意味不明

このところ困ったときの池田信夫先生、という感じになっている当ブログですが、4月2日付の「たった1%の賃下げが99%を幸せにする」というエントリも非常に興味深く読みました。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/5e942b8aab35f4d953f67c3cd6b4f7e3
この面白いエントリ名は昨日取り上げた城繁幸氏による本の書名だということですが、なんと城氏の理論的支柱は池田先生らしいのです。どうりで(って何が?)

献本に添付された編集者の手紙によると、著者(城繁幸氏)は当ブログの読者だそうだ。私も著者のブログをたまに読んでいるが、意見はほとんど同じだ。しかし大手メディアでわれわれのような意見を公言する人はなく、ウェブでも他には赤木智弘氏ぐらいだろう。
著者も書くように、橘木俊詔氏も樋口美雄氏も「非正規雇用の問題を解決するには年功賃金をやめる必要がある」という点では一致している。日本の解雇規制が強すぎることが非正規雇用の増加の原因になっているという事実は、政府機関であるOECDでさえ繰り返し指摘している。これは学問的には今さら論争するまでもない常識だが、労働経済学者はあまり発言しない。解雇規制を緩和しろというと「非人間的だ」とか「大企業の手先」などと罵倒されるから、もう懲りているのだ。

へー、「解雇規制を緩和しろというと「非人間的だ」とか「大企業の手先」などと罵倒される」んですか?ああそうか、罵倒する方もなにもわかっていないまま罵倒してるんでしょうね。現実には(池田先生の言うくらいの意味で)解雇規制の緩和を要求している大企業はほとんどないだろうと思いますので、「大企業の手先」ってのはまるで検討はずれなんですけどね。まあ、池田先生にかかると、これも「大企業(経営者)は本当は解雇規制の緩和を望んでいるのだが、「非人間的だ」と罵倒されるから、もう懲りているのだ」ということになるのかもしれませんが。少なくとも樋口先生は、日本企業における長期雇用の意義と必要性をよくご存知なので、解雇規制の必要性もまた理解されているから発言しないのだろうと思います。橘木先生はよく知りませんが、たぶん同じではないかと思います。というか、両先生とも「日本の解雇規制が強すぎることが非正規雇用の増加の原因になっている」ことは発言されているのではないでしょうか。ただ、池田先生のように「だから解雇規制を緩和すべきだ」とまでは言わないだけで。これは池田先生がOECDの指摘を重視するのに対し、樋口先生(とたぶん橘木先生も)がわが国における事実を重視することによる違いなのでしょう。少数意見だということは支持する人が少ないということなので、多少は疑問を持ってもいいはずなのですが、もちろん少数意見こそが正しかったということは歴史上いくらでもあることなので、池田先生としては自信をお持ちなのでしょう。その数少ない賛同者が城繁幸氏と赤木智弘だというのは、外野からはかなり疑わしく見えるのですが、まあそれは素人の浅はかさというものなのでしょう。

非正規労働の問題を雇用規制の強化によって解決しようとするパターナリズムが、与野党にも厚労省にも強い。彼らの発想は、『蟹工船』を持ち出して「階級闘争」を語る共産党と同じだが、これは笑止千万だ。日本は欧米に比べれば、階級格差の少ない社会である。アメリカの大企業のCEOの平均年収は1420万ドル。日本の30倍以上だ。

「『蟹工船』を持ち出して「階級闘争」を語る共産党と同じだが、これは笑止千万だ」とはまたずいぶんな(笑)。「非正規労働の問題を雇用規制の強化によって解決しよう」というのは日雇い派遣の禁止(のほかに目立つものがありましたっけか?)のことでしょうが、それを『蟹工船』「共産党」扱いされたら与野党厚労省も怒るでしょう(笑)。「日本は欧米に比べれば、階級格差の少ない社会である」ってのは、解雇規制のせいで格差が拡大していると主張する福井秀夫先生に聞かせてあげてほしいもんです。

しかし著者もいうように、いま日本は新しい階級社会になろうとしている。新卒で正社員になれなかった若者は、一生フリーターで暮らすしかない。労働人口の1/3を占める非正規労働者の賃金は正社員の半分で、この格差はどんなに努力しても埋められない。ロスジェネ世代の非正規労働者は技能を蓄積できないまま高齢化し、そろそろ40代になろうとしている。こうした「高齢フリーター」は無年金・無保険であることが多く、このまま老人になったら生命の維持も危ぶまれる。最大の階級格差は、正社員と非正規労働者の間に生まれているのだ。

城氏の本を読む気にもならないので検証はできませんが、本当にこう言っているのか知らん。誰が言ってるか知りませんが、とりあえず、「新卒で正社員になれなかった若者は、一生フリーターで暮らすしかない」ってのは、いくらなんでも言い過ぎでしょう。卒業後に正社員になった若者はたくさんいます。どんどん増えていたところにリーマンショックが来てしまったのは残念でしたが…。「労働人口の1/3を占める非正規労働者の賃金は正社員の半分」はたしかにそうでしょうが、技能レベルを反映した水準でもあるわけで、とりあえず学生アルバイトや主婦パートがそうである分には社会的な問題はそれほど多くはありません。支援が必要なのは「ロスジェネ世代の非正規労働者は技能を蓄積できないまま高齢化し、そろそろ40代になろうとしている」という人たち(とか母子家庭の母とか)で、これは能力開発やキャリア形成支援、あるいは福祉的給付の実施などによって対処していく必要があります。「このまま老人になったら生命の維持も危ぶまれる。最大の階級格差は、正社員と非正規労働者の間に生まれている」などと危機感を煽り立てるだけでは事態は改善しません。

アゴラ」にも書いたが、日本の潜在成長率が低下している最大の原因は労働市場の硬直性だと思う。それは失業者や非正規労働者を生み出しているだけでなく、衰退産業から成長産業への労働移動をはばみ、労働生産性の低下する最大の原因となっている。非正規労働を単なる雇用問題とみてバラマキや規制強化を求める「派遣村」的な温情主義は、問題の解決にならない。この階級格差は古い産業構造と雇用規制の生み出したひずみであり、規制改革を行なわないかぎり長期衰退も止められない。

これは城氏の本とは関係のない池田氏の感想ですね。「非正規労働を単なる雇用問題とみてバラマキや規制強化を求める」ことを「「派遣村」的な温情主義」と言われては、派遣村の湯浅氏も異論があるでしょう。それはそれとして、これを読む限りでは池田氏は解雇規制を撤廃すれば失業者や非正規労働者が減少し、衰退産業から成長産業に労働移動が進むとお考えのようです。そんな単純なものではないだろうというのは、すでに繰り返し書きましたので繰り返しませんが…。