武石恵美子『雇用システムと女性のキャリア』

雇用システムと女性のキャリア 双書 ジェンダー分析

雇用システムと女性のキャリア 双書 ジェンダー分析

「キャリアデザインマガジン」に載せる書評を書きましたので、ここにも転載しておきます。
 長年にわたって女性労働研究に携わってきた著者の、現時点での集大成とでもいうべき本であろう。男女雇用機会均等法の施行をうけて、おもに1990年代以降に女性労働がどのように変化してきたかを多面的に解き明かしている。
 それによれば、均等法をはじめとする女性就労促進策が進められた結果、ミクロでみると、均等施策、両立支援策は女性のキャリアに概ね有意義な影響を与える傾向を示している。非正規雇用は拡大したが、同時にその基幹労働力化も進んでいる。にもかかわらず、マクロでは実態は大きくは変わっておらず、いわゆる「M字型カーブ」や非正規雇用の多さといった特徴も維持されている。わが国における女性のキャリア展開は、さまざまな施策にもかかわらず、いまだに十分とはいえない。
 著者は、その原因は、均等施策や両立支援策の浸透が不十分であることだけではなく、内部労働市場が深化したわが国の雇用システムそのものにあると述べる。拘束度の高い正規労働者はより高拘束・高処遇となるいっぽうで非正規労働が拡大するという二極化した労働市場においては、女性のキャリア展開には重大な制約が存在するが、従来の施策はこれに対し、女性にも拘束度の高い正規労働者としてのキャリアを可能とすることに重点を置いてきたところに限界があったと指摘する。
 こうした認識のもとに、著者はまず二極化を阻止する政策、具体的には正規労働者と非正規労働者の仕事内容や責任、キャリアに応じたバランスのとれた処遇制度の構築、とりわけ正規労働に転換できる仕組みづくりの必要性を訴える。そのうえで、現状の二極化した働き方の間に、さまざまな就労の自由度と処遇の組み合わせを可能とする、働き方の多様化、柔軟な雇用システム構築の重要性を主張する。これは男女労働者に幅広いニーズがあるだけでなく、企業にとってもその組み合わせによって雇用の柔軟性を確保できるというメリットがあるという。そして、雇用システムのほか、税制や社会保障制度などにおいても、女性が働くことを前提とした社会システムへと転換していくべきであると提言している。
 著者の提言は、自身による多くの実証研究と、企業経営や労使関係に対する正しい理解に基づいた説得力あるものになっており、日本社会の未来像として多くの人が共感できるものではないかと思われる。とはいえ、たとえば通勤に長時間を要する都市部でどこまで働き方の多様化が意義あるものになりうるかとか、多様な働き方のそれぞれを選択したときの生活水準や暮らしぶりなどがどのようなものになるのかといったことには若干の不安もなくはない。社会システムだけではなく、国民の意識や価値観といったものも、女性が働くことを前提としたものへと変えていくことが求められるのではなかろうか。