きのうの続きです。まずは社説の後半をどうぞ。
外食チェーンばかりか、ぞろぞろと多業界で、「名ばかり管理職」の実態が浮かんだ。滋賀県では県立病院に対して、労働基準監督署が是正勧告を出した。「管理職」の肩書を与えておけば、残業させ放題という悪知恵が社会にまん延しているなら、許せない。企業などだけでなく、国には徹底した是正策を求めたい。
マクドナルドは控訴中だが、今夏からは「店長に残業代を払う」ほかに、「残業を限りなく減らす」ともいう。それは原告の店長が最も求めていたことだ。課題はきちんと履行できるかである。
一般論だが、残業が多い店長に対して、会社が評価を下げることがある。評価が下がれば、給料にも響きかねない。それを恐れて、多時間の残業をしながら「残業ゼロ」と申告する。つまり「サービス残業」と呼ばれる実態である。もちろん法に反する。
マクドナルド側は「労務監査室を新設し、適切な労務環境をつくる」というが、原告の店長は「業務量が減らない限り、労働時間も変わらない。サービス残業が増えないか」と懸念する。
企業社会にサービス残業が横行すれば、まるで現代版の「蟹工船」だ。勤務時間を把握し、残業には適正賃金を払う。当然のことだ。残業代まで「名ばかり」になっては、「マックのスマイル」が泣く。
(平成20年5月23日付中日新聞社説から、以下同じ)
「現代版の「蟹工船」」だの、「「マックのスマイル」が泣く」だの、煽情的な表現で自己満足に浸るのはそれはそれでご自由ですが、社説というのは報道機関の公式見解なのですから、理屈の部分はもうすこし整理してほしいものです。
日本マクドナルド事件の第一の意義は「ファストフード店の「店長」は労基法上の管理監督者にはあたらない」、すなわち「時間外労働については時間割計算で割増賃金の支払を要する」ということが世間に広く周知された、という点にあるといえると思います。それを口汚く誇張して言えば「ぞろぞろと多業界で、「名ばかり管理職」の実態が浮かんだ」「「管理職」の肩書を与えておけば、残業させ放題という悪知恵が社会にまん延」というあまり適切とは思えない表現になるのでしょうが、それはそれとして、現実に起きていることはこの判決を契機に多くの企業・職場で労働時間管理・賃金支払の改善・適正化の進展であり、これは大いに評価すべきことでしょう。国に介入を求めるというのもありうる主張で、現に厚生労働省はさっそく「管理監督者の範囲の適正化について」という通達(平成20年4月1日付基発第04001号)を出していますから、これをもとにした行政指導なども行われていることでしょう。
訴訟としてはそれだけの話なのですが、そこに「長時間労働・過労死」や「サービス残業」といったものが結びついてくるので話が混乱してきます。
社説によると「マクドナルドは控訴中だが、今夏からは「店長に残業代を払う」ほかに、「残業を限りなく減らす」ともいう。それは原告の店長が最も求めていたことだ」ということのようです。ただ、そうだとしても、実際には、訴訟の中身は時間割で割増賃金を払え、というものですから、それ自体は理屈上は残業代が払われてさえいれば残業が多かろうが少なかろうが関係ありません。
現実問題としては「残業を減らせ」という裁判を起こすのは技術的に難しいので、かわりにこういう裁判を起こしたという事情だろうと想像はできるのですが、それであればなおさら、残業代と長時間労働を直結してしまうと理屈が合わなくなります。たしかに、割増賃金は時間外労働を行わせた使用者に対するペナルティという意味もあり、そのコストが時間外労働に対する一定の抑止効果を持つことも事実でしょうが(いっぽうで、所得選好の強い労働者に対しては時間外労働に対する強い促進要因となることにも注意が必要)、いずれにしても、社説の表現をまねれば「残業代を与えておけば、残業させ放題」という基本構造に変わりはありません。法規制で長時間労働の抑止を考えようということであれば、この判決からいったん距離をおいて、たとえば36協定の上限時間や特別条項の運用やその適用範囲などの見直しを議論する必要があるでしょう。これはこれで非常に難しい課題です。
さて、社説は最後にサービス残業はけしからんという結論で終わっているわけですが、店長であろうがなかろうが割増賃金が適法に支払われるべきことは当然なわけで、これまた店長が労働基準法上の管理監督者にあたるかどうかという今回の裁判とは一定の区別が必要です。
で、ここがいちばん混乱しているように思うのですが、「原告の店長は「業務量が減らない限り、労働時間も変わらない。サービス残業が増えないか」と懸念する。」というのはもっともな懸念なのですが、それでは残業代を払って不払いの「サービス残業」がなくなればそれでいいのか、といえば、少なくとも建前としてはそうではないはずですね。ところが、社説の結論は「勤務時間を把握し、残業には適正賃金を払う。当然のことだ。残業代まで「名ばかり」になっては、「マックのスマイル」が泣く。」というもので、結局は「残業代を与えておけば、残業させ放題」で終わってしまっています。実際には、原告の店長の懸念にこたえるには、単純化していえばたとえば「なるほど、それほど店長が長時間労働なら、そういう店長の店舗には店長を2人配置して、仕事は半分ずつ、給料も適正賃金で半分ずつにしましょう」などといった議論をしなければならないはずなのですが。
といった具合で、この判決の社会的意義はなにか、この訴訟を通じて原告が提起したかったものはなにか、といったことを整理して議論しないと、結局は「過労死」とか「蟹工船」とかいった感情論に終始して終わってしまった、ということになりかねません。注意すべき点ではないでしょうか。
この社説についてはもう少し書きたいことがありますが、論点が変わるので明日のエントリに回します。