「働き方を変える、日本を変える行動指針」(仮称)

きのうに続いて、きょうは「行動指針」のほうを見ていきたいと思います。資料2ということで、「「行動指針」に盛り込む内容について(案)」というのが提出されたようです。
http://www8.cao.go.jp/shoushi/w-l-b/change/k_4/pdf/s2.pdf
内容的には「憲章」をさらに膨らませたようなもので、まず「「ワーク・ライフ・バランスが実現した社会」に必要とされる条件」があり、続いて「企業、働く者の取組」「国民の取組」「政府の取組」「地方自治体の取組」と、これは「憲章」と同様です。そしてその後に注目の「数値目標」、そして「実現度指標」というのがきています。
そこでまず「「ワーク・ライフ・バランスが実現した社会」に必要とされる条件」ですが、これはさらに「みんなが仕事があり、自立できる」「みんなが生活のための時間があり、健康で豊かな生活ができる」「みんなが働き方・生き方を選べる」という3つの項目に分けられています。
「みんなが仕事があり、自立できる」というのは、「憲章」にあった「経済的自立を必要とする者とりわけ若者がいきいきと、かつ、経済的に自立可能な働き方ができ、希望すれば結婚や子供を持つことができる社会」のことだそうで、具体的にはこうです。

・若者が学校から職場に円滑に移行できること。
・若者や母子家庭の母等が、就業を通じて経済的自立を図ることができること。
・意欲と能力に応じ、非正規から正規へ移行できること。
・就業形態に関わらず、適正な待遇や能力開発機会が確保されること。

で、これに関する「企業、働く者の取組」としてこう書かれています。

・長期的視野に立った人材の確保・育成を行う。
・トライアル雇用などを活用しつつ、フリーターを含め、人物本位の採用を行う。
・パート労働者等については正規雇用へ移行できる制度作りを行う。
・就業形態に関わらず、適正な待遇や積極的な能力開発を行う。
・学校、地域、関係行政機関と連携して、キャリア教育に取り組み、職業意識を涵養する。
・働く者は、自らの職業生涯を見据えた主体的な職業選択が可能となるよう、自己啓発、能力開発を行う。

まず理解に苦しむのは、実際問題として、パートタイム労働などの非正規雇用は、育児中心の生活で、仕事は軽い仕事で家計補助程度の収入が得られればいい、といったライフを主、ワークを従とするワーク・ライフ・バランスを希望する人にとっては実用的な選択肢だと思うのですが、どうしてこうも非正規を悪者にするのだろうか、という点です。フリーター問題をなんとかしたい、それなりの所得がなければワーク・ライフ・バランスどころではないというのもわかるのですが、それならそれでなおさら、もっと非正規を活用することを考えないと現実的な施策にならないと思います。
「適正な待遇や能力開発機会が確保される」というのも、「自立」(これが水準としてどんなものなのかも不明なのですが)できる待遇でなければ適正ではない、ということだとするといささか問題です。企業経営上は、経営が成り立つような働く人の貢献度に見合った処遇、働く人の意欲が高まり生産性が向上するような処遇といった観点から「適正な待遇」というものが存在するわけです。どうしても「自立できる」待遇でなければ「政府の考える適正な待遇」ではない、ということになると、不足する分は政府が企業に補助金を出すといった政策が必要になるでしょうが、あまりいい方法だとも思えません。就業を通じて経済的自立を図ることはたいへん重要なことですし、それができない状況をできるだけ少なくしていくよう取り組む必要がありますが、現実問題としてゼロにはできない以上、そこに対応していくのは企業ではなく国家の役割のはずです。
「能力開発機会」にしても、「取組」のほうには「積極的な」という形容までつけて企業に求めていますが、それにしても企業に対して企業が必要とする以上にやれといっても無理な話でしょう。政府がそれで不足だと考えるのなら、政府がなんらかの公的な機会を付与していく必要があるでしょう。ま、これに関しては政府の取組のところにも「誰でもどこでも職業能力形成に参加でき、自らの能力を発揮できる社会(能力発揮社会)の実現を目指す「ジョブ・カード」制度の構築」「働く者の自己啓発や能力開発への取組に対する支援」がうたわれていますから、それなりにおやりになるつもりではあるようですが。それにしても、こんどは「能力発揮社会」ときましたか。なかなか気宇壮大ですが、具体論が「ジョブ・カード」だけというのはいささかみすぼらしい(失礼)感じはありますが…。
さて次は「みんなが生活のための時間があり、健康で豊かな生活ができる」ですが、これも基本的には「憲章」と同内容です。きのうも書きましたが、この「豊かな生活」は「時間の面で豊か」ということでしょう。しかし、この資料は「業務の進め方や内容にまで踏み込んだ業務の見直しなどにより時間当たり生産性も向上」と書いていて、それはたしかに大切ではありますが、あたかも「消費の面でも現状どおり(かそれ以上)の豊かさ」が得られるかのような印象を与えかねない点は問題でしょう。
これについては、「企業、働く人の取組」としてこう書かれています。

・時間外指導基準を含め、労働時間関連法令の遵守を徹底する。
・労使で長時間労働の抑制、年休取得促進など、労働時間等の設定改善のための業務見直しや要員確保、職場風土作りに取り組む。
・管理職を含めた人事評価をワーク・ライフ・バランスの実現に向けた取組を評価する方向に改める。
・業務の見直し(内容、進め方)を徹底し、無駄な仕事の廃止や簡素化、情報の共有化などにより、時間当たり生産性の向上を図る。
・社会全体のワーク・ライフ・バランスに資するため、取引先への計画的な発注、納期設定に努める。
・働く者は、時間に制約がある中で、メリハリのある働き方を心がける。
・働く者は、自己啓発や能力開発によって仕事の質を高める。

「労使で長時間労働の抑制、〜に取り組む」と、労使の主体的取り組みに委ねようという姿勢はおおいに好感が持てます。いっぽうで「管理職を含めた人事評価をワーク・ライフ・バランスの実現に向けた取組を評価する方向に改める」というのは行き過ぎでしょう。もちろん、きのうも書いたように管理職の評価にあたっては部下にどんな働き方をさせているかを考慮に入れる必要がありますが、お国の方針に沿ってワーク・ライフ・バランスの実現に向けて取り組んでお国のためになったから高く評価するというのも変な話です。ワーク・ライフ・バランスが従業員の意欲を高め、生産性を向上させるのであれば、それは当然組織のパフォーマンスの向上にもつながるわけですから、管理職の評価もまた高まるというルートをたどるのが正論でしょう。
それから、何度も同じようなことを書きますが、「社会全体のワーク・ライフ・バランスに資するため、取引先への計画的な発注、納期設定に努める」というのは、消費者の立場からすれば「社会全体のワーク・ライフ・バランスのために、私がいま欲しいと思っているものが一ヶ月先でないと手に入らない」ということになるわけですから、ここはよほどしっかり説明して理解を得る必要があるでしょう。
3つめの「みんなが働き方・生き方を選べる」というのは「子育てに取り組む時期や親の介護が必要な時期など個人のおかれた状況に応じて多様で柔軟な働き方が選択できる社会、子育て,介護などの仕事以外の比重を高めることを切実に思う時期とそれ以外の時期とで柔軟に働き方を変えられ、しかも適正な処遇が確保される社会」ということなのだそうで、またしても「適正な処遇」が出てきてくどいですが、それだけ思い入れがあるのでしょう。
で、具体的にはこういうことのようです。

・多様な働き方のできる制度が整備され、利用しやすい職場風土が形成されていること。
・地域活動に参加しやすい環境があること。
・個人のキャリア形成を支援する仕組みがあること。
・多様な働き方に対応した地域の子育て支援や保育サービスが整備されていること。

これに関する「企業、働く者の取組」はこうです。

・短時間正社員制度、在宅就業、テレワークなど柔軟な働き方が可能となる制度や育児・介護休業など個人の置かれた状況に応じた働き方を支える制度の普及を進めるとともに、それらを利用しやすい職場風土作りを進める。
・女性や高齢者等が再就職や継続就業できるようにする。
・就業形態に関わらず、適正な待遇や積極的な能力開発を行う。
・働く者の自己啓発・能力開発への取組に対する支援を行う。
・働く者は、自らの職業生涯を見据えた主体的な職業選択が可能となるよう、自己啓発、能力開発を行う。
・働く者は、自分だけでなく同僚に対しても個々の事情に応じた多様な働き方があることを理解し、柔軟な役割分担について工夫する。

「自分だけでなく同僚に対しても個々の事情に応じた多様な働き方があることを理解し、柔軟な役割分担について工夫する」ですか…。もちろんこれは大事なんでしょうが、精神論や「おたがいさま」だけでこれができると考えるのでは出来の悪い共産主義と大して変わらないわけで、そこには当然ながらインセンティブが必要となります。わかりやすい例としては、たとえば「なるほど、あなたにいろいろ事情があって短時間勤務に変更することはわかりました。その分の仕事は私がカバーさせていただきますが、それにともなって私の昇給やボーナスはあなたより多くなりますし、次に昇進するのはあなたではなく私です」ということです。必ずしもダイレクトではなく、そこに至るルートとしては、会社への貢献度の評価とか、能力の向上とか、いくつかあるわけですが。もちろん、ほかにもインセンティブの与え方はいろいろ考えられるでしょうが、「おたがいさまだから昇給もボーナスも昇進も同じ」ではなかなか…。まあ、長い目でみれば、多くの人が短時間勤務や育児(に限らず)休業を経験すれば、お互いに打ち消しあって結果的には同じくらいになるということはあるかもしれませんが…。
あと、またしても「就業形態に関わらず、適正な待遇や積極的な能力開発」が出てきますが、こちらには政府の役割として「パート労働者の均衡待遇の推進」がうたわれています。まあ、改正パート労働法の範囲で推進するということであれば現実的といえそうです。