権限を与えるゆとり

日経は今年「働くニホン」という連載コラムを掲載していて、今週は月曜日から「やる気再点火 現場発」というシリーズを展開しています。かつての日経の論調を考えると「おまえが言うかおまえが」の感は禁じ得ず、いささか気持ち悪いものがありますが、それでもさすが日経というか(笑)、微妙に外しているところが面白いところです。というわけで、きのうの日経から。

…仕事にやりがいを感じる人の割合は〇五年に一六%強と一九八〇年代前半の半分に落ち込み、〇八年の労働経済白書は「仕事への満足感の低下」を正面からとり上げた。権限を任されて課題を克服する達成感の不在が、やる気の低迷を招く原因となっていないか。
 「広告主は一切意識せず自由に企画して」。電通が社内で版権を押さえた独自の子供向けキャラクターの事業化を打ち出すと、二十―三十歳代の若手を中心に六十近い案が短期間のうちに集まった。広告主の保守化で大胆なCMを作れないと感じていたクリエーターたちが目を輝かせた。
 選ばれた案は金錫源(30)の「豆しば」。豆の形で犬の顔を持ち、皮肉交じりに豆知識を語る異色のキャラクターに、玩具会社などの商品化要請が相次いだ。金は「様々な実務を通じて責任感が生まれ、やる気が一段と高まった」と言う。

 携帯電話機の世界大手、英ソニー・エリクソンの開発部門を率いるコーポレート・バイス・プレジデントに七月に就いた坂口立考(45)は「世界共通で使える携帯電話の新サービスを」と意気込む。
 ソニーの経営企画部門に在籍中、携帯電話の将来性と同社単独の事業展開に限界を感じ、エリクソンとの合弁を提案。当時の社長、安藤国威(66)は社内の反対を退け「ソニーの今後十年がかかっている。やってみろ」と支持した。
 坂口は責任を果たすために新会社に転籍。一度ハードを買えば、中身のソフトを何度でも書き換えられる携帯電話機の開発に躍起だ。「新しいサービスは新しい端末で」という業界の常識を覆す試みが、三年後の発売を目指して進む。

 リスクを伴う仕事の権限と責任。任せる側も任される側も大きな重圧を感じるが、難局を乗り越えて納得できる成果を生み出した時の喜びと自信は大きい。
 若手を含め「あなたが主役」という状況の中で成功を勝ち取ることができれば、個々の実力と意欲は一段と伸びる。厳しい経済環境だからこそ、仕事の達成感をバネに自分自身と職場の成長を実現する好循環をつくり出すことが大事になる。
(平成20年8月26日付日本経済新聞朝刊から)

ちなみに「豆しば」はこちらです↓
http://dogatch.jp/tv/kodomo/mameshiba/top.html
で、記事のほうはだいたいもっともなんでしょうが、「リスクを伴う仕事の権限と責任」というのがどうにも違和感というかなんというか。
「豆しば」のヒットはご同慶ですが、「二十―三十歳代の若手を中心に六十近い案が短期間のうちに集まった」ということは、残りの50いくつかは「ボツ」になったわけでしょう(まあ、ほかにもいくつか商品化されたものもあるのかもしれませんが)。
その案を出した50何人かは、採用されなかったという点では「納得できる成果」を生み出したとはいえないかもしれませんが、それでは彼ら・彼女らのやる気は高まらなかったかといえば、そうでもないのではないでしょうか。責任や権限といった堅苦しい形式が問題なのではなく、「やりたいこと、興味のあることをやることができて、それがビジネスに結びつくチャンスがありそう」という、組織や仕事の「ゆとり」や「遊び」といったものがやる気につながっているのではないか。別に、ボツになった50何人も、それで例えばボーナスを減らされたとかいうわけではないでしょう。新企画というのは成功する人より失敗する人の方がはるかに多いわけで、成功すればやる気が高まるのは当たり前なのですから、失敗した人のやる気をどうするか、というほうがよほど大事なのではないでしょうか。そのときに「ダメでもいいからやってみな」という「余裕」があることが重要ではないかと思うわけです。
次に紹介されている携帯電話の事例はまさに「権限と責任を渡すから、やれ」という例で、やる気は大いに高まっているようですが、結果がいいかどうかはわからない、という状況でしょう。で、このケースで、権限を渡したのにダメだったんだから解雇だとか降格だとかいうきつい責任の取らされ方をするのであれば、無理やりやらされれば必死でやるでしょうが、喜んでやる気を持ってやります、という人はかなり少ないのではないでしょうか。成功すればもちろん「喜びと自信は大きい」「実力と意欲は一段と伸びる」でしょうが、とりあえず権限を与えてやらせれば、失敗してもそれなりに自信、実力、意欲といったものは高まるわけです。ダメだったら次の賞与は少なくなるかもしれないけれど、その後は新会社で別の開発をやりなさいとか、あるいはソニーに戻って元の仕事をしなさいとか、その程度のリスクにとどめておかないと、そもそもやる人がいなくなってしまうでしょうし、それでもやる気はかなり上がるでしょう。
たしかに、権限は与えるけれど責任は強くは問わない、というのは「甘い」という印象もあるでしょうし、そんなことでは成功しない、という考え方もあるかもしれませんが、しかし逆にいえばそれが「ゆとり」「余裕」であり、やる気の源泉になるのだ、という面も大きいのではないかと思います。