最低賃金は低すぎるか その2

今日は最低賃金に関するコメントへのリプライを書きます。これも「低すぎるか」というタイトルにしていますが、なにも「低すぎない」という主張をしようというわけではありません(低すぎるというつもりもありません。要するに水準の議論をする気はないのです。そうはっきり書いてはいるのですが、やはり誤解を招いてしまったようです)。

# TT 『>潤沢に仕送りをしている息子が、暇つぶしと小遣い稼ぎとナンパを目当てにファーストフードで時給600円でアルバイトしていることを、その親である企業経営者が知ったとしても、特段の感慨はないでしょう。最低賃金というのはそういうものまでカバーしているのです。

労務屋さんともあろうお人が、これは単なる感情論ですね。働きにみあった対価はあってしかるべきで、動機なんぞは関係ありません。
そもそもファストフードの仕事って、そんなに簡単じゃないですよ。』

# ぐう 『『来客の少ない日中に、隣家の学生がアルバイトで店番を引き受けていると
いったものも含まれますし、十分な資産収入のある家庭の主婦が、なかばボラン
ティア感覚で福祉事業の簡単な仕事に従事している、といったものも含まれます』
これはかなり極端で稀な例ではありませんか?このような人たちが労働者に占める
割合はかなり低いのではないでしょうか?
また、
『潤沢に仕送りをしている息子が、暇つぶしと小遣い稼ぎとナンパを目当てに
ファーストフードで時給600円でアルバイトしていることを、その親である企業
経営者が知ったとしても、特段の感慨はないでしょう』
これもかなり極端な事例設定で、橘木先生の主張の反論として一般化できるもの
とは思えません。そもそも、引用の箇所では「独り立ちしようとがんばっている
あなたの子どもが、時給600円や700円で働かされている現状を、いや働かざるを
得ない現状をどう見るのですか」という投げかけではないでしょうか?』

私の書き方がまずいようで、うまく話が通じていないようです。
感情論、というのはご指摘のとおりでして、橘木氏が(ご自身も「エモーショナル」と認めているように)感情論を述べられたので、こちらも「エモーショナル」に書いてみました。別に動機云々を問題にしているのではなく、「最低賃金で生計費を確保しなければいけない、とはいえないケースもある」ということを言いたいのです。
同様に、「働きにみあった対価はあってしかるべき」というのは大筋では私も同感です。ただ、橘木氏の議論は働きにみあっているかどうかではなく、最低賃金の水準の低さを問題にしていますので、ここでの議論とは無関係だろうと思います。というか、働きにみあった対価にすると低きに失してしまう場合のために最低賃金規制があるわけで。
「かなり極端で稀な例ではありませんか?このような人たちが労働者に占める割合はかなり低いのではないでしょうか?」というご指摘もそのとおりかもしれません(「かなり極端」かどうかは議論があると思いますが)。とはいえ、最低賃金法がこうした人たちまでカバーしていることも事実なので、単純に最低賃金を引き上げるとおかしなことになりますよ、ということを申し上げたいだけです。
また同様に、「独り立ちしようとがんばっているあなたの子どもが、時給600円や700円で働かされている現状を、いや働かざるを得ない現状をどう見るのですか」という義憤もよくわかりますし、「独り立ちしようとがんばっている」人が時給600円の仕事にしかつけないという状況でよいとは私も考えていません。私が申し上げたいのは、そうした状況への対策として最低賃金を引き上げるというのは適当ではなく、よりよい雇用機会の創出とか、職業訓練とか、生計費を確保したいのなら別途の福祉的給付を行うとかいった政策によるべきではないか、ということです。