太田聰一先生

日経「経済教室」の「雇用創造 拡大するミスマッチを断つ」シリーズ、本日は(中)ということで慶応義塾大教授の太田聰一先生が登場しておられます。日経がつけたとおぼしきお題は「「大学全入時代」の対策急げ 企業が望む能力育成 一括採用慣行 見直しの時」というものです。

 大学新規卒業者の就職状況が厳しい。7月1日に発表された「大学等卒業者の就職状況調査」(厚生労働省文部科学省共同調査)によると、4月1日現在の確定値では、就職率は91.0%と過去最低の水準を記録した。…
 もちろん、こうした状況をもたらした主因は、リーマン・ショック後の景気後退に伴う企業の採用抑制である。事実、大卒求人倍率リクルートワークス研究所調べ)は2008年には2.14倍であったが、わずか2年後の10年には1.28倍まで落ち込んだ。
 とはいえ、求人倍率は依然1倍を超えており、就職希望者数より求人数の方が多い。このことは多くの求人が未充足の状態にあることを意味している。…新卒市場におけるミスマッチ解消が大きな課題として浮上してくる。
平成23年7月20日日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

バブル期以降の大学新卒求人倍率をみると、1991年3月卒の2.86倍をピークに低下し、1996年3月卒の1.08倍でいったん底を打ち、1998年3月卒では1.63倍まで盛り返しましたがすぐ悪化、2000年3月卒では0.99倍まで落ち込みました。その後は1.3倍台で推移し、2006年3月卒(1.60倍)からまた回復して直近のピークが文中にある2008年の2.14倍となっています。これは厚生労働省の一般有効求人倍率とも概ね連動していますし、景気循環ともほぼ一致しています。まさに太田先生ご指摘のとおり、就職状況が厳しい「主因は、リーマン・ショック後の景気後退に伴う企業の採用抑制である」わけで、対策もまずは景気回復と労働需要の増加ということになるでしょう。次いでミスマッチ対策も必要ということで、この順序が適切であろうと私も思います。
いっぽう、ワークス研究所によれは2012年3月卒の大学新卒求人倍率は1.23倍とさらに低下していますので、ミスマッチ解消には(主に供給側で)相当の努力が必要になりそうです。

 まず、ミスマッチの背景として大学進学率の上昇を指摘したい。日本における大学(学部)への進学率(浪人を含む)は、1990年度には24.6%であったが、10年度には50.9%と、ここ20年で倍増した。…その結果、大学のカリキュラムについていけない学生が大量に発生したが、大学の出口管理の甘さもあって、読解力や計算力などの基礎学力さえ欠いた大卒者が社会に送り出されるようになった。
 それは、企業による平均的な大卒者の能力に対する評価が以前に比べ大きく低下することにつながっている。その一方で、企業は幹部候補生としての大卒者採用を絞り込んでおり、採用基準は従来より厳しくなっている。その分だけ、増えた大卒者が採用されないリスクが高まった。
 同時に、企業としても進学率の上昇に歩調を合わせて、従来は高卒者が担ってきた仕事を大卒者で充足しようとする動きが強まっている。…同じ「大卒枠」の求人でも大企業の幹部候補生から零細企業のサービス職種まで多様性が増しており、その中で新卒予定者は自分に合った就職先を見つける必要が生じている。

これは高校新卒者の就職にも大きく影響しているようで、先日発表された平成23年労働経済白書をみると(高校新卒での就職が「事務従事者や販売従事者は1990年代以降急激に減少しており、生産工程・労務作業者やサービス職業従事者などのその他職業従事者が、高卒就職者の主要な職業となった」と記述されています。

 ところが、新卒者に目を転じると、彼らには根強い「ブランド志向」があり…、少しでも名前の知れた企業や規模の大きい安定した企業に就職したいと思う企業の社会的認知度を過度に重視することで、優良な中小企業への雇用機会を放棄してしまっている面がある。また、…例えば「営業の仕事が含まれている」といった理由から、営業の種類も様々であることを理解しないままに、拒否反応を示すといった事例をしばしば耳にする。加えて、働く場所への希望が強いことも、マッチングの妨げになっている。

太田先生は2011年の千人未満の中小企業の大卒求人倍率が2.16倍であったことも紹介されていますが、残念ながらこのすべてが「優良な中小企業への雇用機会」かどうかは不明としか申し上げようがありません。もちろん相当に含まれているだろうとは思う(思いたい)のですが…。
このあと太田先生は「就職活動の「情報化」が過度に進んでいる」ことを指摘され、情報をうまく処理しきれない学生にとっては弊害も多いことを述べられます。さらに、就職率9割超は高く見えるが、途中で就活を断念して進学や留年を選ぶケースも多く、それを加えると実質的な就職率は8割程度であるとの試算が紹介されています。
そのうえで、ミスマッチ軽減策としていくつかあげられています。

…第一は、企業が新卒者に求めている「能力」と新卒者が実際に獲得している「能力」の擦り合わせの強化である。厳しい経済環境にかかわらず、高等専門学校の就職率はきわめて高い水準を維持しているが、これは学生の就職への意識づけや社会で活用できる能力の育成に成功していることの証しであろう。…各大学が卒業者を受け入れてきた企業とのチャンネルを活用しつつ、企業が学校に求めているものをカリキュラムに反映させていく努力が必要であろう。
…第二に、就職留年対策の推進である。不本意にも卒業までに思うような就職先が見つからなかった場合、かなりの数の学生が新卒者としての立場を維持するために就職留年を選んでいる。本来は避けるべき事態ではあるが、留年が学生にとって有意義な経験に転じるように、学業面・就職面での支援が求められる。
…第三は、在学中の早い段階からの就職支援である。キャリア形成を支援する部局などが中心となって就職への意識づけをするとともに、就職活動の開始時期にレールに乗り遅れないように誘導していくことが望まれる。…ウェブを用いた就職活動の「情報化」が進む中で、きめ細かな指導によって過剰な情報に溺れてしまう若年者をすくい上げることは、有効なミスマッチ抑制策となり得る。…外部の専門機関(民間含む)と大学の就職支援部局との連携も、一層強化していく必要がある。

第一の提案は、結局のところは選抜度の高い有名難関大学リベラルアーツ教育で大企業の幹部候補生、非難関大学はそれぞれの就職先を念頭に職業的レリバンス教育で個性を発揮というところに落ち着くのでしょうか。
第三に関しては、多数にわたる中小企業からの求人について、情報量が乏しい中で優良なものとそうでないものの見極めが重要になるわけで、太田先生が書いておられるように卒業生の就職先の情報を集めることも重要でしょうが、大学にできることも限りはあるでしょうから、専門機関との連携はその部分でとりわけ重要になりそうです。
さて続いて企業へのご注文になるのですが、

 以上、新卒一括採用の枠組みの下で生じるミスマッチについて述べたが、こうした採用慣行自体があまりに硬直的なために生じる問題もある。
 新卒者は、企業にとって自社の色に染め上げやすい「白い布」であり、それゆえに訓練可能性の高い労働者としてこれまで重視されてきたし、今後もそうであろう。また、新卒一括採用は若者の学校から職場への移行をスムーズにするという意味で、強みを持つシステムといえる。
 しかし、就職を目指す学生にとっては、そのチャンスを失うと大きな損失となる両刃の剣であり、学業をおざなりにしてでも就職活動にいそしむ原因になっている。
 新卒段階で就職できなかった人たちに対して第二、第三のチャンスを提供するシステムが必要である。例えば、ビジネスマナーなどの訓練を集中的に施すことで、新卒者と競争可能な仕組みをつくることが考えられる。そうした取り組みが奏功すれば、新卒一括採用の硬直性は徐々に軟化していくのではなかろうか。

なるほど、就職予備校みたいなものでしょうか。まずはここでも新卒一括採用の合理性と利点がまず指摘されていて、たいへんバランスのよい現実的な意見だと思います。
これまでも繰り返し書いていますが、好況期には第二新卒採用も拡大しますし、既卒3年までは新卒枠でといった企業も増えてきていますから、卒業後を有意義に過ごしながらチャンスを待つという作戦は現実的でしょう。これは先ほどの第二が留年しつつチャンスを待つときに有意義な過ごし方をできるよう支援するというのと同じ考え方ですね。
ただ、ビジネスマナー訓練も就職予備校も悪くはないと思いますが、すでにそういうものは専門学校とかであるような気もしますし、企業としてもやはり就職予備校の学歴よりは具体的で有意義な職歴のほうを重視するような気もしますので、どれほど有効かは不明な感はあります。