日本マクドナルド事件(東京地判平20.1.28)をめぐって(2)

きのうの続きです。ここでは、事件の主役となった「店長」について、現実にどのような人事管理が行われているのか、それはなぜなのか、について述べています。

 さて、私たち実務家は、どうしても実態はどうなのか、現実はどうなっているのかというファクトベースの議論を好むわけですが、この判決が人事管理にどれだけ影響を与えたかという面白い調査があります。日経MJ、かつての日経流通新聞に掲載されていたものですが、日経リサーチが毎年やっている「日本の飲食業調査」というのがあり、今年は店長の待遇についても聞いているのです。これは対象は飲食業だけになるのですが、その内訳をみると、現時点で店長が時間外割増を受けとっていないのが66%、受けとっているのが34%で、だいたい2/3と1/3という感じです。今後どうするかというと、依然として割増なし、というのは54%で、12パーセントポイントも低下しています。かなりの影響といっていいと思います。割増を払う、というのは39%で5パーセントポイントの上昇、あと7%は態度未定となっています。
 いっぽうで、店長を管理職にしている企業の9割弱で、「店長手当」といった特別の手当が支払われています。この店長手当というのがどういう意味かということですが、私はこれはかなりの部分、時間外割増が支払われない分の補填、埋め合わせという意味があるのではないかと思います。多くの企業では職能給制度や職務給制度が採用されていますので、役職者の職責の重さについては、職能資格や職務等級に反映されることが一般的で、役職手当はむしろ部下の冠婚葬祭や、いわゆるノミュニケーションとかいったものに必要な費用の補填であったり、あるいは通常の労働時間を超えて働く必要があることへの金銭的配慮といった性格を持つといわれています。ですから、割増賃金は支払われないにしても、それに代わるものは支払われているというのが実態ではないかと思います。世間では、日本マクドナルドの人件費がこれで大幅アップする、というような言われ方がされています。たしかに、店長手当まで入れて割増賃金を計算すればそうなるでしょうが、もともと時間外割増の代替的性格を持つ店長手当はやめて、その代わりに時間割計算で割増賃金を支払います、ということにすれば、それほど人件費の総額は変わらないでしょう。実際、あとから取り上げますが、今回店長の処遇を見直した企業の多くはそのような対応をしています。
 だったらなぜ、現状は時間外割増でなく店長手当なのか。その理由として、世間ではすぐに安い手当で過酷な長時間労働をさせるため、といった反応をしがちです。たしかに個別にみれば、この事件もそうですが、そういう実態もあるのでしょう。しかし、日本マクドナルドも平均すれば店長の残業時間は月30時間だそうです。短いとは申さないまでも、格別長いというほどの数字でもないでしょう。そうした側面がまったくないとは言えないにしても、すべて、あるいは大半がそういう動機だと考えるのは実態にあわないように思います。
 そこで、さきほどの調査によれば、店長を管理職扱いする理由としては「店舗運営の責任があり、時間管理に適さない」が7割強、「非管理職にすれば士気に影響する」が3割弱あるそうです。もちろん、時間管理に適さないからといって労働時間規制を適用除外していいということにはなりません。時間管理に適さず、かつ、適用除外しても保護に欠けない、ということでなければ適用除外はできない、これは当然のことです。ただ、企業が店長は「時間管理に適さない」というときに、それが労基法上の管理監督者ほどの適用除外を考えているかというと、おそらくそうではないでしょう。労基法上の管理監督者に適用される規制は深夜業と年次有給休暇だけで、たとえば1週1日、4週4日の休日の規制は適用されませんが、いっぽうで店長は休日が一日もなくてもいい、とまで考えている企業がいくつもあるとは思えません。現実には、労基法上の管理監督者ほどではなくても、現状よりはもう少し緩やかな規制でいいのではないか、さらに具体的にいえば、一定の店長手当を支払っておけば、時間外労働の割増賃金を時間割計算で支払うのはなじまないのではないか、というくらいの程度ではないかと思います。その考え方が妥当かどうかはまた別問題で、これは店舗の規模や独立性など、いろいろな面を考慮して実態に即して判断されるべきでしょう。後の話をちょっと先取りしますが、たとえば、マクドナルドの店長は時間外労働の割増賃金を時間割計算で支払うのが妥当である、これはそのとおりでしょうが、いっぽうで、従業員数500人の大型スーパーの店長なら労基法上の管理監督者であってもなんらかまわないともいえるでしょう。この間はずっとグラデーションがあるわけですが、現行法制はそこのどこかで線をひいてここからは管理監督者、ここからはそうでない人、とばっさりやっているわけです。裁量労働制とか例外はあるわけですが、基本的にはそういうことだと思います。これがいいのかどうかが問題だと思うわけです。
 話を戻しまして、もうひとつ、「非管理職にすれば士気に影響する」というのがけっこうあります。もちろん、管理職だから割増賃金を支払ってはいけないということはまったくありません。というか、企業が管理職扱いしているからといって割増賃金を支払わなくてもいいということにはならないよ、というのが今回の判決だったわけです。理屈でいえば、あなたは管理職だけれど時間割計算で割増賃金を払いますよ、ということで、「非管理職にすれば士気に影響する」というのは解決できるはずです。ところが、実際にはそれがそうなっていない。ということは、時間割計算での割増賃金を受け取るよりも、店長手当を受け取りたい、そのほうが士気が上がる、という店長がかなりいるのではないだろうか。自分は店長なのだから、自分の仕事は時間の切り売りではない、この店の全権を持って運営しているのだ、という自負を持っている人が相当いるのではないだろうか、と考えるてもそれほど無理はないのではないでしょうか。