野川忍『わかりやすい労働契約法』

わかりやすい労働契約法

わかりやすい労働契約法

「キャリアデザインマガジン」第71号のために書いた書評を転載します。


 この3月1日に、労働契約法が施行された。その必要性は古くから主張されてきたが、1990年代以降の働き方の多様化の進展(非正規雇用の増加)や、個別労使紛争の増加、さらには労働審判制度の導入などを背景に、今世紀に入ってその制定の気運は大きく高まった。
 平成16年には、その具体的な在り方を検討すべく厚生労働省に「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」が設置され、翌平成17年にはきわめて広範囲にわたる大部の報告書が発表された。残念ながらこの報告書は労使の審議会が短期間に消化するにはあまりに意欲的に過ぎ、紆余曲折を経て出来上がった労働契約法案は、既存の判例法理のリステートメントを中心としたいたって軽量なものとなったことは周知のとおりだ。
 それでも、労働政策関係者の間では、その成立と施行は一定の感慨をもって受け止められた。労働契約法の必要性については大方が認めるところだろうから(もっとも、労使それぞれ立場によってそのあり方については意見が異なるだろうが)、いまはささやかなこの新法をいかに大きく育てていくか、労使の知恵が求められるところだ。
 さて、当面は判例法理のリステートメントということで、人事管理が整備された企業であれば新法ができたからといって特段あわてる必要もないわけだが、それでもこれまで明文化されていなかったものが明文化されたことで対応が必要となる企業もあるだろう。ということで、すでに目端のきく労働コンサルタントなどはこれを商売の種にしているようだし、その実務指南書もいくつか出てきている。とはいえ、マニュアルどおりに機械的に対応すれば当座の実務としては間に合うかもしれないが、やはり新法の問題意識や考え方などをきちんと理解しておかなければ、本当の意味で人事管理の充実、高度化ははかれないだろう。ましてや、小さく生まれたとはいえ、労働契約法はかなり画期的な新法なのだから、なおさらである。
 働く人にとっても、この法律は決して縁の薄いものではない。解雇や労働条件の不利益変更に関する内容は、雇用や労働条件を守るうえで承知しておく必要性の高いものだ。キャリアデザインという面でも、こうした価値観をこのような法律に織り込むことの是非は別として、「ワーク・ライフ・バランス」への配慮もうたわれるなど、「キャリア」に対しても一定の意識が向けられている。その趣旨を知ることは、労働基準法と同程度には重要だろう。
 この本は、単なる実務書ではなく、労働契約法制定の背景やその必要性と法制定の意義、さらには労使での議論の過程、国会における修正の意味合いなども含めて、新法の内容を体系的にわかりやすく解説している。企業の実務家である評者からみればやや労働サイド寄りに感じられるところもあるが、おおむねバランスもよいといえると思う。そういう意味では、解説書めいた『わかりやすい労働契約法』より、副題の『The New Rule for Employment Society』のほうが内容をよく表しているといえるかもしれない。広くおすすめしたい本だが、特に企業で人事管理に携わる実務家にはぜひとも一読を勧めたい。