最低賃金、「平均1000円」大幅先送り

民主党マニフェストに記載した「最低賃金1,000円」を2020年まで先送りすることとしたそうです。記事にもあるとおり、もともと時期は明記されていませんでしたので、必ずしも「先送り」とも言えないわけですが、10年後というのはいかにも先だなあというのが日経新聞の感覚なのでしょう。ちなみに「政府目標「20年までに」 現実路線に転換」という見出しもつけられています。

 政府は企業が従業員に支払う義務を負う最低賃金について、景気状況に配慮しつつ2020年までに全国平均で時給1000円を目指すとの目標を策定し、実現時期を大幅に先送りする方針を固めた。都道府県ごとに異なる最低賃金の下限を早期に800円に引き上げることも明記する。民主党は昨年の衆院選マニフェスト政権公約)で全国平均で1000円を目指すとの目標を打ち出していたが、企業収益への影響などに配慮して現実路線に転換する。
 政労使などでつくる雇用戦略対話で決め、6月にまとめる新成長戦略に盛り込む。民主党衆院選マニフェストに、景気状況に配慮しつつ、全国平均で1000円を目指すことと800円を想定した「全国最低賃金」の設定を盛り込んだが、実現時期は明記していない。ただ最低賃金制度を所管する厚生労働省細川律夫副大臣最低賃金を800円に引き上げるための法案を11年度国会に提出する意欲を示すなど、次期衆院選までに実現させる意向を示唆していた。
 政府が20年までという目標を設けることで、結果的に実現時期を遅らせる形になる。08年秋の世界的な金融危機以降の急速な景気後退を受け、早急な引き上げは企業活動への悪影響が大きいと判断したもようだ。

 最低賃金を巡っては、労働組合側が働いても自活できない「ワーキングプア」を救済するために引き上げを強く求めている。
(平成22年5月28日付日本経済新聞朝刊から)
http://www.nikkei.com/paper/article/g=9695999693819481E0E5E2E0838DE0E5E2E7E0E2E3E29F9FEAE2E2E2;b=20100528

2009年度の最低賃金は全国平均で719円ですので、これを1,000円に上げようということになると、11回の改定で281円引き上げなければならないことになります。実際の上げ幅は経済状況に影響されるでしょうが、リニアに上げるとして単純に割り算すれは毎年25.5円程度引き上げる必要があります。719円からは3.5%の引き上げ、最後の1年は2.6%の引き上げ(974.5円→1,000円)ということになります。改正最低賃金法成立を契機に、ここ数年は例年にない大幅な最賃引き上げが実施されていますが、それでも最大は平成20年度の16円、2.3%なのですから、11年かけるにしてもそれほど「現実的」な数字ではありません。まあ、だからこそ一段の政策的な取り組みを行おうということなのでしょうが…。ちなみに、このペースで引き上げれば「800円」には2012年にはほぼ到達する(わずかに足りませんが)ことになります。
いっぽうで、経産省厚労省が今年初に設置した「中小企業支援等の最低賃金引き上げ対策検討チーム」に提出された資料によると、時給800円未満で働く労働者は255万人、全体の8.8%いるそうです(http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20100128ATFS2802E28012010.html*1。時給1,000円以下はよくわからないのですが、時給1,000円で年2,000時間働くと年収200万円、とこの数字をみると数年前に年収200万円以下の人が1,000万人を超えたということが話題になったなあと思い出します(http://www.nikkeibp.co.jp/news/biz07q3/546603/)。非常に大雑把な話になりますが、このあたりの情報を参考にすれば、まあ就労者全体の1〜2割程度の人たちの賃金を毎年3%程度上げなければならない、という怪しげな算術となりましょうか(もっと正しそうな数字をご存知の方、ご教示いただければ幸甚です)。
となると、この11年間、毎年2%くらいの経済成長(生産性向上)を実現したとして、その半分程度(これまた大雑把ですが)のベアが行われるとしても、そのかなりの部分を最低賃金引き上げに対応するために配分しなければならないことになりそうです。もちろん、これはまさしく再分配の強化になるわけですので、政策的に再分配強化が必要なのであれば一つの方法ではあるでしょう。
ただ、このブログでもたびたび言及していますが、世帯単位でみると話はかなり変わってきます。川口大司先生などの研究によれば(たとえばhttp://www.google.co.jp/url?q=http://www.rieti.go.jp/jp/publications/rd/046.html)、最低賃金労働者のうち、貧困世帯(200万以下)の世帯主、の割合はさほど高くない(約10-14%)こと、最低賃金労働者の半数近くが中・上位所得世帯(500万以上)の世帯員であることなどが示されています。つまり、労組のいわゆる「「ワーキングプア」救済」のために最賃引き上げが効果的な方法であるかどうかには注意が必要でしょう。
最低賃金が雇用に与える影響については諸説あり、影響するともしないとも言えない(状況による)と考えざるを得ないのですが、わが国ではこの3年間従来にない大幅な最低賃金の引き上げを実施しています。経済状況の影響を大きく受ける(かつこの間はそれが大きく変動した)ので簡単ではないでしょうが、しかしまずはこの3年の経験をきちんと評価してみることが必要ではないかと思います。次の取り組みはその結果を見てからの検討とするのが政策の進め方というものではないでしょうか。

*1:毎月勤労統計調査の集計でしょうから、従業員5人未満の事業所は含まれていないものと思われることに注意が必要でしょう。