最低賃金と雇用

きのうの日経「経済教室」で、大阪大学教授の大竹文雄先生が最低賃金引き上げと雇用の増減の関係に関する日米の研究について紹介しておられます。

 最も影響力があった研究は、カード教授とクルーガー教授が九四年にアメリカン・エコノミック・レビュー誌に発表した共同研究である。彼らは、九二年にニュージャージー州最低賃金が引き上げられた際のファストフード店の雇用の変化を電話インタビューで調査した。隣接するペンシルベニア州では、最低賃金は引き上げられなかったので、両州のファストフード店の雇用の変化を比較することで、最低賃金の影響を分析した。
 それによると、米国のファストフード店の多くは、最低賃金近辺で労働者を雇っており、彼らのデータでもニュージャージー州ファストフード店の賃金は、最低賃金引き上げ後上昇した。しかし、ニュージャージー州ファストフード店の雇用者数は、ペンシルベニア州の隣接地域に比べて「増加」したのである。つまり、需要独占的な労働市場を前提にしないと説明できない状況が発生したことが実証的に示されたのである。このケーススタディーは、非常にうまく設計された研究であったので、研究者に大きな影響を与えた。
(平成19年9月3日付日本経済新聞朝刊「経済教室」から、以下同じ)

これは、7月25日のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20070725)で紹介した橘木俊詔京都大学教授の論考でも言及されているものですね。で、橘木氏はその論考で「日本でもその(論争の)兆しがある」と述べられていますが、大竹先生はここでその現状をこう紹介しておられます。

日本では九〇年代、主に地方で引き上げが進み、地域間の最低賃金の格差が縮小した。そのため、最低賃金労働市場に影響を与えだしている。例えば、京都大学の有賀健教授は、都道府県別の高卒新卒者の求人数が最低賃金の上昇で減少したことを発見した。また、一橋大学川口大司准教授とユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL)院生の山田憲氏は、引き上げの影響を受けた人が仕事を失う可能性が高いことを実証的に示した。神戸大学の勇上和史准教授は、九〇年代後半以降、若年失業率と最低賃金の間に正の相関を見いだしている。

その上で、当面の結論をこう述べておられます。

 最低賃金引き上げは、貧困解消手段として政治的にアピールしやすい。だがこの結果、いちばん被害を受ける恐れがあるのは、前述の通り最も貧しい勤労者やこれから仕事に就こうとする若者・既婚女性だ。確かに雇用者同士の賃金格差は縮小し、労働組合には、有効な格差是正策である。ただし、それは最低賃金引き上げで職を失ったり、職を得られなかったりした人を排除した結果得られたものである。社会全体でみれば、最低賃金引き上げで職を失った人まで考えれば、格差はむしろ拡大することになる。
 真の貧困救済策はどうあるべきか。第一は教育訓練を充実することだ。質の高い労働者なら、企業はそれだけ高い賃金を喜んで払うだろう。子どものころからの教育の充実も大事だ。第二は勤労所得税額控除のような負の所得税を作ることだ。賃金規制という強硬手段で、失業というゆがみをもたらすのではなく、税と社会保障を用いた所得再分配で貧困問題に対応するのが筋である。

勤労所得税額控除は米国や英国でも導入されており、勤労意欲を削がない点でなかなか優れた所得再分配政策のように思われます。もっと政策的に注目されていいと思うのですが、どうなのでしょう。