キャリア辞典「ダイバーシティ」(3)

「キャリアデザインマガジン」第71号のために書いたエッセイを転載します。


 ダイバーシティ・マネジメントが企業の競争力につながる経路としては、いくつかのパターンが想定されているようだ。
 前々回には米IBMの例を紹介したが、他の具体例もみてみよう。たとえば、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)はダイバーシティ・マネジメントに積極的な企業として知られており、その日本法人もしかりであるが、同社の日本のローカルウェブサイトによると、P&Gの考える「組織におけるダイバーシティ活用の意義」として次の3点があげられている。
 第一が「消費者に、よりすぐれたサービスを提供しうる組織となることができる」というものであり、これについては「多様な人材を組織に内包することによって、多様化する市場・顧客ニーズの多角的な深い理解が可能になる」「多様な個人が協働することによって、型にとらわれない考え方と革新性が生まれる」という2つの側面があげられている。第二は「社員全員が充実感をもって最大限の力を発揮できるようになる」であり、第三は「すぐれた人材を獲得し、育てることができる」となっている。
 あるいは、日本ヒューレット・パッカード(HP)のウェブサイトをみると、採用情報の中の「基礎となる考え方」の一項目としてDiversityがあげられている。そこでは「ダイバーシティ(人材の多様性)の幅広い取り組み」として「国籍・性別・年齢・障害の有無といった個々の違いにこそ価値がある。HPでは基本理念である「HP Way」に基づき、誰もが多様な能力を発揮してビジネスに貢献できる環境整備を目的に、ダイバーシティの推進に取り組んでいます。社員の持つ多様性こそが創造性の源であり、その融合によるダイナミズムがビジネスの成功につながる」との考え方が示されている。
 これらを整理しなおしてみると、ダイバーシティ・マネジメントには大別して3つのメリットがあると考えられているようだ。
 一つめは、IBMやP&Gの例にみられる「優秀な人材の確保」という点だ。国籍や性別などに対する偏見を持っていては、例えば優れた外国人や女性を逃してしまう、逆にいえば、外国人や女性などが働きやすい環境を整え、その力量を存分に発揮させれば、環境整備のコスト以上のリターンがある、という考え方である。
 二つめは、P&Gが第一にあげた効果のうち、前半に相当するものであり、企業活動がグローバル化する中では、それぞれの国や地域の文化や商慣行をよく知っている現地のスタッフによる商品開発や営業活動が重要になる、という考え方である。ローカルスタッフの活躍を促すためには、民族や国籍、宗教などが多様な従業員を活用するダイバーシティ・マネジメントの進歩が不可欠になるというわけだ。
 そして三つめが、P&Gの第一の効果の後半、そして日本HPが主張している「創造性の源」という観点だ。ちょっとわかりにくいのだが、逆から考えればいいだろう。「これからの時代、会社人間ばかりの組織でうまくいくのだろうか?」と問われれば、ほとんどの人事担当者は「おそらくうまくいかないのでは…」と答えるだろう。同じような人、似たような人が集まっている組織では、考えることもみな同じになってしまって、面白いアイデアは出てこない。規格品を大量生産するビジネスならそれでもよかっただろうが、独創性、創造性が求められる仕事となると、それではまずいのではないか。
 その裏返しを考えるのがダイバーシティ・マネジメントということになる。いわゆる会社人間ばかりではなく、さまざまな生活スタイルを持つ人を集めたり、男性のフルタイム正社員ばかりではなく、女性や契約社員などを混在させていくことで、仕事の上でもいろいろな意見やアイデアが出されるようになり、それが独創的、創造的な成果に結びついていくのではないか…というわけだ。成功例として引き合いに出されることが多いのがシリコンバレーで、そこではアメリカ人だけではなく中国人、インド人、イスラエル人、あるいはもちろん日本人も、さまざまな異質なバックグラウンドを持った人々が集まっており、そのコラボレーションを通じた異能との出会いがイノベーションの源泉となっているという。