外国人雇用税

今朝の日経新聞「経済教室」で、千葉大学教授の手塚和彰先生が外国人労働を論じています。部分的には異論もありますが、同感できる部分も多く、議論の材料としてはまとまったものだと思います。
とりあえず、一ヵ所だけ、どうも違和感の強い部分があるので、ここで書いておきます。

 外国人を雇用し、利益を得ている使用者責任(受益者責任)を明確にし、責任を果たさない結果を国民や政府の負担に委ねることは強く戒めるべきである。
 言うまでもなく、外国人の受け入れによる受益者は企業である。住宅、家族の生活、子どもの教育、失業、疾病、災害などへのセーフティーネットを含む社会的コストを自治体や国が負うのは公正ではない。
 一つの方策としては、基金または「外国人雇用税」を創設することだ。外国人を雇用する企業に社会的コスト(連帯基金)を負担させるべきだろう。
(平成18年3月7日付日本経済新聞朝刊から)

「言うまでもなく、外国人の受け入れによる受益者は企業である」「社会的コストを自治体や国が負うのは公正ではない」といいますが、それは本当に「言うまでもなく」自明なことなのでしょうか。


もちろん、一義的な受益者が企業であることは間違いありません。ただし、企業は利益をあげればそこから納税します。企業活動にともなう外部不経済はなにも外国人問題だけではなく、さまざまなものがあり、企業の納税はそのコスト負担でもあります。そう考えれば、外国人の雇用によって追加的に得た利益の一定部分を納税していることで、企業は負担すべきコストを負担していると考えることもできます。
まあ、そうは言っても、外国人雇用にともなう外部不経済はそれ以上に大きく、企業に追加的な負担を負わせなければ不公平だということは大いにありうるかもしれません。
だとしても、「自治体や国が負うのは公正ではない」というのはいささか妥当でないように感じます。外国人雇用を通じて経済活動が活性化すれば、その恩恵は自治体や住民、ひいては国や国民にも行き渡るでしょう。外国人が就労することで追加的に日本人の雇用も生まれる可能性もあります。
とりわけ、日本人では人手不足が予想される分野で外国人が就労した場合には、自治体や住民の受ける恩恵は大きいだろうと思います。たとえばフィリピンとのFTAで介護労働者が国内で就労するようになれば、日本人が安価で良質な介護サービスを受けることができることになるでしょう。逆に、それが入らずに、国内の介護労働者が大きく不足すれば、価格(賃金)の上昇により雇用保険料の負担や本人負担が高まったり、そもそもサービスが受けられずに家族が介護しなければならなくなったりするでしょう。
こうしたことを考えると、企業だけを受益者と決めつけて社会的コストを企業のみに負わせることが妥当かどうかはいかにも疑わしいように思います。また、手塚氏自身もこの中で「内外人平等の機会と条件を確保」すべきと述べていますが、外国人雇用税は外国人雇用に対するペナルティですから、労働市場において外国人を不利に扱うということでもあります。これは内外人平等の観点からは望ましくないでしょう。
現在のわが国における外国人労働者に対する感情などを考えれば(善し悪しは別として)、企業が外国人を雇用するにあたって、一定の負担を行うことは、住民感情において納得を得るためには必要なことかもしれません。外部不経済があることも間違いなさそうなので、企業もそのコストの一端を負担すべきだというのもわかります。ただ、全額を企業が当然に負担すべきというのはいかにも乱暴なのではないでしょうか。