Hidden Talent

日経ビジネスのウェブサイト「NBonline」のポスト成果主義連載特集で、"Hidden Talent"=「隠れた人材」という考え方が紹介されていました。紹介者はボストンコンサルティンググループシニアパートナー兼マネジングディレクターのアンダース・ファーランダー氏です。氏は米IBMで財務アナリストやマーケティングコンサルタントなどを務めた後、ボスコンに入社されたということで、IBM時代に東京に勤務した経験があるそうです。
そこで、隠れた人材というのはどういう人材かというと…

 米国の大企業を相手にコンサルティングをする中で気づいたのですが、企業の職場には知識やノウハウの持ち主のほかに、組織の円滑な運営に貢献している人がいます。大きく分けると、次の3つのタイプです。
 まずは「問題解決者」。これは、何か問題が起きた時に、社員たちから真っ先に問題を解決するための助言を求められる人です。

 次は「メンター」です。これは、社員が自分のキャリアについての助言や、ほかの社員との関係が悪化した時のアドバイスを求める人ですね。

 最後は「懸け橋」と呼ぶ人材です。これは文字通り、社内の異なる組織の懸け橋となる社員を意味します。

 これらの3つのタイプの人材がいなくなると、組織の運営に大きな支障が出ます。ところが、驚くことに企業の経営陣はこれらの人々の存在に全く気づいていない。そこで我々は「隠れた人材(Hidden Talent)」と名づけました。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/pba/20080821/168480/、以下同じ)

なかなか巧みな整理だなあと思いますが、従来から感覚的に「顔が広い人」とか「顔が利く人」とか言われてきた人と重なる部分が大きいのだろうなあと思います。「あの人に頼めばなんとかなる」というわけで、人脈と人望を活用してうまく話を進め、まとめていくタイプの人です。で、「企業の経営陣はこれらの人々の存在に全く気づいていない」というのはおそらくはアメリカの話で、内部昇進が多い日本企業では経営陣もこうした人々の存在を認識していることでしょう。ただ、こうした人々がそれを高く評価されているかというと、必ずしもそうではないかもしれないという点では、日米に共通するものはありそうです。
さて、ファーランダー氏はその理由を成果主義に求めます。ここで「ポスト成果主義特集」との関連が出てくるというわけです。

 なぜ彼らの存在に気づかないのでしょうか。理由の1つには、今日の企業の多くが採用している成果主義型の人事評価制度があります。
 そこでは1人当たりの売り上げや利益など一定の評価基準に基づいて、上司が部下の成果を評価する。その基準は、隠れた人材の価値を評価できるものにはなっていません。ですから、上司から高い評価を受けることがない。企業の経営陣が隠れた人材の価値に気づかないのも無理はありません。
 さらに、上司の評価には恣意的な部分がどうしてもあります。企業で最高の人材と評価されている社員は、得てして外交的な性格で上司の前で自分を良く見せることが上手な人であることが多い。しかし企業の現場には、内向的で上司の目にはなかなか留まらないけれども、貴重な人材がいるのです。

これもまあアメリカではそうなのでしょう。ただ、日本でもそうかというと、そこには日本独自の要因がいくつかありそうです。
ひとつは、日本における企業特殊的熟練に対する奇妙な軽視、といったものがありそうです。古くから、こうした「企業内の人脈で仕事をする」といったタイプの人に対しては、「別の企業に移ったら使い物にならない、転職ができない、企業が倒産したらおしまい」といった批判がなされ、それが「日本的な長期雇用慣行はこうした人を多数作るので問題だ」といった長期雇用批判とセットにされてきました。実際には、こうした人は企業を移っても巧みに人脈をつくり、人望を形成していくことが多いのではないかと思われますが、それにしてもある程度の時間は必要なので、たしかに生産性は一時期低下するでしょうが…。いずれにしても、「人脈」のような「他社で使えない」スキルを一段低くみるような風潮は日本の企業社会の中にはけっこう強くあるように思われ、それがこうした人たちの評価を低くしている可能性はあるように思われます。
もうひとつは、これはアメリカでもそうかもしれませんが、組織の論理、といったようなものです。基本的に、問題解決にせよメンターにせよ懸け橋にせよ、企業組織の職制ライン、指揮命令系統によって実施されていくのが正論であることは否定できません。問題解決は上司に相談しながらその指導のもとに行い、メンター役はまずは日常的に指導にあたる直属上司であり、懸け橋の機能はそれぞれの部署のマネージャー同士が連絡することで果たされる、というのが、組織運営の基本的なルールであることは論を待ちません。こうした正規の立場で役割を果たす人が高い評価を受けるのも当然でしょう。「隠れた人材」はこうした職制ラインで対応できない部分に補完的な役割を果たす人だと考えればいいのでしょうが、しかしそれは通常の職制ラインで仕事を進めている人たちにとっては「煙たい存在」に見えてしまうことも多いのではないでしょうか。それがともすれば、評価などで主要な役割を持つ、組織上正規の立場にある人たちが「隠れた人材」を過小評価することにつながっている可能性もなきにしもあらずだと思います。
これ以降はファーランダー氏のビジネスの宣伝めいてきますので割愛しますが、実際、このような人材をいかに評価し処遇していくのは、なかなか難しい課題といえるかもしれません。こうした役割は、通常の企業組織の中ではなかなか位置づけにくいからです。まあ、多くの場合は「隠れた人材」は正規のポストにおいても有能であることが多いでしょうから、その能力をしっかり認識し、適切なポストにつけていくことが望ましいでしょうが、「隠れた人材」としては有能でも正規ポストではその持ち味が出ない、という人もいるかもしれません。こうした人をいかに評価し処遇するかは、なかなか難問といえそうです。まあ、こうした人たちは、多少煙たがられ、相対的に低評価に甘んじたとしても、多くの人に頼りにされ、その役に立つ(ことで企業の役にも立つ)ことで十分に「報われている」と感じているのかもしれませんが。