じゃあ時間外割増賃金を支払えば、時間外協定の特別条項の範囲内であればいくらでも時間外労働をさせてもいいのか」という話になってしまいかねないわけです。まあ、割増賃金をもらえるのはそれはそれでけっこうな話で、カネもくれ、労働時間も短くしろ、でもいっこうにかまわないわけですが、政策を考えるにあたっては、カネなのか時間なのか、というところは明確にして議論をする必要があるのだろうと思います。
 ということで、判決自体は別段目新しいものではなかったわけですが、社会的にはたいへん大きな反響を呼びました。これは、被告が日本マクドナルドという有名企業であったことや、長時間労働や過労死が社会問題として注目されていたこと、あるいは連合がマクドナルドユニオンを熱心に応援し、宣伝したこともあるでしょう。さらに、世間では多くのいわゆる「店長」と呼ばれる人が、日本マクドナルドと同じような待遇にある、ということもあったでしょう。そのため、この判決を受けて店長の処遇を見直し、時間外割増を支払うように変更する企業が相次ぎました。有名なところでは、コンビニ最大手のセブン・イレブン・ジャパン、紳士服最大手のAOKIホールディングス、通信カラオケ最大手の第一興商といったトップ企業が見直しに踏み切っています。また、日本マクドナルドはこの地裁判決を不服として控訴したわけですが、そのかたわらでやはり店長に時間外割増を支払うという見直しを行うと発表して世間を驚かせました。これらの各社では、残業代を払ってそれでおしまい、ということではなく、あわせて残業を減らし、労働時間を短縮するための取り組み、たとえば紳士服のAOKIでは全店舗に毎日の売上処理までできる自動釣り銭機を導入するそうですが、こうした取り組みも進めようとしているそうです。労働時間をきちんと把握、管理し、効率化によってその短縮を進めるというのは人事管理の改善、高度化の取り組みとしてたいへん好ましいものですから、この判決をきっかけにこうした気運が高まったということは、この判決の意義として高く評価できるのではないかと思います。