中小飲食店の受動喫煙対策

今朝の日経新聞にこんなニュースが流れておりました。

 飲食店などの業界団体が12日、厚生労働省が検討している受動喫煙防止対策の強化案に対する緊急集会を開いた。「中小零細の飲食店は規制への対応が難しい」として、一律の規制に難色を示した格好だ。ただ、家族客が多いファストフードなどの大手チェーンはすでに全面禁煙に踏み切った企業もある。業態や企業規模で影響度合いに違いが出るため、足並みはそろいそうにない。
…個人経営の飲食店が多く加盟する全国飲食業生活衛生同業組合連合会の森川進会長は「(原則禁煙とする)厚労省案に対応するのは困難だ」と指摘。大手チェーンが加盟する日本フードサービス協会の菊地唯夫会長も「役所や医療機関などの公的機関と顧客が店を選べる飲食店に一律で同じ規制をかけるのはふさわしくない」と厚労省案に異論を唱えた。

 業界団体としては厚労省案に反対の声を上げるものの、大手チェーンには先行して禁煙に取り組む企業が多い。ファミリーレストラン大手のロイヤルホストは13年、日本マクドナルドも14年に全店を禁煙にした。日本KFCホールディングスも「ケンタッキー・フライド・チキン」の改装に合わせ、禁煙店を増やす。約300店ある直営店は数年以内の全店禁煙を目指す。従業員の受動喫煙を防止するため、喫煙室も設置しない方針だ。
 反対意見が多いのは個人経営の喫茶店やスナック。「顧客の大半が喫煙者という場合も少なくない」(森川氏)ためだ。個人経営では喫煙室を設置する改装資金を捻出できなかったり、設置場所を確保できなかったりと障害は多い。禁煙にすることで、客が離れて廃業に追い込まれるのではないかという不安も強い。…
(平成29年1月13日付日本経済新聞朝刊から)

政府は2020年東京大会に向けて受動喫煙対策を強化する意向で、昨年10月には「受動喫煙防止対策の強化について(たたき台)」が公表されています(http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/0000140971.pdf)。具体的には、(1)多数の者が利用し、かつ、他施設の利用を選択することが容易でないもの(官公庁や社会福祉施設等)は「建物内禁煙」(2)(1)のうち、特に未成年者や患者等が主に利用する施設(学校や医療機関等)は「敷地内禁煙」(3)利用者側にある程度他の施設を選択する機会があるものや、娯楽施設のように嗜好性が強いもの(飲食店等のサービス業等)は、「原則建物内禁煙」とした上で、煙が外部に流出することを防ぐための措置を講じた「喫煙室」の設置を可能とする───というものです。2019年のラグビーW杯までには施行したいとのこと。
さて当然ながら当時から生活衛生同業組合などは懸念を示していたわけで、厚生労働省も昨年2回にわたり関係団体からのヒヤリングを実施しました。

 2020年の東京五輪パラリンピックに向けた受動喫煙防止対策で、厚生労働省の規制案に対する業界団体などの意見が16日、出そろった。…
日本医師会など医療関係を除き、規制強化に慎重な意見が目立った。特に飲食店関係の団体からは「商売が成り立たなくなる」(全国飲食業生活衛生同業組合連合会)など強い反発の声があがった。
 ただ飲食業界内にも温度差があり、全国焼肉協会は建物内の全面禁煙を主張した。コストなどの面で全店舗で喫煙室を設けることは難しく、一律規制の方が公平というのが理由だ。
 各団体が求めているのは例外規定の導入。全国商工会連合会は「一定規模以下の店舗に対しては例外措置を講じるべきだ」との意見書を出した。小規模店を規制対象から外したり、罰則付きの義務ではなく努力義務とする案などが浮上している。
 飲食業界以外にも、一律の禁煙化には反対の声が強い。旅館やホテルの客室は喫煙が認められるが、日本旅館協会は宴会場も規制対象から外したい考えだ。宴会ではたばこを吸いたいという要望が多く、「顧客の判断に任せるべき」。鉄道も「寝台列車の客室は対象外にしてほしい」(JR西日本)と主張する。

平成28年11月17日付日本経済新聞朝刊から)

ということでそれぞれに言い分もあるでしょうし一部当事者にとっては死活問題だという話でもあるでしょうが、私が思ったのは従業員の受動喫煙対策はどうしたということです(だから労働政策タグにした)。今回の話は健康増進法をもとに健康局がやっていることであり、2020年対策ということであればまあそうなるだろうなという話でもあるのですが(そして一応労働安全衛生法や職場の受動喫煙への言及もありますが)、これまで受動喫煙対策をリードしてきたもう一方の推進力、労働安全衛生法をもとにした労働衛生という観点が相当に希薄な感があることに疑問を感じたわけです。
まあ確かに「つぼ八」ではありませんが狭小で喫煙室と言われても無理ですというお店はあるでしょうし、そういう「間口五尺のぽん太の店」が軒を並べている新宿西口の街区というのもあるわけで、そういうお店では焼肉店の方々が言われるようにコスト的にも難しいので「たばこは店の外でお願いします」という話になることも多そうです。それを思い出横丁やらゴールデン街やらでやったら狭い小路が煙まみれになってそれはそれで良からぬ話でしょうし、実際にはそもそも新宿区は路上禁煙なので(まあ思い出横丁もゴールデン街も火災を出しているので防火上も必要な要請でしょうが)新宿駅前に数カ所設置された喫煙所まで吸いに行かなければならず、歩くのも手間なら喫煙所の容量の問題もあろうと思われます。これについては私もまったく同情しないというわけではなく、少なくともそういう店はつぶれてしまえばいいのだという暴論を吐くつもりはありません(ただ、これとは関係なくたたむ店というも一定のペースで出てくるのでしょうから、それを飲食店街の組織が購入・改装して飲食店街共用の喫煙所にするとかいうのはありそうなアイデアのように思えます)。
ということで、昨夜のテレビニュースを見ると(番組は失念しましたがNW9→日経+10→WBSのどこかだと思う)愛煙家のお客さんの「喫煙できない店には行かない」「吸えないとわかったら出ていくだけ」といった声が紹介され、経営者の方の「喫煙できる店です、と明示して、承知のうえで入ってくるお客さんだけなら禁煙にしなくてもよいのでは」という意見も放映されていたのですが、店と客がよければいいという話ではないだろうとは思いました(その点日経新聞は従業員の受動喫煙対策にも触れていてバランスが取れていると思う)。経営者とお客さんは「承知の上」で済ませたとしても、従業員に関してはそうは参らなかろうと私は思うのですが、どうなのでしょうか。あまり一般化して申し上げるのはよくないとは思いますが、しかしこうした職場で働く人の多くはそれほど高い技能を求められるわけではなく、使用者との関係では交渉力のごく乏しい人たちではないかと思うからです。
したがって、仮に一部の業種業態で建屋内禁煙を免除したとしても、従業員の受動喫煙対策は別途義務化すべきものと私は考えます。具体論については私には知見があまりないのですが、だいぶ以前にも書きましたが(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100608#p1)適切な保護具を支給し装着させることを使用者の義務とすることなどが考えられるでしょう。当然これはコストアップになるわけですが、その一部は喫煙を楽しむ対価として価格に転嫁することで顧客が負担し、一部は利益の減少として経営者が負担することで解決することになるでしょう。
さらに言えば、「旅館やホテルの客室は喫煙が認められる」ということでそれはそれでよろしかろうと思いますが、しかし日本旅館の一室で数人の宿泊客がもくもくと喫煙しながら夕食をとっているところにお料理やお酒を運ぶ仲居さんといった人もいるわけでそうした人にはやはり別途の受動喫煙対策が必要でしょう。ホテルの宴会場を喫煙可とした場合には、結婚披露宴で保護具着用のスタッフがワインを注いで回ることになるわけでいささか珍妙な光景のようにも思われますが、まあこれは慣れてしまえばなんとも思わなくなるかも知らん。
それにしても、「従業員の受動喫煙を防止するため、喫煙室も設置しない方針」という話をみると、案外一部ではすでに「禁煙にしないと従業員が集まらないという実態も出てきているのかもしれません。保護具を装着するということはそれ自体はおよそ快適なものではなく就業環境を悪化させるので、その分ますます人は集まりにくくなるだろうというのも容易に想定されるところです。これまたそのコストは店と客の負担になるわけで、喫煙のコストはいよいよ高くつくものになりそうです。まあ、喫煙者の健康リスクに較べればたいしたこともないのでしょうし、それで禁煙する人はそれ以前に禁煙しているだろうという気もするので、そちらの効果はあまりなさそうですが…。