中央大学ワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクト成果報告会

 さる2日にオンラインで開催されたので参加いたしました。
http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~wlb/activities_j.html#menu03-13
 前半は3つの分科会に分かれてのディスカッション、後半が総括のパネルという構成で、私は分科会A「個人「間」多様性から個人「内」多様性へ~人事は自律的なキャリアにどう向き合うか」に参加しました。分科会の全体統括は法政の松浦民恵先生で、最初に武石恵美子先生によるキーノートがありました。ポイントを例によってごく大雑把にまとめますと、

  • ダイバーシティ経営において、性別・年齢・国籍や宗教・価値観・生活様式といった個人間の多様性が重視されているが、個人が多様な役割や視点、能力・経験を有する個人内の多様性(Intrapersonal Diversity)も重要。
  • 個人内が多様でも、同じようなゼネラリストばかりの組織は個人間の多様性を欠く。タイプを特定しない個人内の多様性が求められる。
  • 個人内の多様性を拡張するには、個人の希望や事情の多様性を生かせる自己決定と、自発的な行動ができるという自己効力感、すなわちキャリア自律が可能となる支援が必要。
  • 武石先生の調査でも、自己選択型の配置・異動や個別プラン型の能力開発、職場におけるキャリア支援策がキャリア自律に寄与。

 資料はこちらになります。
http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~wlb/material/pdf/2021annual_A.pdf
 そしてこれら支援策の充実した先進事例として、働き方改革の優等生として知られるSCSKの事例が報告されました。こちらは資料非公開ということなのですが、大筋としては

  • 同社のビジネスモデルは人材が最大の経営資源
  • 通常の目標管理(MBO)とは別に、iCDP(integrated Career Diveropment Plan)を個別に策定し、目指すキャリアとそれに向けての計画を1on1で話し合い、職務配置や人事異動などに活用。
  • 多額の費用を投じて指名必須のリーダーシップ研修や、自由受講のITスキル研修や語学研修などを豊富に準備。
  • 自己啓発支援にも多額のキャッシュを支給。

 まあこんな感じだったと思います。以下に同社の人材育成が解説されていますね。
https://www.scsk.jp/corp/csr/social/development/training.html
 さて参加者は9割以上が企業の人事担当者とダイバーシティ担当者だったわけですが、個人間の多様性に加えて個人内の多様性が大切だ、という結論についてはほぼ異論がない中、個人内の多様性とキャリア自律との関係がいまひとつしっくり来ていないというか、そこに若干のとまどいがあるように見受けられました。
 なにかというと、もちろんキャリア自律そのものの重要性は共通認識であり、SCSKの事例報告に対してはその支援の充実ぶりに感嘆の声が上がったわけですが、その一方で「私たちそこまではできていないけれど、個人内の多様性はそれなりにあるんじゃないの?」という感覚もあったように思えるわけです。そのため、いくつかに分かれてのグループディスカッションの結論も、個人内の多様性の「可視化」「気付き」というものが多かったように思います。
 武石先生のご報告も欧米の研究を引かれながら個人内の多様性の重要性を説かれたわけですが、たしかに欧米のジョブ型人事管理においては個人は単一職能になりがちであり、本人が自発的に多様な経験や能力を獲得しないかぎり個人内の多様性が高まらないという事情はあるでしょう。実際、参加者の中に外資の日本法人の方がおられて、その会社は日本法人もジョブ型のため人事異動がほとんどなく、事業や機能をまたいだ横連携に大きな課題を抱えているとのことで、横断型の勉強会や社会貢献活動といったその解消への取り組みが個人内の多様性を高める可能性があるといった議論もありました。もう一つ興味深かったのは小売大手の方のお話で、営業部門には出来高払の手当があることから、営業部門の優秀な人材を企画部署で活用しようとしても、成績のいい人ほど賃金が大幅に低下してしまうのでそれができないため、そうした不具合を解消すべく賃金制度の改定を考えているとのこと。これは同時に営業部門の単一職能化を回避して個人内の多様性を高めることにも通じるため、賃金制度改定の目的の一つとなりうる(社内説得の材料になる)と言っておられました。
 一方で、企業が人事権を持って融通無碍に人事異動を命じている日本企業では、多くの人が異なる分野の経験を有していて、それなりに個人内の多様性が獲得されていると考えるのが自然でしょう。武石先生のキーノートでは企業は人事異動を通じて同じタイプのゼネラリストを育成しているとのご想定でしたが、まあこれは産業・企業により多様だろうとは思いますが、しかし社会の趨勢としては日本ではそういう世界はまあだいぶ前になくなっていると思われ、「営業畑」「総務畑」などの非ゼネラリストも多く、また企業としても専門職制度などを作って非ゼネラリストの育成に取り組んでいるわけです。
 当日の参加者を見ても、まあ人事担当者には「この道一筋20年」という人もいるかもしれませんが、ダイバーシティ担当者に関しては経産省ダイバーシティ経営とか言い出したのがまだせいぜい10年前くらいの話なので、単一職能の人はほとんどいないでしょう。実際、私の知る限りではダイバーシティ担当者というのは圧倒的に女性が多いのですが、社内で活躍が目立っている女性をダイバーシティ担当に抜擢するという例が多く見られ、そのバックグラウンドはかなり多様です。こうした人たちは、実感として「自分の個人内はそれなりに多様性がある」と感じたのではないでしょうか。
 ただ、その個人内の多様性は企業の人事権による人事異動などを通じて形成されたものなので、従業員本人にはほとんど意識されていないことが多いでしょう。そうした実態をもとに、参加者からは「可視化」「気付き」といったキーワードが示されたのではないかと思います。したがって、個人が主体的に個人内の多様性を高めていく上では、個人がキャリアへのオーナーシップを持つようなキャリア自律支援が重要との結論は不変と言えそうです。
 なおSCSKの事例に関しては、当然ながら個人のCDPと企業の組織ニーズが一致しないということは想定されるわけで、そのような場合は上司が1on1ミーティングなどの場でそれを伝えながらCDPの修正などを話し合うとのことで、現実的な対応ではあると思います。ただ、その分効力感は低下するわけで、まあ企業が人事権を持ったままやろうとするとこのあたりがキャリア自律の限界になるかなと感じました。私自身もCBSの授業では「日本企業では上司は良きキャリコンであれ」と申し上げているのですが、しかし上司は大変ですね…。
 後半のパネルでは分科会参加の感想を求められましたので上記のような趣旨の発言をしたのですが、「2分で」とのことだったのでだいぶ端折った発言になってしまい、十分に伝わらなかったかなと反省することしきり。さらに時間が限られている中で松浦先生と佐藤博樹先生からコメントをいただいたのですが、佐藤先生からはライフキャリア全体の中でワークライフバランスを通じて個人内の多様性を高めることは会社の意思では難しく、本人の意思が重要との指摘をいただきました。分科会の中ではあまり注目されなかった論点だったと思いますので、これは参加者の皆様にも有益だったのではないかと思います。
 ちなみに他の分科会のテーマは「ダイバーシティ経営の推進に不可欠な「心理的安全性」」と「多様な人材の健康を守る職場マネジメント」というもので、いずれも時宜にかなったタイムリーなもので多くの参加を集めていたようでした。