橘木俊詔『格差社会』

格差社会―何が問題なのか (岩波新書)

格差社会―何が問題なのか (岩波新書)

どうも違和感の残る本です。いくつか書いていきたいと思います。もちろん、他の部分も書いてないから賛同しているというわけではありません。

タクシーの参入規制緩和

タクシーの参入規制が緩和されたことで台数が増え、結果として運転手の収入が減った、という話に続いて、こう書いてあります。

規制緩和を推進する側からは次のような意見が出されています。すなわち、タクシーの台数の増加はタクシー料金の低下を促したので、消費者一般の利益は大きい、あるいはタクシー運転手の増加は失業率を低下させる効果をもたらした、といった主張です。これらのメリットとタクシー運転手の所得低下というデメリットのどちらが大きいのかについては、簡単に判断ができません。ただ、失業率を低下させる政策の効果を論じるのであれば、タクシーの台数を増加させて雇用数を増やすのではなく、他の業種の仕事の増加ではかる方が正当ではないかと考えます。
(p.46)

そりゃもちろん、失業増の最大の原因は不況だったわけですから、景気を良くして「他の業種の仕事の増加ではかる方が正当」なのは当たり前のことでしょう。実際、参入規制の緩和と並行して、「他の業種の仕事の増加」をはかる施策も一生懸命行われていました。そういう施策も打たれて、現実に仕事が増加した「他の業種」もありました。この話は、その上で、それでもなお、タクシーの参入規制の緩和によって、それがなければ失業者にとどまっていたであろう人が職を得られた、という議論なのではないでしょうか。そういう意味では、タクシー運転手の年収が低下した最大の原因もやはり不況でしょう。既存の運転手にしてみれば、なにもこんな時期に参入規制を緩和してわれわれの既得権を奪わなくてもいいじゃないか、というのもわかりますが、いっぽうで、低賃金のタクシー運転手でもなんでも、とにかく失業しているよりはいいという人もいたはずで、橘木氏のいうように「簡単には判断ができません」で終わっておくべき話ではないかと思います(簡単ではなくても、検証はできるかもしれません)。不況が問題なのはそのとおりとして、だから規制緩和を悪者にするというのはおかしいのではないでしょうか。

年功序列賃金、能力主義成果主義

 賃金決定方式の変化として、近年、成果主義賃金の導入が増えていることも重要です。
年功序列賃金の発想には、生活給という考え方があります。…この方式は、職務の有能な人もそうでない人も、年齢さえ上がれば賃金が増えるので、ある意味では、人を平等に扱う考え方だと解釈することもできます。…
…いわゆる能力主義成果主義と呼ばれる方式を導入する企業も、ここ10年くらいで増えてきました。…成果主義賃金が導入されれば、労働者間の賃金格差の拡大が生じます。したがって、成果主義賃金を導入する企業が増えれば、賃金格差が広がっていくことになります。現在の所得格差の拡大には、こうした要因も考えられます。
 私自身はこの能力主義を、悪いとは考えていません。…ただし、成果主義賃金を肯定するには、…労働者の働き具合を公平に評価する制度が、うまく機能する必要があるのです。…
(pp.53-55)

成果主義の拡大が格差につながっているという話をして、そのあといきなり「この能力主義」と書かれています。しかし、成果主義能力主義とはまったく別のものです。さらに、評価が難しい、というのも、成果主義であれば「成果」の測定が難しいのであり、「働き具合」を評価するのは成果主義ではありません(能力主義でもないでしょう。成果主義よりはかなり近いでしょうが)。まあ、成果も能力も「働き具合」の一種だ、といえばいえなくもありませんが…。また、全段で「職務の有能な人もそうでない人も」というのは、一義的には能力主義につながる発想です。もちろん、能力の高い人は成果も大きい可能性は高いですが、成果主義というのは「能力の如何にかかわらず成果で評価する」という哲学ではないかと思いますが…。
いずれにしても、能力主義成果主義をゴタマゼにしているのはいただけません。日経新聞ならまだしも(笑)、労働研究者がこれではまずいと思うのですが。
まだまだありますが、続きは別途。