山田昌弘・白河桃子『「婚活」時代』

「キャリアデザインマガジン」第75号のために書いた書評を転載します。

 この本の本文の最初の一行は「「仕事(職)」を持つことと、「結婚」することは、人生の二大イベントです」というものだ。そして、その前に書かれた小見出しは「ここまで似ている、結婚と就職」となっている。もちろん、この二つはともに「マッチング」だから、似ているのも当然なのだが、著者がいうのは、これらがともに近年の「規制緩和」によって「自由化」されたため、新たに「活動」が必要となった、という点だ。かつては就職でいえば限られた求人企業の中から進路指導教諭の関与のもとに就職先が決まるとか、結婚でいえば「見合い」や男女交際に係る社会規範などのように、ある種の社会慣行が事実上の規制となり、なかば強制的・誘導的にマッチングが行われたり、マッチングの場が事実上狭く制約されることでマッチングが容易となっていた実態はあったが、こんにちではこれら慣行が「規制緩和」「自由化」されたことで、よりマッチングが成立しにくくなった。そこで必要となる就職のための活動が「就活」だとすれば、結婚のための活動は「婚活」ということになるわけだが、この語ははやくもあちこちで使われはじめており、これは、「パラサイト・シングル」や「希望格差」といった流行語を作り出した共著者のひとり、山田昌弘氏の面目躍如といったところか。
 もっとも、マッチングがうまくいかないのには、需給バランスとミスマッチの2つの側面がある。ある時期の「就活」がきわめて厳しいものとなったのは、規制緩和や自由化というよりは圧倒的な需要不足という需給バランスの崩れによるところが大きいだろう(それが結果的に規制緩和や自由化につながった面はあるにしても)。したがってその対策も需要喚起策が効果的であり、現に経済環境が好転することで「就活」の厳しさもかなり改善された。もちろん、雇用においてもミスマッチは存在し、たとえば地理的ミスマッチ、賃金ミスマッチ、職種ミスマッチ、年齢ミスマッチなどの存在が指摘されてきた。
 それに対し、結婚は基本的に女性と男性のマッチングであり、供給量はほぼ同じなのだから、量的なバランスが崩れるということは考えにくい。すなわち、結婚におけるマッチングの問題点はミスマッチということになる。
 それでは、結婚におけるミスマッチとはどんなものか。この本は、山田氏による研究成果の紹介と、もうひとりの共著者であるジャーナリストの白河桃子氏による事例の紹介によって、それを縦横無尽に描き出している。もっとも、本書ではミスマッチという観点ではなく、「出会い格差」「魅力格差」「経済格差」など、もっぱら「格差」が切り口となっている。いささか違和感はあるものの、これまた山田氏らしい、あるいは社会学者らしいといえばらしいのだろうか。そして、マッチング促進のためのキャッチフレーズは「女性たちよ、狩りに出でよ。男性たちよ、自分を磨け。」というものだ。女性たちはすでに十分に自分を磨いており、結婚市場への主体的・積極的な参加と関与が必要であるいっぽう、男性たちには自らの魅力を高めるための「供給サイド対策」がさらに必要であるという。すでに始まっているこれら「婚活」の実態も紹介されている。一部には必ずしも証拠が十分ではないような印象を受ける部分はあるものの、こんにちの日本社会、とりわけ都市部におけるそれの空気をうまく読み取っていて、まことに興味深いものがある。
 最後にはふたりの共著者が、これら研究成果や事例をふまえた「成功する婚活」について対談しているのだが、マッチング促進という観点からは、すでに就職ではかなりの実績のある「民間のマッチングサービス」の活用を促進することが重要ではないか。実際、本書にも紹介があるようにそれはすでに多数が存在し、かつサービスも高度化しているにもかかわらず、必ずしもそのイメージは良好ではない。しかし、独力での活動に限界があるのは当然であり、結婚が人生の大イベントである以上は、専門家の支援を活用するのは現実にはきわめて合理的な行動であろう。「婚活」という語が普及することで、こうした意識も変わってくるのかもしれない。そういう意味では、言葉というのも案外大切なことだという気もする。