大企業の採用は30歳から?

今週月曜日の日経新聞「領空侵犯」には、中央大学教授の山田昌弘先生が登場されました。言わずと知れた「パラサイト・シングル」や「希望各社社会」のお方であり、キャッチフレーズは別としても、言いにくい現実を遠慮なく指摘しながらの議論はたいへん興味深いもので、私もいつも注目している論者のひとりです。今回は「大企業の採用は30歳からに」と、まことに大胆な提言なのですが…。

有能な若者は中小企業へ
 ――大企業や官庁の新卒採用に規制を加えるべきだ、とお考えだそうですね。
 「大学教授の立場で感じるのは、五、六年前から大学生がリスクをとらなくなってきたということです。自分の能力や適性をあまり考えず、安定志向でともかく大企業や役所に入ろうとする。やはりリスクを避けたい大企業や官庁と学生の利害が一致し、新卒偏重が続いています。しかし若者や日本全体のことを考えると放置できない問題です」
(平成21年3月30日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

うーん…(絶句)まあ、「領空侵犯」なので、畑違いの人が好きなことを言うのが面白い、という意図もあるのでしょうから、まあこれはこれでいいのかもしれませんが…。
ネタにマジレスするようで少し気がさすものもありますが、一通りコメントしてみたいと思います。まず、山田氏は「五、六年前から大学生がリスクをとらなくなってきた」と嘆きますが、これはその頃から企業の採用が拡大したことの影響でしょう。別に、七、八年前の大学生がリスクをとることを好み、五、六年前の大学生がそれを好まない、という変化があったわけではおそらくなく、就職情勢が厳しかった時期には大企業に入れない学生も多く、結果としてリスクをとるような形になっていたのに対し、就職が比較的緩やかな時期には大企業に入れる学生が増えてきた、というだけのことではないでしょうか。「自分の能力や適性をあまり考えず、安定志向でともかく大企業や役所に入ろうとする」というのも、それでは大学生がどれほど自分の能力や適正を把握しているのか、考えれば把握できるのか、といえば疑問もあるわけで、であればキャリア形成プログラムの確立された大企業や役所を選ぶというのはかなり合理的な考え方ともいえます。とりわけキャリア官僚は若い頃から海外留学や地方行政組織、国際組織などで非常に高度な経験ができるプログラムがある仕事で、能力に恵まれた人がこれを目指すことはたいへん合理的ですし国益にもかないます(まあ、それはそれでキャリア官僚の人事管理や育成にもそれなりに問題はありますが)。
また「リスクを避けたい大企業や官庁と学生の利害が一致し、新卒偏重が続いています」というのは全く意味不明です。新卒を採用すれば大企業や官庁はリスクを避けられるのでしょうか?新卒はほぼまったくの未熟練で、能力や適性に関する情報もそれこそ学歴くらいしかありません(官庁には公務員試験がそれなりの情報になるかもしれませんが)。それなりに能力や適性に関する情報のある中途採用のほうが、その意味においてはリスクは低いはずです。もちろん、中途採用者は前職を退職している(する)ことがほとんどでしょうから、定着の面ではリスクが高いと言えないこともありませんが、それでは新卒の定着がすばらしく良好かといえばそうでもないわけで…。

 「能力に恵まれた人は、新産業を開拓するなどリスクをとって挑戦してほしい。ところが、そういう人が大企業や官庁に入り『そこそこ働けばいいや』と安心してしまいます。大企業などにも損失でしょう。一方で学歴が高くなく、コツコツと努力するタイプの人が新卒採用の枠からあふれ、非正規雇用というリスクにさらされています。これを逆にしないと日本経済は活性化しないでしょう」

なるほど、中小企業、とりわけ成長している中小企業では、人材が不足気味のことが多く、早い段階から責任のある仕事をまかされる、といったことはたしかにあります。人数が少ないゆえに一人で幅広い仕事をこなさざるを得ない、といったこともあるでしょう。そういう意味では、たしかに若年人材の育成に効果的な環境があるといえます。「新産業を開拓するなどリスクをとって挑戦」できる環境も多いかもしれません。逆に、指導者に人材が乏しいとか、専門的な部分はどうしても外部の専門家任せになって専門性が深まらない、といった問題もあるわけで、比較的「当たり外れ」が大きいということもありそうです。いずれにしても、少なくともそういった環境に向く人・合う人とそうでない人とが分かれそうで、さきほどの話ではありませんが、人それぞれ、自分なりに向き不向きを考えて進路を選べばいいわけです。一律に全員が中小企業に行かなければならない、という考え方は無理があるでしょう。ただし、自分なりに考えて中小企業を選んだものの、やはり向いていなかった、ということになった場合、その先のキャリア形成がかなり厳しくなりますので、ここは対策が求められるところかもしれません。
それから、能力に恵まれた人が(新卒で)大企業や官庁に入り『そこそこ働けばいいや』と安心しているかといえば、私の実務実感ではまったくそんなことはありません。まあ多少の安心はするかもしれませんが、ほとんどの「能力に恵まれた人」はその能力を伸ばし、発揮すべく、バリバリに働きはじめます。山田先生の教え子のみなさんもそうではないかと思いますが…。最初から『そこそこ』モードの人もゼロではないでしょうが、しかしごく少数だろうと思います。もちろん、勤続が長くなれば『そこそこ』モードの人は増えていくでしょう。自分の能力やキャリアの可能性などを冷静に判断して受け入れ、それなりに高いレベルに達した状態でそれ以降は職業キャリア以外のことも大切にする人生を送ろう、というのは非常に立派なライフスタイル・キャリアデザインであって、むしろそうした割り切りができない人が多いことが不幸なのではないかと思われます。
いっぽう、「学歴が高くなく、コツコツと努力するタイプの人が新卒採用の枠からあふれ、非正規雇用というリスクにさらされています。これを逆にしないと日本経済は活性化しないでしょう」というのは、さらっと書いていますが山田氏の真骨頂と申せましょう。「学歴が高くなく」つまり能力に恵まれなかった「コツコツと努力するタイプの人」は「逆にしないと」ということは、要するに能力に恵まれない人は「『そこそこ働けばいいや』と安心して」もらえるようにすればいい、それ以上は望むな、ということなのではないでしょうか。現実的でない夢を抱いて低労働条件で不安定な仕事にコツコツと努力してしまっている人には、その夢をあきらめさせることが大事だ、ということは山田氏はかねてから強調しておられますし、また、能力の低い人でもコツコツと努力して『そこそこ働けば』ほどほどに安定した人生が送れるような社会にしていくことはたしかに大切でしょう。で、実は製造業大企業の現場というのはかなりそれに近い状況にあります。まあ、最近ではそれも請負などに置き換わっているのも事実ですが、こんどはその請負の中から経営を高度化して「コツコツと努力して『そこそこ働けば』ほどほどに安定した人生が送れる」状況を生み出しつつある請負会社も出始めているようですが…。
それに対し「これを逆にしないと」のもう一つはといえば、これは「能力に恵まれた人が非正規雇用というリスクにさらされる」ということでしょうか。なるほど、能力に恵まれた人であればそうでない人に較べて非正規雇用のリスクに耐える力は大きいかもしれません。しかし、だからといってリスクを強要するというのもいかがなものかと…。
山田氏は「新産業を開拓するなどリスクをとって挑戦」と簡単に言いますが、そのリスクは膨大で、いかに潜在能力に恵まれているとしても、経験も知識も乏しい新卒・若年の手に負えるものではないでしょう。だから資金の出し手、その使い手、そしてそれに従事する人、それらが組織的に対応することが必要なわけで、やはり能力も高く経験も知識も豊富なそれなりのベテランがリスクを多く負うのが普通なのではないかと思われます。

 ――どうすれば変えられますか。
 「大企業の総合職と官庁のキャリアについては、三十歳くらいまで法律で採用を禁止してはどうでしょう。大学を出たら、有能な若者も例えば中小企業に就職する。年齢の下限を超えてから、大企業の総合職などの試験を受けられるようにするのです。中小企業が面白くなったら勤め続ければいい。中小企業の活力も高まると思います」

これこそネタでしょうからマジレスするのもバカバカしいのですが、とりあえず大企業は(大卒)新卒者を8年間雇用し育成(もちろんOJTで)するための中小子会社をたくさん作りそうです。で、そこから大企業に派遣で来てもらうか、あるいはまとまった仕事をそこに委託するか、いずれにしても8年たったら出来のいい人は大企業の正社員として採用し、そうでない人は子会社に残して、あなたのキャリアはここで終りですよと。だったら他の大企業の正社員にチャレンジしてはどうですか、年齢制限もこえたことだし…しかし、すべての大企業が同じことをしていたらそうもいかないか。まあそんなことになりそうです。いっぽう、中小企業としてみれば、これまでとても採用できそうになかった人材が採用できるチャンスは増えるわけですから、そういう人材を8年間だけでも使えるならそれはそれでありがたいというところでしょうか。なんとか「中小企業が面白くなったら勤め続け」てもらえるように頑張るのか、あるいはしょせん8年で大企業へ転職していく奴を育てても意味ないから、8年間思い切りこき使おうということになるのか、まあ後者には結局人が集まらなくなるので前者になりますかね。ということで、いかに山田氏のアイデアが荒唐無稽か、ということです。

 ――就職活動のあり方も変わりそうですね。
 「大企業の総合職を目指す人は中小企業で仕事の実績を上げ、就職試験でそれをアピールするのです。自分に向いているのは経理か営業か、職種も主体的に選ぶようになると思います。大学卒業後、専門的な勉強をしたり、非営利組織(NPO)で働いたりする道もあります。コツコツ型の人には安定した職場が必要ですから、大企業の一般職や公務員のノンキャリアについては新卒採用を残しておいた方がいいでしょう」

うひゃー、こりゃまた実も蓋もないというかなんというか。まあ、転職が当たり前の社会では当然次のキャリアアップのために今の仕事で頑張るわけで、そういう奴には企業は当然人材育成、人材投資などしないわけですね。しかし、残る人にはそれをやらないと中小企業もやっていけない。となると、働く人は「私は大企業なんか行きません、ここでずっと働きます」と言っておいて育成してもらい、8年たったらサヨウナラ、ということになるわけですか。で、コツコツ型は一般職やノンキャリアになっておけと。それをやったら、いちど一般職やノンキャリアになった人はおそらく金輪際総合職とかにはなれないでしょうが、まあ新卒段階でそこは分けてしまえと。山田氏らしい割り切りといえばそれだけのことかもしれませんが。

 ――それでも格差の縮小にはつながらないのでは。
 「格差が生じるのは当然のことです。でも新卒偏重のままだと、卒業時に景気がいいかどうかで明暗が分かれてしまう。運、不運で片づけるには差が大きすぎます」
 ――年齢で制限するのは規制緩和に逆行しませんか。
 「新卒偏重に変化の兆しすらないので、残念ながら法律で強制するしかないと思います。規制といっても硬直化した雇用の流動化を促すのが狙いなので、『規制を緩和するための規制』とも言えます。独占禁止法のようなものだと考えればいいでしょう」

流動化しませんって。30歳でもう一度就活をやり直すだけのことです。まあ、それでも「チャンスは一度」が「チャンスは二度」にはなりますので、たしかに「卒業時に景気がいいかどうかで明暗が分かれてしまう。運、不運で片づけるには差が大きすぎます」の対策には一応なるようには見えるでしょう。ただ、卒業時には景気がよくて売り手市場だったのにバカな規制のせいで中小企業にしか就職できず、いざ30歳で大企業への道が開けたときには「超氷河期」だった…という人はどうしてくれるんだという問題は残りますが。