読売と朝日

1月31日に日経・朝日・読売各紙の新聞記事読み比べサイト「あらたにす」が開設されました。日経新聞によれば初日の閲覧数は157万件と上々の滑り出しのようです。
なかなか面白くてつい読みふけってしまいそうですが、ここでは教研集会全体集会中止を取り上げた読売と朝日の社説をご紹介。
まずは読売からです。

 司法の判断に従わなくとも構わないという理屈がまかり通れば、社会が成り立たない。
 日本教職員組合の教育研究全国集会(教研集会)が都内で始まったが、全体集会が中止になった。会場になるはずだったホテルが「日教組の予約は解約した」と主張し、使用を拒んだからだ。
 東京地裁、東京高裁は、「解約は無効で、使用させなければならない」と命じたが、ホテルはこれに従わなかった。
 日教組が毎年1回開く教研集会には、2000〜3000人が参加する。1951年から57回に及ぶ教研集会で、全体集会の中止は初めてだ。
 裁判所が認定した事実によると、日教組は昨年3月、グランドプリンスホテル新高輪に会場の使用を申し込んだ。その際、例年、教研集会の会場周辺では右翼団体の街宣活動があり、警察に警備を要請していることも伝えた。契約後、日教組は会場費の半額を支払った。
 ところが、11月になってホテル側が突然、解約を伝えた。
 ホテルが契約後、過去の例を独自に調べた結果、100台を超す街宣車の拡声機による騒音や大規模警備で、他の利用者や住民に多大な迷惑をかけることが分かったため、というのが理由だ。
 だが、ホテルが右翼団体による妨害を恐れ、筋の通らない理屈で解約を正当化してまで集会を中止させれば、右翼団体の思うつぼである。
 裁判所が指摘したように、ホテルは日教組や警察と十分打ち合わせ、混乱を防ぐ努力をすべきだったのではないか。
 ホテルが今回、恐れたのは右翼だったが、左翼側の“威圧”で講演会の主催者が講演を中止した例も少なくない。
 1992年に、評論家の上坂冬子さんが月刊誌で憲法改正に言及したとする社会党(当時)などの抗議で、新潟市主催の憲法記念集会での講演が中止となった。97年には、ジャーナリストの櫻井よしこさんも、「従軍慰安婦」問題での発言を巡り、「人権」を掲げる団体の抗議で主催団体が講演を取りやめた。
 異なる立場の意見でも、発言する自由を最大限認めるのが、民主主義社会である。憲法で保障された「集会の自由」「表現の自由」が脅かされてはならない。
 ホテル側は、「極めて短時間で十分な審理、理解を得られないままなされたもので、大変残念」としている。
 だが、ホテル側は裁判の係争中なのに、会場には既に別の客の予約を入れていた。司法をないがしろにする行為は許されまい。一流ホテルには、それにふさわしい社会的責任が求められる。
(平成20年2月3日付読売新聞朝刊社説)

続いて朝日です。

 日本教職員組合日教組)が主催する教育研究全国集会は、毎年、各地の教師が集まり、教育にかかわる様々な問題を話し合う場だ。
 ところが、今年は約2000人が参加する全体集会が中止になった。会場をいったん引き受けていた東京のグランドプリンスホテル新高輪が、右翼団体の街宣活動によって他の客や周辺の地域に迷惑をかけるといって、断ったからだ。
 分科会は別の施設でおこなわれるが、全体集会が開けなければ、集会の意義は大きく損なわれるだろう。
 ホテルの姿勢は、なんとも許しがたい。批判されるべきは、大音量をまきちらし、我がもの顔で走り回る街宣車の無法ぶりだ。その影響があるからといって会場を貸さないのは本末転倒だ。右翼団体の思うつぼにはまることにもなる。
 さらにあきれるのは、東京地裁と東京高裁が日教組の訴えを認め、会場を使わせるよう命じたにもかかわらず、がんとして従わなかったことだ。法律に基づき裁判所が出した命令を無視するのでは、企業としても失格である。
 日教組がホテルと会場の契約をしたのは昨年5月だ。7月には会場費の半額を払った。ところが、11月になって、ホテル側は日教組に解約を通知した。
 「会場周辺に右翼団体が集まって抗議活動をすることを、日教組側は契約時に説明していなかった」というのがホテルの言い分だ。
 これに対し、地裁や高裁は日教組が街宣活動のことを説明していたと認めたうえで、「第三者が周辺で騒音を発するおそれは、解約の理由にはならない」「日教組や警察と十分打ち合わせをすれば、混乱は防げる」と指摘した。
 ところが、裁判所の命令が出ても、ホテルは「重大に受け止めているが、お客第一に考えると貸せない」と拒んだ。
 最高裁はこれまで自治体の施設について、「公的施設の管理者が正当な理由もないのに利用を拒むのは、集会の自由の不当な制限につながる」との判断をしている。民間企業とはいえ、公的な施設といえるホテルにも当てはまる考えだ。
 なぜ、これほどかたくなな態度を取るのか。ホテル側は右翼団体などからの圧力を否定するが、何かあったのではないかとつい勘ぐりたくもなる。
 このホテルの親会社である西武ホールディングスの後藤高志社長は、銀行員時代に総会屋との決別に力を尽くし、小説のモデルにもなった。それなのに、なぜ……。ことのいきさつをぜひ聞きたい。
 茨城県つくばみらい市では、ドメスティックバイオレンス(DV)をテーマにした市の講演会が、DV防止法に反対する団体から抗議を受けたため、「支障をきたす」との理由で中止された。
 こうしたことが続くと、憲法で保障された言論や集会の自由が危うくなる。
 グランドプリンスホテル新高輪は自らの行為の罪深さを考えてもらいたい。
(平成20年2月2日付朝日新聞朝刊社説)

結論はだいたい同じで、ちょっと読んだだけだとどちらが朝日でどちらが読売だろう(笑)という感じですが、落ち着いて読むとそれぞれのカラーが出ていて面白いものがあります。
で、とりあえず大筋においては、以下の2点で共通した主張となっています。

  1. 裁判所が「解約は無効」としたにもかかわらず、ホテルが会場を使用させなかったことは許せない。
  2. 集会を開催させないのは右翼団体の思うつぼであり、憲法で保障された集会の自由、表現の自由が脅かされる。

ただ、それ以外のところは案外違っていて、まず目を引くのが読売が「上坂冬子」「櫻井よしこ」を例にあげて「右」への目配りを忘れていないのに対して、朝日があげた別例は「DV防止法」で、もっぱら「左」の「言論や集会の自由」に意識が向いているところはお互いに「らしい」と申しましょうか(笑)。
また、読売はホテル側の主張にも一定の配慮をしつつ、「裁判所が指摘したように、ホテルは日教組や警察と十分打ち合わせ、混乱を防ぐ努力をすべきだったのではないか。」とした上で「司法をないがしろにする行為は許されまい。一流ホテルには、それにふさわしい社会的責任が求められる。」と述べ、「司法の尊重が一流ホテルの社会的責任」という立論になっています。
いっぽう、朝日は「法律に基づき裁判所が出した命令を無視するのでは、企業としても失格である。」と読売と同様の断罪をした上で、「ホテル側は右翼団体などからの圧力を否定するが、何かあったのではないかとつい勘ぐりたくもなる。」との推測を述べ、さらに「このホテルの親会社である西武ホールディングスの後藤高志社長は、銀行員時代に総会屋との決別に力を尽くし、小説のモデルにもなった。それなのに、なぜ……。ことのいきさつをぜひ聞きたい。」と非難しています。
ただ、仮に朝日が推測したように右翼団体からの圧力があったにせよ、親会社である持株会社の社長に圧力があったとも思えませんし、総会屋への便宜供与は明らかな反社会的行為ですが、右翼の迷惑行為を理由に左翼の集会を断ることはそこまで重大・明白な反社会的行為かといえばそうもいえないでしょう。社説としてはいささか低級なあてこすりのように思われます。
また、

 最高裁はこれまで自治体の施設について、「公的施設の管理者が正当な理由もないのに利用を拒むのは、集会の自由の不当な制限につながる」との判断をしている。民間企業とはいえ、公的な施設といえるホテルにも当てはまる考えだ。

これってどうなんでしょうか。自治体の市民会館だの集会所ならばたしかにそうでしょうが、「公的な施設といえるホテルにも当てはまる」んでしょうか。「憲法で保障された言論や集会の自由」が根拠であるかぎり、その射程は国や自治体の公的施設にとどまり、民間ホテルにまでは達しないのではないかと思うのですが…。
なお、私の個人的な感想としては、ホテルが開催を拒んだことは「右翼団体の思うつぼ」というよりは「右翼団体の活動機会の喪失」であり、右翼団体にしてみれば大騒ぎをするせっかくの機会がなくなって落胆しているのではないだろうかと思うのですが、これはさすがにうがちすぎでしょうか?