柳沢厚労相

 先月末に行われた経済財政諮問会議での、例の「労働ビッグバン」についての集中審議の議事概要が公表されています。
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2006/1130/shimon-s.pdf
八代先生の「労働ビッグバン」に関する所論はもちろん興味深いわけですが、まずはそれを受ける立場の柳沢厚労相の発言を取り上げてみたいと思います。
最初に現状認識を述べて、しかるのちに厚労省のやろうとしていることを述べています。現状認識についてはまあそうかなという内容なのですが、非典型雇用についてのこの評価はちょっといかがなものかと。

…「多様な雇用形態の評価」だが、これは明らかに経済・社会の構造変化のニーズに対応してきた反面、働く側にはやや負担になっているということがある。現に正社員を希望しながら、実現しないということがある。「多様な雇用形態にある労働者のニーズ」は、フレキシブルな雇用を望む人も確かにおり、雇用機会を提供している。それから、Job-Hoppingを望む有能な若者や、長期雇用を希望する反面やむを得ず非正規に甘んじている人たちがいる。「企業側のニーズ」だが、労務コストの節減、景気変動に応じた雇用調整、あるいは業務量の一時的・季節的増減への対応ということで非常に便利な雇用形態であり、また、即戦力・能力のある人材を一時的に確保するという意味でも、非常にいい制度であると評価できよう。


「現に正社員を希望しながら、実現しない」から「働く側にやや負担」で、「企業側のニーズ」としては結構づくめの「非常にいい制度」というわけですが、これはまたずいぶんと一面的な見方ではないでしょうか。多様な雇用形態なかりせば、現在正社員でない人はすべて正社員になれていたかといえば当然そんなことはないわけで、もちろん一部はなれたかもしれませんが、相当部分は失業者にとどまってしまったと考えるのが妥当でしょう(そして、フレキシビリティ確保のために正社員の残業が増えることになりましょう)。正社員か非正社員か、ではなく、正社員か非正社員か失業者か、という枠組みで考えなければならないはずで、そう考えると「正社員を希望したが、なれないから働く側に負担」と単純に言ってしまっていいものかどうか。また、企業にしてみれば、正社員の雇用を維持するために一定の非典型雇用を必要としている部分は大きいわけで、もちろんそれも企業のニーズだといえばそれまでですが、それにしても働く側の負担が別の働く側の恩恵につながっていることは否定できないでしょう。非典型雇用の増加には長期にわたった経済低迷や産業構造の変化、期待成長率の下方屈折といったさまざまな要因があり、それを考慮せずに「正社員になれないから負担」というだけでは「昔はよかった」式の議論にすぎないのではないでしょうか。

 これらの、長期雇用あるいは多様な雇用形態に対する考え方を総括して、「当面の労働政策の方向」を4項目にまとめている。1と2は総論的なこと。第1に「労働力人口の確保」がある。…第2は「誰もが安心・納得して働ける仕組の構築」ということで、労働契約のルール化が必要である。第3に「希望する者が正社員に移行できる仕組みの構築」。第4は「多様な働き方を希望する者の環境整備」で、多様な働き方を希望する人には、均衡処遇という形で、労働時間は短いが単位当たりの労働報酬はきっちり確保すること等が必要。以上が総論である。
 各論として、1つ目は、労働契約法制を新しい法律で制定したい。労働紛争が多いということ、特に労働契約の終了時についての紛争が多いということがある。また、労働契約期間中に、就業規則で労働条件を変更する場合があるが、それらについてのルール化も図りたい。
 2つ目に労働時間法制だが、長時間労働で非常に不健康な人も出てきており、これを抑制する。そのためには、割増賃金の率を高めるような制度を設定したい。それから、先ほど八代議員も言われたが、管理職の下のレベルのホワイトカラーに対し、休日や健康は確保しながら、労働時間の制度を外して成果主義にしていく。
 それから3つ目に雇用保険制度の見直しだが、これは概ね「骨太の2006」で決まっていることをやる。…

「誰もが安心・納得して働ける」なんて、そんなのあるんでしょうか。まあ、程度問題だろうとは思うのですが…。「安心」が絶対に失業しないとか、賃金は毎年必ず上がるとかいう意味だとすると無茶な話になりますし、誰もが納得なんて、これはもう全員が完全に納得するのは絶対に無理な話でしょう。まあ、これは各論が労働契約法制ということなので、「安心」は安全配慮義務とか、あとはせいぜいパワハラ、セクハラレベルの話にとどまるのだろうとは思います。「納得」も、不満は大いに残るもののまあ仕方ないか、としぶしぶ妥協する、というレベルのものなのでしょう。となると、従来となにが違うのか、という気もするわけですが、まあそれを明文化することに意味がある、というのが労働契約法のひとつの意義ではあるわけで。
「希望する者が正社員に移行できる仕組みの構築」というのも、希望すれば正社員になれます、というのはさすがに無理なわけで、これはおそらくパート労働法で「通常の労働者への転換の推進」を義務化することなのかなと思ったら、各論ではパート労働法には触れていません。ということは、その次の均衡処遇についても各論はパート労働法ではないということでしょうか。たしかに、均衡処遇については労働契約法の総則規定に「均衡を考慮」を入れようとしている(入れるべきではないと思いますが)ので、これが各論にあたるのかもしれません。正社員への移行は、労働契約法の有期雇用のところの「引き続き検討」くらいしか該当するものが見当たりませんが…。
なお、これは八代先生もそうなのですが、労働時間の制度を外して『成果主義にしていく』というのは余計なお世話です。ホワイトカラー・エグゼンプションは要するに賃金を時間割では払わない、というだけのことで、成果に限らず、能力とか職務とか、極端な話年功で払うにしても、企業の自由のはずです。