ところで、成果主義は本当に格差を拡大させるのか?その4

純化した例で説明しましょう。勤続1年の人が3人、2年の人が3人、3年の人が3人、合計9人の企業を考えます。賃金は勤続1年で日給1万円、2年で2万円、3年で3万円で、同期で差のつかない、非常に年功的なものだとします。一覧表にすれば、こういう具合です。

従業員 Aさん Bさん Cさん Dさん Eさん Fさん Gさん Hさん Iさん
勤続年数(年)
賃金(万円)

同期の間だけで比較すれば完全に平等ですが、全体でみれば格差があります。全体のジニ係数を計算してみると0.22となりました。

  • ジニ係数は格差を示す代表的な指標で、0から1の間の値をとります。完全独占で1、完全平等で0になり、大きいほど不平等度が大きい、という指標です。具体的な解説はネットで検索すれば見つかると思います。なお、ここでは方眼紙を使って積み上げてカウントする(階段部分は1/2)という原始的な方法で計算していますが、ここでの議論にはそれで十分と思います。

さて、成果主義の導入です。まずは同期の間で成果主義を導入します。1年めは平均1万円、2年めは平均2万円、3年めは平均3万円として、それぞれの同期で原資は変えずに、同期の間でプラスマイナス1万円の差をつけてみましょう。

従業員 Aさん Bさん Cさん Dさん Eさん Fさん Gさん Hさん Iさん
勤続年数(年)
賃金(万円)

これまでいなかった、0円の人や4万円の人が出ています。全体のジニ係数を計算すると、0.32になりました。成果主義導入前は0.22でしたから、全体での格差は拡大しています。
いっぽう、各同期のジニ係数を計算してみると、成果主義導入前は同期はみな平等でしたから、ジニ係数は0です。それに対し、導入後は1年めが0.45、2年めが0.22、3年めが0.15となっていて、いずれも全体に比べて格差拡大が大きくなっています。つまり、同期との比較で「格差が拡大した」と感じるほどには、全社での格差は拡大していないことになります。
この事例について、勤続年数は忘れて、Aさん、Bさん、Cさんが一つの会社、Dさん、Eさん、Fさんが別の一つの会社、Gさん、Hさん、Iさんがまた別の一つの会社と、三つの会社がある国があると思ってください。そう考えると、各社で成果主義を導入して社員間に差をつけたところ、全国の格差は拡大したが、しかし各社内での格差拡大ほど大きくは拡大しなかった、という例になります。
さて、元に戻ります。成果主義の導入の際に、同期の間で差をつけるだけではなく、同時に年功賃金を廃止したとしましょう。全体の総原資は変えずに、勤続年数による差をなくしてしまうわけです。そうすると、こうなります。

従業員 Aさん Bさん Cさん Dさん Eさん Fさん Gさん Hさん Iさん
勤続年数(年)
賃金(万円)

各勤続年数とも平均2万円で、年功色は払拭されました。いっぽう、同期の間では差が広がっています。
並べ変えてみるまでもありませんが、一応並べ替えてみると、

従業員 Aさん Dさん Gさん Bさん Eさん Hさん Cさん Fさん Iさん
勤続年数(年)
賃金(万円)

人と賃金の関係は変わり、同期の間の格差は拡大しましたが、賃金の分布は成果主義導入前後で変わっていません。すなわち、会社全体での格差は拡大していないことになります。
これは非常に単純化した例ですが、とりあえず「年齢間格差の縮小と、同一年齢内格差の拡大という二つの効果を総合してみないと、成果主義が格差を拡大させたかどうかはわからない」ということはご理解いただけるものと思います。
このように、成果主義の導入による格差の拡大は、同期との比較で感じるほど会社全体では大きくなく、同じ会社の人との比較で感じるほど社会全体では大きくない可能性が高いものと思われます。にもかかわらず、身近な人との比較での実感と同等に社会全体の格差が拡大しているかのようにおおげさに主張・宣伝する人もかなりいるようです。
10月6日のエントリとの関連でいえば、橘木先生の「格差社会」を前後の文脈も含めて読むと、これもそうしたきらいがあるように思われたので、「相当の効果をもって格差を拡大させているかのように無批判に書いているのは、いささか軽率」との感想を持ったというわけなのです。