最賃法・契約法は成立へ

今週初めのエントリのフォローです。労働三法案のうち、最低賃金法と労働契約法については与野党の修正協議で折り合いがつき、今国会で成立の見込みとなったようです。まずはご同慶と申せましょう。

 衆院厚生労働委員会は六日の理事会で、雇用ルール見直し三法案のうち、地域別の最低賃金の引き上げを促す最低賃金法改正案と雇用条件などを明文化する労働契約法案について、七日に採決すると決めた。民主党も賛成し八日に衆院を通過する見通し。政府・与党は十日までの今国会の会期を延長する方針で、両法案が今国会で成立するのは確実となった。

 一方、雇用三法案のうち、残業代引き上げなどを盛り込んだ労働基準法改正案は衆院委での採決を見送る。企業の負担増などを懸念する声が与党内に根強いためで、会期末までに廃案か継続審議にするか決める。雇用三法案は二〇〇七年の通常国会に提出、継続審議となっていた。
(平成19年11月7日付日本経済新聞朝刊から)

まあ、労基法については時間外・休日労働が月80時間を超えたら超えた分の割増率を25%から50%に引き上げる、かつ中小企業については3年間猶予し、しかも3年後に改めて見直す(ということは猶予の延長もありうる)という不自然な内容なので、これはこの際廃案にして考え直したほうがいいでしょう。民主党は一応公約どおり?根元から50%にせよとの主張をしているらしいのですが、これは企業経営への影響も大きいですし、公労使による審議会の手続きを経ていませんから、さすがに無理筋というものです。割増率引き上げが本当に労働時間短縮につながるのか、単に残業が多い人が収入が増えて喜んだというだけの話に終わることはないのか、ということも含めてあらためて考えてみたほうがいいのではないかと思います。なおこれは余談ですが、以前も書いたかもしれませんが、中小企業(今回は猶予ですが)では出来合いの賃金計算ソフトを使ってパソコンで賃金管理をしていることも多いのではないかと思うのですが、こうした出来合いのソフトは「80時間まで25%、80時間を超えたら50%」といった設定に対応できるのでしょうか?まあ、枝葉末節の話なのでしょうが…。
最低賃金法と労働契約法の修正内容については、朝日新聞がこう報じています。

 最賃法の修正協議では、民主党が対案の目玉とした「全国一律の最低賃金制度の創設」を断念。かわりに、最低賃金の基準を「労働者と家族の生計費」に求めた対案の基本原則を政府案に反映させるよう求めた。最終的には、最低賃金を決めるときに考慮する要素として、「労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営めるようにする」との趣旨を政府案に明記することで折り合った。
 雇用の基本ルールを定める労働契約法案では、労働契約の原則として、パートや派遣といった就業形態にかかわらず「待遇について均衡が図られるようにする」との趣旨を政府案に加えることで合意した。民主は対案では「均等待遇の確保」を求めていたが、自民が「使用者側の反発が強い」と難色を示し、「均等」より弱い「均衡」の表現で一致した。また、ワーク・ライフ・バランスの実現に向け、「仕事と生活の調和の確保」の文言も加えることにした。
(平成19年11月7日付朝日新聞朝刊から)

なるほど、「最低賃金の基準を「労働者と家族の生計費」に求めた対案の基本原則を政府案に反映させるよう求めた」ですか。ということは、生計費のみで最賃を決めるという旗は事実上降ろしたわけですね。これは公約にも書いてしまっていただけに上げた拳の下ろし方が難しかったでしょうが、まあ上手にやったといえるのではないでしょうか。なお、今朝の読売新聞では「政府案よりも、最低賃金の引き上げ幅の上積みが期待できるという」という報道がされていましたが、本当にそうなのでしょうか。政府案が「生活保護との整合性」をうたい、その生活保護法が「日本国憲法第二十五条 に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長する」としているわけですから、政府案に較べて上積みが期待できるようになるとも思えないのですが。まあ、このあたりは民主党としてなんらかの成果を示す必要があるという事情のなせるわざかもしれません。
労働契約法については、「均等」ではなく、格差を前提とした「均衡」であればまずまず現実的といえるかもしれません。今朝の毎日新聞によれば、「就業実態に応じて均衡を考慮する」という表現で織り込まれるらしいので、基本的には改正パート労働法と考え方は変わらないとみていいでしょうから、現実には大きな影響はなさそうです。まあ、hamachan先生が繰り返し指摘していたように、パート労働法だと短時間労働者しか射程がないわけで、労働契約法に記載すれば他の非典型雇用(というか、典型雇用も含むわけですが)まで射程が届きますので、これは立派な成果と申せましょう。
ただ、「仕事と生活の調和の確保」を労働契約法に織り込むのはかなり問題があるように思われます。労働契約法は基本的に労働契約をめぐるルールを明確にすることで、なるべく完備した労働契約が締結されるよう促すとともに、紛争の防止と円滑な解決に資することを目的としているもので、「仕事と生活の調和」といった特定の価値観、政策目標の実現を織り込むべきものではないのではないでしょうか。連合は均等法改正の議論でも仕事と生活の調和を目的規定に織り込むべきだという見当はずれの主張に固執していましたから、これは民主党が連合におもんばかって(というか、その要求に応じて、か)修正させたのかもしれませんが、流行だからと言ってあまり安易に考えるのもいかがなものかと…。おそらくは、連合もさまざまな非典型雇用労組の利益・主張をおもんばかって、筋違いと承知の上で主張しているのだろうとは思いますが、筋違いは筋違いときちんと説明してあげるのも「責任政党」やナショナルセンターの大切な役割だと思いますが…。
まあ、労働契約法案にはほかにもいろいろ理論的に合わないところもあるようですし、まずは成立させて「小さく生んで大きく育てる」ことが大切でしょう。おかしなものは流行が過ぎたら消してしまえばいいわけですし。

  • 私は「仕事と生活の調和」を労働基準法に書き込むのはおかしい、と申し上げているのであって、「仕事と生活の調和」そのものに疑問を呈しているわけではありません。為念。