キャリア辞典「ワーク・ライフ・バランス(6)」

「キャリアデザインマガジン」の「キャリア辞典」、ワーク・ライフ・バランスの6回めです。案の定長期連載?になっていますが、もう1回くらいいけそうです(笑)


 現政権は少子化対策を重要課題の一つと位置付けているとのことで、このところ、ワーク・ライフ・バランスを実現するために「働き方の見直し」が必要だ、という議論がさかんに行われているようだ。
 少子化対策として「働き方の見直し」が必要だ、という意見すでに90年代後半には散見されていたようだが、本格的にいわれはじめたのは2002年の「少子化対策プラスワン」かららしい。これは、それまでの「仕事と子育ての両立支援」を中心としていた少子化対策にさらに「プラスワン」として新たな施策を盛り込むというもので、そのひとつとして「男性を含めた働き方の見直し、多様な働き方の実現」があげられている。ここでは、その具体策は「子育て期間における残業時間の縮減」「子どもが生まれたら父親誰もが最低5日間の休暇の取得」「短時間正社員制度の普及」といったものだった。
 その後、これをめぐる議論には紆余曲折と進展とがあり、昨年5月には、政府の男女共同参画会議の「少子化男女共同参画に関する専門調査会」が「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)を可能とする働き方の見直し」と題した「少子化男女共同参画に関する提案」を発表している。
 この提言の「働き方」に対する問題意識をごく大雑把にまとめれば、いわゆる「正社員」は多残業、長時間労働などで経済力はあるものの時間的余裕がなく、ワーク・ライフ・バランスどころではない。いっぽう、いわゆる「非正社員」は雇用が不安定かつ労働条件が低く、時間はあっても経済的基盤が弱い。そこで「労働時間と賃金収入の組み合わせにおいて、極端に偏らない選択を可能とする必要がある」ということになろうか。さらに「男性に関しても多様な働き方を選択できるようにし、男性の働き方が変わることが、結果として、既婚女性の両立支援や雇用機会均等につながる」として、「現状の「働き方の見直し」は、男女ともに進められるべき課題」だという認識を示している。
 これはいうまでもなく、職業キャリアという面においても、より広く人生キャリアという面においても、「キャリアデザイン」と深くかかわる。実際、この提言も「結婚や子どもを産み育てるという選択は、人生の一時期のあり方で決められるのではなく、男女が生涯を通じた生き方を考える中で決められる問題である」「長い人生の中で、仕事に力を注ぐ時期、家事や子育てに力を注ぐ時期、学習に力を注ぐ時期など、それぞれが多様なライフプランを実現できる社会を目指す」などと述べている。そのライフプラン、あるいは人生キャリアの中で、子育ての時期については「子育て中の父親も母親も、仕事に従事しながら家事・育児などの生活時間をバランスよく持ちたいと考える人が多いが、現実にはその希望が実現できていない」というわけだ。そのうえで、「その希望を実現」するために有益と考えられる施策がいくつか提言ている。
 もちろん、そうした希望が実現できるような環境をつくることは、控えめにキャリアデザインに限って考えても、大いに有意義であろう。とはいえ、たとえば提言が最後に述べている「求められる施策」の一番最初が「個人の意識啓発・能力開発にかかる施策」となっていることにも見られるように、この提言の多くは「意識啓発」の必要性を述べている。そこから垣間見えるのは、提言がいう「子育て中の父親も母親も、仕事に従事しながら家事・育児などの生活時間をバランスよく持ちたいと考える人が多い」というのは、誤りであるとは言わないまでも実態を必ずしも反映しておらず、建前に過ぎない可能性がある、ということではないか。実際、提言も「仕事を含め、生活の中で何を優先するかは、個人や家族それぞれの選択によるものである。本提案における仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)を可能とする働き方の見直しを進めることは、仕事に専念するという選択を妨げるものでも、家事や子育てに専念するという選択を妨げるものでもない」としながらも、「これまでの固定的な働き方や家庭内の役割分担にとらわれずに、生き方を自ら選択できるようにすることが重要である。特に、多くの男性が、これまでの画一的に仕事に専念するような生き方から脱して、希望する多様な働き方を選択できるように意識改革に取り組むことも必要である」と、とりわけ男性の意識改革が重要であることを指摘している。これは逆にいえば、多くの男性が「男性は仕事に専念、女性は家事や子育てに専念」というキャリアデザインを望んでいるということの裏返しではないか。
 そこで、「求められる施策」においても、「すべての人を対象とした働き方に関する意識啓発」「多様なライフプラン設計のための情報提供・機会提供」があげられることになる。これは、まずは特に男性に対して「仕事に専念」以外のキャリアデザインができるように「情報提供・機会提供」をしつつ意識啓発を進めるということだろうと思われる。妙な言い方になるが、要するに「仕事に専念」以外の(男性の)キャリアを見せて、これだってすばらしい、立派なキャリアだよ、これからの時代、旧態依然たる男性優位の発想を引きずっていたのでは結婚できなくなるよ、ということを理解させるということだろう。この説得はおそらく容易ではないだろうが、しかし不可欠な第一歩なのかもしれない。