事実認識と価値観

連合が2月6日付で出した「小泉総理の「格差社会」認識を問う」という文書が、連合のホームページに掲載されています。

 内閣府は、1 月19 日の月例経済報告で、所得格差が拡大しているのは統計上、見かけ上の問題にすぎず、所得格差は拡大していないという見解を示した。
小泉総理はこの報告を受けて、「格差拡大は誤解」とする以下の国会答弁を行った。
 これらあまりに実態を踏まえない認識をここに問い糾すものである。
http://www.jtuc-rengo.or.jp/roudou/shuntou/2006/houshin/2006_toumen03_besshi2.pdf

大竹文雄先生は、ご自身のブログの2月5日付エントリで、最近の国会論戦、首相発言などをめぐる「格差」の議論について、

格差問題を議論する人たちは、フリーター問題、ホームレス問題、ヒルズ族規制緩和、不況、デフレ、高齢化、税制など様々な問題の一面に焦点を当てているだけのことが多い。だから、議論がかみ合わない印象を受ける。格差の実態を正しく認識するのは意外に難しい。それに、そもそも事実認識が一致したところで、それをどう評価するかは、個々人の価値観によって違ってくる問題だ。どうもこの問題は、事実認識と価値観の議論が混在しやすいように思う。
http://ohtake.cocolog-nifty.com/ohtake/2006/02/post_c94c.html

と書いておられますが、この連合の資料はまさにその典型という感じがします。


この文書の前半は「小泉発言の本質に対する反論」というのにあてられていて、

…何よりも問題なのは、地域間、産業間、企業規模間、雇用形態間で格差の拡大が進んでいることである。この間、地域の疲弊、非典型労働、ハイタク業界の最低賃金割れなど構造改革による陰の面が顕在化するとともに、定率減税の廃止や医療費負担増、年金保険料増などサラリーマン狙い打ちの増税・負担増に「普通の勤労者」はあえいでいる。

にもかかわらず、小泉首相が「格差拡大はない」としているのは、「小泉構造改革」が「格差拡大」「勝ち組・負け組」「高所得者優遇」を是とする市場万能主義型社会をめざすものであることを示している、ということが繰り返し主張されています。
まあ、事実そうかどうかは別として、市場万能主義型社会をめざすのはけしからん、というのはまさに「価値観」の問題であり、それを表明することは自由でしょう。連合の中央闘争委員会の資料別紙として提出されたものらしいので、表現が闘争的なのもご愛嬌でしょう(それにしても、この文書の書きぶりは率直に申し上げて「どうしてこうも口汚くののしるのだろう」という印象ではあります。それは結局自分の価値を落とすだけだと思うのですが)。
しかし、「格差は拡大している、しかし小泉首相はそうでないと言い張っている」といいたいのであれば、それは事実認識の問題であるはずです。
そこでこの文書の後半は「小泉発言の「格差拡大はない」とする論拠に対する反論」というのにあてられているのですが、いきなりこうです。

1.所得格差がもともと大きい「高齢者世帯が増加しているだけだから、格差拡大はない」との小泉発言は、高齢者には格差があってもよいと認めているのか。
○ そもそも高齢者世帯間の所得格差そのものも大きな問題である。持てる高齢者と持たざる高齢者の格差は大きい。しかし政府は、高齢者に対して格差解消に向けた政策を打つどころか、公的年金の受給開始年齢の引き上げをはじめ、給付額の削減、所得税制における老年者控除の廃止や、高齢者の医療費自己負担の引き上げ、高齢者医療制度の創設による保険料徴収など、次々と負担増を課してきており、高齢者世帯への負担増を相次いで図ろうとしている。

なんでこうなるの。「「格差拡大はない」とする論拠に対する反論」といって、事実認識の話をするのかと思ったら、いきなり「高齢者に格差があってもよいのか」という価値観の議論になっちゃってます。
次は、

2.内閣府ジニ係数の統計データは2001年までのものであり、二極化・格差拡大はここ数年間で急速に進行・拡大している。小泉総理は、古いマクロの統計データだけを引用して「格差拡大はない」などと安易な発言をしているのではないか。

この指摘はもっともなように思われます。2002年以降がどうかというのはデータをみてみないとわからないわけですが。ところが、続けてこうです。

3.ジニ係数などマクロ統計のみを統計データと捉え、「統計データからは格差拡大を確認できない」と発言しているが、生活保護世帯、自殺者の増加などの社会現象を示す統計こそ、経済社会の二極化を示す生のデータであり、「現実に起こっていること」ではないのか。

だから反論になってませんって。小泉氏は生活保護世帯が増えていないとか自殺者が増加していないとか言ってるんじゃなくて、「ジニ係数の上昇は高齢化や単身世帯の増加で説明できる」って言ってるんですから。

4.格差拡大の大きな原因は、低所得者層、貧困層が増加したことである。貧困層の固定化も懸念されている。数多くのデータが二極化の状況を示しているが、小泉総理はこれらはすべてウソだというつもりなのか。メディアのアンケート結果も「格差がある」「格差が拡大する」「将来が不安だ」という答えが多いが、これら全てに政府はどのように反論をするのか。

いやだから、小泉首相は別に低所得者層とか貧困層(これも定義次第で、「操作的な概念」ではありますが)が増加していないとは言ってないでしょ。「これらはすべてウソ」だとも言ってないでしょ。メディアのアンケート結果に「どう反論するのか」とリキまれても、首相としてはそれについてなんら発言したわけでもないですし…。もちろん、価値観の問題として議論するならおおいに議論すればいいし、おそらくそれなりの意義はあると思いますが、小泉氏の「格差はない」論への反論、にはならないでしょう。
 私はこのブログなどでもたびたび発言しているように、格差問題については現実の格差がどうかということより人々が格差についてどう感じているかのほうがむしろ重要である可能性があると思っており、したがって再分配をもっと強化する必要があると考えていますが、連合の「反論」なるものは私の主張にとってはかえって逆効果になってしまいそうでいささか鬱です。