短時間勤務、運用の壁?

今日の日経新聞夕刊に、JILPTの神谷隆之主任研究員による短時間勤務に関する紹介記事が掲載されています。それによると、育児のための短時間勤務には運用面で4つの問題点があるとか。それぞれの指摘はいずれもそれなりにもっともなもので、たしかにそういう実態もあるだろうと感じるのですが、そのかたわら、ちょっと首をひねらざるを得ないものもあります。
第1の問題点は「業務量の調整」で、勤務時間短縮に見合うだけの業務量の減少がともなわない、ということのようです。具体的には秘書業務の事例があげられています。業務量が減らない理由として「自分で仕事をコントロールしにくい秘書という仕事の特性」をあげていますが、たしかにボスの都合にあわせなければいけない秘書業務はなかなか就労時間のコントロールは難しいかもしれません。いっぽうで、「私がいないときはこの人がボスの世話をする」ということを決めておけばそれですむ部分も多いはずで、仕事量が減らないのには「この仕事は自分の仕事として自分で完結したい」という本人の熱意も背景にあるのかもしれません。
第2は「評価や報酬への影響の問題」があげられています。まあ、本人にしてみれば切実な問題でしょうが…。


一応、「時間数に応じた基本給の減額はやむを得ない」ということのようで、問題にしているのは「業績評価制度への影響」です。具体的には「実態としてはフルタイム勤務の人や、時間外労働の多い人の方が高くなりがち」「フルタイム勤務者同士でも競争が厳しく、査定に差をつけづらい現状では、短時間勤務という明確な要素は減点の対象になりやすい」という不満があげられています。
これについては、やはりフルタイム勤務で残業もこなす人の方が、短時間勤務の人より多くの成果を上げる可能性が高いということは、常識的な前提として考える必要があるでしょう。まとまった重要な仕事を任されているから残業も多くなり、成果も大きいという逆の関係になっている可能性もあるでしょう。とはいえ、業績や成果を誰もが納得するような形で評価することは非常に難しいことが多いですし、誰しも自分の業績や成果は過大評価するものですから、評価に対してはほとんどの人がなんらかの不満を持っているものです(まあ、最高評価を得ている人はそうでもないかもしれませんが)。問題はこのとき、本当は業績や成果が相対的に小さいから評価が低かったのだとしても、本人が「私は短時間勤務ゆえに(業績や成果は同等にもかかわらず)評価が低かった」と思ってしまったら、それはそれで本人にとっては「短時間勤務は割を喰う」ということになってしまうわけです。逆にいえば、記事で紹介されているように管理者が「短時間だから高い評価はつけられない」などと発言するのはまことに迂闊なわけで、「短時間だからこれこれこういうふうに業績や成果が少なくなっているから高い評価はつけられない」と、きちんと説明しなければいけないでしょう(さらに逆にいえば、差をつけられないのにどうして無理して差をつけるのだろうという高橋伸夫説になるわけですが)。ここでは賃金や賞与の話だけになっていますが、これに昇進昇格がからんでくるとさらに問題は切実です。
第3にあげられているのは「労働意欲の問題」だそうで、具体的には「業務範囲も責任の重さも以前と変わらず、密度を濃くして働き疲労感が大きい割には見返りが少ない。このアンバランスが続くと意欲も低下する」という不満が紹介されています。これも結局のところは評価の問題ということでしょう。「見返り」がなんのことなのかはよくわからないのですが、たしかに、時間割で賃金を減額されているのに従前と同じ仕事をこなしているのであれば、それなりに評価してもらいたいという気持ちはわからないではありません。とはいえ、「業務範囲」や「責任の重さ」が同じでも、業績や成果は果たしてどうか?という問題はあります。また、短時間勤務で育児を両立させているのですから、当然ながら仕事の疲労感は大きいでしょう。とはいえ、それは会社からなんらかの「見返り」を得るという筋のものではなく、育児を通じて得られる喜びや感動こそが「見返り」なのではないでしょうか。
第4は例によって「職場の理解」です。もちろん、古い石頭の上司も依然としてある程度は残っているでしょう。とはいえ、短時間勤務が職場になんの影響も与えないかといえばそれはそうではないわけで、職場に100%の理解を求めるほうが無理だということも現実として受け入れる必要があるのではないでしょうか。
神谷氏のひとまずの結論としては「制度の導入や適用条件以上に、利用者が納得できる運用や評価が大切」ということのようですが、企業としては利用者・非利用者ふくめ、できるだけ多くの人に納得してもらえるような運用や評価をするのでなければ立ち行きません。誰かが短時間勤務をするということは、その影響を吸収する誰かがいるということでしょう。そのときに、短時間勤務している人のボーナスを少し減らして、その分影響を吸収した人のボーナスを増やす…というやり方が、職場の状況によっては大方の納得を得るということも多いのではないでしょうか。逆にいえば、そうすることで「職場の理解」も高まるかもしれません。ボーナスは減らすな、職場は理解しろ…というのもいささか無理な希望という印象もなきにしもあらずではないでしょうか。
まあ、短時間勤務利用者へのヒヤリング調査(しかも紹介されているのは2人だけ)だけをもとにしているので、見方が偏るのは仕方ない部分はあるのですが、研究者の文章としてはちょっと…というのが率直な印象です。