上西充子編著 伊藤文男・小玉小百合・川喜多喬共著『大学のキャリア

大学のキャリア支援―実践事例と省察 (キャリア形成叢書)

大学のキャリア支援―実践事例と省察 (キャリア形成叢書)

「キャリアデザインマガジン」第69号のために書いた書評を転載します。

 本書によれば、文部科学省関係の政策文書に「キャリア教育」の語がはじめて現れたのは1999年であるという。この年、大学のキャリア支援の先進事例として知られる立命館大学の就職部が「キャリアセンター」に改組された。当時はいわゆる「就職超氷河期」にあり、学生をいかにスムーズに就職させるかは各大学にとって最大の関心事のひとつであったといっても過言ではあるまい。
 とはいえ、大学のキャリア支援に定式があったわけではなく、さまざまな大学がさまざまなキャリア支援に取り組み、試行錯誤を重ねたというのが実情だろう。そこにはまだ6〜7年の歴史しかないし、しかもこの間に経済情勢が大きく変化したことで、キャリア支援のめざすものもかなりの程度変化を余儀なくされたに違いない。大学のキャリア支援は現在もかなり混沌とした状況にあるといっていいのだろう。
 とはいえ、さまざまな取り組みの蓄積はすでに相当の量となり、その中には他から先進事例として注目され、ベンチマークの対象となるようなものも現れはじめている。本書はこうした事例の紹介を中心に、大学のキャリア支援の現状の概観と今後の展望を試みている。共著者によれば「拙速を覚悟で出そう」という本であるというが、拙速であればこそまことに時宜を得た出版といえるのではないか。
 序論では、主な編著者である上西氏が大学のキャリア支援の意義を多面的に解説し、続く第1章ではやはり上西氏が独自調査の結果をもとに現時点での大学におけるキャリア支援の動向を紹介したうえで、効果的なキャリア支援・キャリア教育について考察されている。これからのキャリアセンターには従来の就職部とは大きく異なる機能が必要となるという。
 第2章から第4章は具体的な実践事例の紹介である。第2章では正課としてキャリア教育に取り組む武蔵野大学の事例が伊藤氏によって紹介される。文科省の「特色ある大学教育支援プログラム」に選ばれた定評ある先進事例である。第3章では法政大学のキャリアアドバイザー、キャリアセンターのプログラムディレクターを歴任した小玉氏による4年間の実践事例であり、その試行錯誤の過程と得られた知見が興味深い。第4章は上西氏による高大連携型のキャリア支援の実践事例である。3年間に7回開催された交流イベントを通じて双方の学生の意識が変容していくプロセスがやはり興味深い。
 第5章は川喜多氏による現状の総括であり、未来への提言である。現状は混沌としているが、ひととおりの整理のもとに将来の方向性を示すことは有意義であろう。失礼ながら、時折みせる韜晦ぶりには定評のある(?)著者であるだけに、なかなか一筋縄でいかない部分もあるが、しかし現場での豊富な経験と実地の調査に基づいた所論には説得力がある。
 この間、大学のキャリア支援をめぐる環境は大きく変化した。しかし、かつてのように大学の就職部が就職支援をしていればすむという時代に戻ることはおそらくあるまい。今後もさまざまな議論と試行錯誤が続けられていくのだろうが、そこに投じられた一石として価値のある本なのだろうと思う。