半可通かな

予定どおり引っ張っておりますが(笑)、きょうもきのうに続いて日経ビジネス「だから女は働かない」から。今日取り上げるコーナーは「女性活用って言うな!」というもの。ほほぉ、こりゃ「ニートって言うな!」のパクリでしょうかねぇ?
さて、ここで取り上げられているのは女性活用の先進事例として著名なアメリカンファミリー生命保険アフラック)で、成功した企業家として著名な創業者の大竹美喜氏が登場します。日本企業の現状を「今の状況は、見せかけが多いのではないでしょうか」と穏やかに全否定してみせたそうですが、さぞかし記者を喜ばせたことでしょう。
で、このコーナーでは比較的早い段階に結論が書かれています。

 「ダイバーシティー先進企業」をうたっていなくても、実態として女性が生き生きと働く企業を取材してみると、そうした企業ほど、「女性活用」という発想がない。組織や働き方の変革を全社的に進め、その結果として女性が働きやすくなっている。
 女性対応は全社変革のための1つの切り口。「女性活用」と口にしている時点でその企業は本質を見誤っている。
(「日経ビジネス」2008年3月10日号(通巻1432号)から、以下同じ)

「女性対応」と「女性活用」を微妙に使い分けているところに苦心が感じられますが、ダイバーシティ・マネジメントの観点からは女性だけを特別扱いすることは本質を外れているというのはそのとおりでしょうし、それを全社変革の切り口にするというアイデアもありうるものでしょう。
ただ、記事の内容がどうかというとやや気になる点もあります。

 「この会社は実力主義。男も女もありません」。そう語る大竹氏の言葉に嘘偽りはない。正社員3368人中、女性社員は1800人と半分以上を占める。
 女性管理職も数多い。係長相当職は342人中83人。課長も376人中47人。女性部長は13人、役員も2人いる。大竹氏の言う通り、男女の隔てなく社員が登用されている。

これはたしかに日本企業としてはかなり女性活用が進んでいると申せましょう。もっとも、「正社員3368人中、女性社員は1800人と半分以上を占める」のに「係長相当職は342人中83人。課長も376人中47人」と、女性比率ががっくり下がっているのは悩ましいところで、「この会社は実力主義。男も女もありません」。そう語る大竹氏の言葉に本当に「嘘偽りはない」とまで言い切ってしまっていいのかな、という懸念はあります。
それから、退職後の再入社が多いのはすばらしいこと(というか、できるだけでもかなりすばらしい)ですが、出てくる事例には首を傾げてしまいます。

 内部監査部の久保理子部長もその1人。1984年に入社した久保氏は営業部や総合企画部でキャリアを磨いた。その後、夫の海外転勤を機に退社、海外で主婦生活をエンジョイした。
 そして、5年後の95年に帰国。当時、会長だった大竹氏の秘書に誘われ、アシスタントスタッフとして職場復帰。大竹氏のスピーチ原稿の作成や翻訳などの業務を手がけた。雇用形態はアルバイトである。
 その1年後、バイトから嘱託になり、2000年には内部監査部に異動した。2002年には正社員に昇格。それ以降は、米本社と連携し、内部統制の仕組みである米SOX法(企業改革法)対応に従事している。2006年に内部監査部長に昇格したのはその実績が評価されたためだ。
 結婚で退社し、バイトで復職。その後、正社員になり部長に昇格――。久保氏の経歴は普通の会社ではそうそうお目にかかれない。同様の再雇用社員は過去10年で約120人に達する。

結婚退職後にアルバイトで復職して部長にまで昇格というシンデレラストーリーに惚れたのでしょうが、これはいかにも事例としては不自然です。「当時、会長だった大竹氏の秘書に誘われ、アシスタントスタッフとして職場復帰。大竹氏のスピーチ原稿の作成や翻訳などの業務を手がけた」と言われれば、実際にはそうではないのでしょうが、「ああ、創業者トップにかわいがられて引き上げられたんだな」と思う人はかなりの割合にのぼるでしょう。そう思うと、「2006年に内部監査部長に昇格したのはその実績が評価されたためだ」というのもいかにも言い訳がましく思えるでしょう。社内でこの人がどう見られているのかも興味深いところですが、いずれにしても人事屋の目からみれば事例としてあげるのには不適切な感はぬぐえませんし、せっかく惚れこんだ大竹氏の値打ちも落としてしまいかねません。ここは記者としておおいに反省の必要があるのではないでしょうか。もっとも、この人のほかにいい事例がなかったのかもしれませんが、だとすると本当に創業社長にかわいがられて引き上げられたのだということになってしまいかねませんが…。
さて、続きを見ていきますと、こんなくだりがあります。

…(育児支援などの)制度の利用者は多い。育休の利用者は60人。時短の5時間勤務も41人が利用している。育休や時短など同様の制度を導入する企業は数知れないが、周囲の無理解などもあり、なかなか利用が進まない。それに対して、この会社では社員が自然に制度を活用している。それは、アフラックの成り立ちとは無縁ではない。創業当初は知名度がなく、4年生大学を卒業した男性社員を採用できずに苦労した。東京大学法学部の学生の採用が決まりかけた時も、「不合格にしてほしい」と母親から直筆の手紙が届き、泣く泣く不合格にしたという。そんなアフラックの基礎を築いたのは4大卒の女性たちだった。
 アフラックガン保険市場を開拓した1970〜80年代、ガンは本人に告知するものではなかった。本人に気づかせずに、保険金の支給をどう伝えるか。その部分で生きたのが女性の細やかさだった。今でも保険料の収納や給付、契約手続きを行う契約管理部門では女性が半数を占める。
 成り立ちから女性の多い職場である。男女の区別など生じるはずもない。
 産前産後の休業制度を導入したのは創業年の74年のこと。配偶者出産特別休暇は75年、育休は91年、短時間勤務は92年と、女性社員の必要に応じて制度を拡充してきた。
 現在では、育休や短時間勤務を活用する男性社員も増えている。自分でアクセルをコントロールしたいという気持ちは女性も男性も同じ。男性も制度を利用するから、女性も安心して利用する。この好循環が生まれている。
 「そういうもの(ダイバーシティーやWLB)は、企業文化から発する自然な流れであるべき」と大竹氏は説く。「男性中心」「年功序列」「長時間労働」。従来の職場が持つ旧弊を打破しなければ、女性の力を生かすことは難しい。

東京大学法学部の学生の採用が決まりかけた時も、「不合格にしてほしい」と母親から直筆の手紙が届き、泣く泣く不合格にしたという。」このくだりを書くときの記者のうっとりした表情が目に見えるようで(もっとも、顔を知っているわけではありませんが)、どうもこの手の話題はどうしてもこういう情緒的なものが多々紛れ込みやすいようです。まあそれはそれとして、「育休や短時間勤務を活用する男性社員も増えている」「男性も制度を利用するから、女性も安心して利用する。この好循環が生まれている」というのはなかなか真似のできないことと申せましょう(まあ、増えて何人なんだ、というのは書いてないのではありますが)。「そういうもの(ダイバーシティーやWLB)は、企業文化から発する自然な流れであるべき」との大竹氏の「説き」も印象的なセリフではあるのですが、「組織や働き方の変革を全社的に進め、その結果として女性が働きやすくなっている。女性対応は全社変革のための1つの切り口」という結論との関係はどうなんでしょうか。一見すると順序が逆のような気がしますが…まあ、双方向なんだということでしょうか。それから、それに続く「「男性中心」「年功序列」「長時間労働」。従来の職場が持つ旧弊を打破しなければ、女性の力を生かすことは難しい」というのは、これはおそらく大竹氏が「説」いたのではなく、記者が書いたのではないでしょうか。ダイバーシティ・マネジメントの考え方は多様性を認めるところにありますので、たしかに一律的な「男性中心」や年齢で一律に物事を判断する硬直的な「年功序列」はダイバーシティ・マネジメントとは相容れませんが、日本企業の多くが採用している、結果的に一部年齢や勤続との相関が残る人事管理は、これを全否定することはかえって多様性を失うことにつながりかねません。また、長時間労働にしても、若いうちはバリバリ働いてキャリアアップや独立開業をめざすという人や、自分は仕事に打ち込んで長時間働き、家事などは専業主夫の夫に任せる女性まで排除するのは、これまたダイバーシティ・マネジメントの精神に反することになるでしょう。
ここではもうひとつ、ゴールドマン・サックス証券の事例が紹介されているのですが、ここでも「真の敵は年功的な賃金体系」という見出しがついていて、記者はよほど年功賃金がお嫌いなようです。

 ダイバーシティーが浸透している要素の1つには、報酬制度の存在もある。
 同社の報酬制度は、外資系ゆえに、年功的な要素が一切ない。成果を出せば、出した分だけ報酬に跳ね返る。この単純な発想はダイバーシティーを進めるうえでは重要なことだ。
 同じ部署の女性が産休に入り、彼女のクライアントを担当することになっても、引き受けて成果を出せば、自分の報酬に跳ね返る。人の仕事を支援するインセンティブがあるのは大きい。
 多くの日本企業では、産休や育児時短を活用する女性のサポートはボランティア。だから、不満もたまりやすい。女性を本当に戦力化しようと思うなら、年功的な賃金体系は敵である。

年功的賃金非難を除いて考えれば、実はここはものすごく重要なポイントで、すごくいいことを言っています。まったくもって、もったいない話です。
なにが重要かというと、「同じ部署の女性が産休に入り、彼女のクライアントを担当することになっても、引き受けて成果を出せば、自分の報酬に跳ね返る。人の仕事を支援するインセンティブがあるのは大きい。多くの日本企業では、産休や育児時短を活用する女性のサポートはボランティア。だから、不満もたまりやすい」というところです。育休をとった人の仕事をカバーして組織に貢献すればそれに見合う見返りがある。逆にいえば(そこまでは書いてありませんが)育休をとればその間に同僚に仕事を取られ、その結果として同僚と差がついても当然である。ここはおそらく育休取得促進で最重要のポイントのひとつでしょう。育児休業を取ると同僚に遅れをとってしまう。それがいやだから育休を「取れない」。だから育休を取得した人もそれをカバーして苦労した人と同じように昇給・昇進させるべきだ、という議論が一部にあるわけですが、それはやはりおかしいわけで、この点ではアフラックのような意識改革は不可欠でしょう。
で、おわかりのとおり、これは年功的賃金とはなーんにも関係ないわけですね(笑)。年功的賃金であっても、本当に年齢だけで全員一律で賃金が決まるなどということは今時あり得ないわけで、年々の昇給でも、あるいは数年に一度の昇進昇格でも、成績や能力に応じて差はついているわけです。だから、育休で休んだ人、それをカバーした人ともども、相応に差がつけばそれで十分インセンティブになるでしょう。逆にいえば、完全年功賃金で一切差がつかなければ、安心して育休を取れるという考え方もあるわけで(笑)
まあ、なんとなく日本企業の賃金制度は女性が損をするような仕組みなのではないか、という気持ちはわからないではないですが、言うなら言うでやはりそれなりに理論武装していただかないと。どうもこの特集の記者は素人くさい印象がぬぐえません。