連合の皮算用

ちょっと古いのですが、この9日に発表された連合の「年間総実労働時間1800時間の実現に向けた時短方針」が連合のサイトに掲載されています。
http://www.jtuc-rengo.or.jp/roudou/kankyou/roudoujikan/jitan_houshin.html
能書きはともかくとして、1800という数字が出てくる以上はその内訳というのは当然問題になるわけで、この時短方針の中にも1800時間のモデルがきちんと提示されています。

連合1800時間モデル
<制度課題>
[1]年間所定労働時間1800時間
1日7.5時間×240日=1800時間
年間所定労働=365日−104日(週休2日×52週)−国民の祝日−夏期休暇−正月休暇=240日
[2]年次有給休暇の最低付与日数20日、最高付与日数25日以上
[3]時間外労働等の割増率「時間外50%、休日100%、深夜50%」以上
[4]時間外労働の上限規制年間150時間以内、休日労働(所定休日)の上限回数規制4週間で1回以内
<運動課題>
[1]時間外労働の上限年間150時間を目標とし、当面「360時間」以内を徹底する取り組み
[2]年次有給休暇の完全取得をめざした取り組みの強化

実際には、全国平均では日本の年間総労働時間もけっこう1800時間に近いところに行っているわけですが、これはよくいわれるように比較的労働時間の短い非典型雇用の比率が上昇していることの影響が大きいわけで、そういう意味ではフルタイム、特にいわゆる「正社員」の労働時間の短縮は依然として大きな課題とされています。ということで、このモデルも「正社員」を念頭に作成されているのでしょう。実際問題としても、連合構成組織の組合員は大半が正社員ですし、この方針も最初に「連合組合員の平均」を紹介していますし。
さて「モデル」の中身ですが、年間総労働時間の短縮には所定労働時間・所定労働日の短縮・減少と所定外労働の削減、および休暇取得の促進という3つの方向性があるわけですが、連合はそれに「制度課題」として取り組むとしています。方針の文中にも「時間外労働の限度基準の適用除外の廃止・見直しや特別条項付き協定の規制強化(上限規制の検討)など、政策・制度要求の取り組みを強める。」との一文がみられますし、別に「運動課題」も掲げられていることからみても、これは労働基準法改正などの立法で取り組む課題ということなのでしょう。
とはいえ、これは現状からみるとかなり意欲的な内容になっていて、まず所定労働時間についていえば、厚労相の「平成17年就労条件総合調査」によれば、平成17年1月の週所定労働時間の全産業平均(企業において最も多く適用される週所定労働時間の平均)は38時間49分となっています(労働者一人当たり。一企業あたりだと39時間16分)。単純に5日で割ると約7時間46分ですから、3〜4%くらいの短縮です。次に所定労働日ですが、同じ調査によると年間休日の平均は113.2日となっています(一人あたり。こちらは企業あたりだと105.3日で、規模間格差が大きいようです)。平年の年間労働日は251.8日ということになりますので、連合のモデルは5%程度の短縮ということになるでしょう。方針は「2012年度末、総括を行って」と書いていますので、むこう5年間での取り組みということなのでしょうが、法規制をあまねくこうしようというのはあまり現実的なモデルという感じがしません。
もちろん、そのあとには「運動課題」も掲げられていますし、このモデルに続いて「最低到達目標」も提示され、各組織は「2009年度末までに共通して取り組む」とされてはいます。とはいえ、この「最低到達目標」も「時間外労働等の割増率が法定割増率と同水準にとどまっている組合をなくす」という非常に意欲的な内容を含んでいて、到達はなかなか容易ではありません。

  • 余談ながら、繰り返し書いているように割賃の引き上げがどれほど労働時間短縮に寄与するかについては私は非常に懐疑的で、なぜこんな効果の薄いものにこんな非現実的な「最低到達目標」を設定しているのか理解に苦しみます。もちろん、労働条件改善の一環として割賃の引き上げに取り組むのは十分ありうることだとは思いますが。

まあ、労組が要求を提出して団体交渉を行い、所定短縮などを勝ち取っていくという労働運動の常道を進むのでは、短期間に大きな成果をあげることは難しいということで、国会闘争で立法でやってしまおう、ということなのかもしれません。それに過度に依存すると、結局は労組の組織力を弱め、自壊への道につながりかねない危険をともなうと私は思いますが…。もちろん、ことはバランスの問題で、制度・政策課題への取り組みも政治活動も大切だろうとは思います。実際のところ、今回の参院選では民主党の大勝(というか、自民党の大敗)が見込まれているようですし、民主党が政権をとれば連合の言い分も通るだろう、という期待もあるでしょう(私は民主党がどこまで連合の要望に沿うかはかなり疑問だと思っているのですが)。やはり、各組織が経営との協議・交渉を通じて労働条件改善をはかり、その積み上げがやがて全体の底上げを通じて法改正にもつながっていくというのが正論ではないかと私は思います。
それはそれとして、私が連合に注文したいのは、日当たり所定、所定休日、時間外・休日労働のバランスの問題です。
当然ながら、連合としては労働時間の短縮が雇用の不安定化につながることは避けたいでしょうし、これが正社員を念頭においた取り組みであるとしたらなおさらでしょう。そう考えると、かねてから日本企業では残業の増減が雇用調整の機能を果たしてきた、ということを意識する必要があるのではないでしょうか。余剰人員が発生したときに、一人ひとりの労働時間を短縮することで希望退職や解雇を回避できるよう、労働時間には一定の弾力性を確保することが望ましいわけで、だとするとあまり所定外労働を減らしすぎてしまうと、柔軟性が損なわれることにつながりかねません。
であれば、労働時間短縮のターゲットは所定短縮、とりわけ日当たり所定の短縮におくことが合理的とはいえないでしょうか(そう考えると、柔軟性確保のためには割増率もあまり高率にならないほうが望ましいと考えられます)。所定短縮はコストアップになりがちなだけに経営サイドは難色を示すでしょうが、目的が労働時間短縮であるなら、労組としてもコストアップにならないような配慮をすることも可能なはずです。非典型雇用の増加も、雇用人数の増減を柔軟に行うためという目的も相当あるはずで、残業の増減がより大幅かつ容易に可能になれば、非典型雇用の必要数も減少するかもしれません。
残業はたしかに直接的には時短にとって悪者かもしれません。しかし、労働時間の柔軟性が雇用維持に寄与していることにはきちんとした目配りが必要なように思います。