キャリア辞典「労働ビッグバン」(1)

キャリアデザインマガジン第59号のために書いたエッセイです。私がキリキリ舞いしている間にも世間はいろいろ動いていたということのようです。
以下転載です。

労働ビッグバン」(1)

 ここ数ヶ月、経済諮問会議を中心として「労働ビッグバン」というキャッチフレーズが展開されている。多くの人には、わかったような気もするが今ひとつわからない、不思議なことばなのではないか。
 そこで、三省堂Web辞書を利用して、デイリーコンサイス国語辞典の「ビッグバン」の項を調べてみると、「宇宙の始めに起こったとされる大爆発. ‖ 金融制度の大改革. *1986年の英国証券制度大改革の称から.」となっている。本家本元は天体物理学(?)の「ビッグバン」だが、それが英国の「証券制度大改革」の称として使われ、それが日本の「金融制度の大改革」の意として使われた、という事情のようだ。
 それでは英国の「ビッグバン」だが、これは1986年に行われたもので、証券売買手数料の自由化、銀行資本への証券取引市場の開放などをはじめとする大幅な証券取引の規制緩和だ。これは単に「ビッグバン」と呼ばれ(日本の「金融ビッグバン」も英訳されると「Japanese "Big Bang"」となるらしい)、英国の金融取引市場を大いに活性化すると同時に、市場はメリルリンチなどの米国資本に席捲されて英国資本が一掃されてしまう、いわゆる「ウィンブルドン現象」が起きた。
 これを念頭に、1996年以降に進められたわが国の金融制度改革が「金融ビッグバン」とか「日本版ビッグバン」と呼ばれた。その内容は銀行・保険・証券の相互参入の規制緩和や、金融持株会社の解禁、銀行の個人向け外貨預金の規制緩和、インターネット証券の解禁などであり、必ずしも英国のビッグバンと重なり合うものではない。そしてその結果、持株会社を活用したメガバンクの出現など、わが国の金融業界が激変したことは記憶に新しい。
 そこで「労働ビッグバン」だが、当然ながらこれは「金融ビッグバン」を念頭においたネーミングであろう。したがって、その含意するところは「改革」であろうし、より具体的には「規制緩和」であるに違いない。もっとも、英国のビッグバンであれば民間の職業紹介手数料の自由化とか、かなり無理はあるが外国人労働者の解禁とかいった政策の比喩にはなりそうだが、日本の「金融ビッグバン」の内容が具体的な労働政策の比喩になるとはやや考えにくい。実際、現在行われている「労働ビッグバン」の議論をみると、要するに威勢のいい、使われた実績のある(しかし、いささか安易で安っぽい印象があるのではないかとも思うが)言葉を持ってきただけという感は否めない。問題提起が派手なことは必ずしも悪いことではないかもしれないが、派手に「ビッグバン」すればいいというものではもちろんないわけで、手段を目的化せずに、具体的な議論を詰めていくことが必要だろう。