ファイザーの「不意打ちリストラ」頓挫

ファイザーの日本法人で労使がゴタゴタしているようです。

 製薬最大手米ファイザーの日本法人、ファイザー(東京・渋谷、ソーレン・セリンダー社長)が進めていた全従業員の約5%にあたる300人規模の人員削減計画と組織改正が同社の労働組合の反発で中止となった。
 主力薬の伸び悩みによる米本社のコスト削減を受け、日本法人も組織のスリム化と人員削減に着手した。だが会社側が削減対象とする従業員に一方的に離職の勧告を始めていたことが発覚し、紛糾していた。
 9日からの一昼夜にわたる団体交渉で労使が歩み寄り、全社的なコスト改善の具体策については、今後労使で話し合っていくとした。
(平成17年12月13日付日経産業新聞から)

そりゃ揉めるわな(笑)。これを材料にして、労務屋ホームページ新しいエッセイを書きました。ここにも以下に転記しておきます。

 世界的に事業展開している製薬最大手ファイザーの日本法人が打ち出した人員削減を含む組織再編計画が、事前に何も知らされていなかった労組の抵抗にあい、ものの数日で棚上げを余儀なくされるというドタバタ劇が展開されたようです(日本法人の社名も「ファイザー」でまぎらわしいので、以下アメリカの親会社は「米ファイザー」、日本法人は「ファイザー日本」と書きます)。この組織再編では、300人の退職勧奨にくわえて、相当数の職種変更や労働条件の不利益変更なども計画されていたようで、これが労働組合になんらの相談もなく実施に移されようとしていたというのには驚くほかありません。
 ことの発端は、米ファイザーが、足元の業績不振に加えて今後の主力製品の特許切れなどもあり、12%のコスト削減と10%の生産性向上を目標としたリストラの実施を決めたことにあるようです。これが日本にも飛び火して、ファイザー日本は人員削減をふくむ組織再編を計画し、12月12日に実施することとしていました。
 ファイザー日本はすでに11月末には電子メールなどで個別に退職の勧奨をはじめていたようですが、正式には12月6日に新組織で「構想外」になっている人を集めて厳しい経営環境を訴え「上司からオファーのない方には退職をお願いしたい。会社に協力してほしい」と、自己都合退職するよう求めました。対象となったのは全社員の約5%にあたる300人程度で、ほとんどがMR(医薬情報担当者、製薬会社に独特な病院・医院を対象とした外勤営業職)だったもようです。対象者には、退職が本人の意思であり、解雇ではないことを明確化するための「離職同意書」が配布され、13日午後4時を期限に提出を求められたとのことです。
 この同意書には退職にあたっての条件も記載されており、退職者する人には39歳以下は月給の1か月分、40〜49歳は3か月分、50歳〜56歳は6か月分、57〜59歳は3か月分の割増退職金に加えて、再就職資金として100万円を支払うという内容とのことです。また、退職時期は年末と来年6月末が選択でき、6月末退職の人は、退職までは出社の必要はないが賃金は支払われ、社員の身分のままで転職活動ができるとされ、年末に退職する人には、6月末までの給与と社会保険料の相当額をさらに一時金で支給するという内容になっているようです。
 いっぽう、同意書を提出しない人に対しては、解雇は強行しないものの、個別にキャリア・カウンセリングを行い、本人に合った教育を行っていくということだそうで、その先はよくわかりませんが、基本的には転職を促し、ファイザー日本にとどまる場合も職種変更させるということだと思われます。ちなみに、すでに同意書にサインしてしまった人も数人いるのだとか。
 さすがにこの期に及んでは労組にも発覚し、労組が激怒したことは想像に難くなく、またまことに当然のことでしょう。
 労組はさっそく強く抗議するとともに団体交渉を要求、9日から10日にかけて団交が行われ、当面12日に予定されていた組織再編の実施は中止されました。さらに交渉は継続されており、ファイザー日本は厳しい経営状況を説明し、労組も組織再編の必要性には一定の理解を示したようです。さらに、組織再編の実施にあたっては事前に労使協議を行い、協定を締結することも同意したようです。ただし、ファイザー日本が提示した協定書案は、協議を行えば合意がなくても組織再編ができると解釈できる文面になっていたようで、労組は13日にこの提案を拒絶することを決め、さらに団体交渉の継続を求めているとのことです。
 事実関係はだいたいこんなところのようですが(マスコミ報道にくわえて、業界紙「日刊薬業」のこの間の記事を参考にまとめました)、この一連のドタバタ劇、ほぼ全面的にファイザー日本に非があるように思われます。
 もちろん、ことここに及ぶまで何も知らなかったというのは、労組はいったい何をしていたのか、という批判もあるかもしれません。とはいえ、事前に同意書を取り付けようとするなど、法的トラブルを避けようという配慮はあるわけで、それにもかかわらず労組には知らせなかったということは、やはり意図的に水面下でことを進めたということでしょう。であれば、労組が察知できなかったのも多分に致し方のないところではないでしょうか。なにしろ、ファイザー日本は世間に騒ぎが発覚した12月6日時点でも、今回の組織改編の詳細については「まだ詳しく述べる段階ではない」と発表していたそうです。全社員の5%に退職を求めるほどの大規模な組織再編を数日後に控えた段階ですら、詳細は公表できないという姿勢はいかにも非常識なものに映りますが、そのくらい極秘で進めていたということなのでしょう。
 普通に考えれば、まずは経営の実情と人員削減の必要性をきちんと説明することが大前提でしょう。そもそも、米ファイザーが経営不振だからファイザー日本でも当然人員を削減する、というのは、米国では当然なのかもしれませんが、日本では通用しにくいものがあります。ちなみに、これまでの団交の中で労組もファイザー日本でも一定の人員削減が必要なことには理解を示したそうですから、現時点ではこの段階までは進んだことになります。
 続いて、組織再編の内容や人員削減の規模、その際の割増退職金などの条件を詰めていくことになりますが、その原因が経営判断の誤りであれば、それなりの配慮が必要になるでしょう。実際のところ、製薬外資は近年日本市場への参入を競っており、日本事業の拡大を争ってきました。その結果、ファイザー日本のMRは3,000人を超え、日本で最大規模になっていたそうです。もちろん、薬価の下落など外的要因(まったく予測できなかったかどうかは一応別として)もあったにせよ、今回はそのMRを300人削減するというのですから、やはり拡大が行き過ぎたのであり、経営の責任を問われざるを得ないでしょう。それを考慮すると、300人という人員規模についてはなんともいえませんが、少なくとも「1〜6か月の割増退職金プラス6か月間の賃金支給」という条件は、近年のわが国の「相場」から考えて、いかにも低きに失する感があります。
 ここが決まって初めて、たとえば希望退職募集といったスケジュールに移っていくわけで、棚上げされた組織再編の実現にはまだまだ時間がかかることになるでしょう。
 逆に言えば、こうしたまともな方法では時間がかかりすぎるし、十分な規模の人員削減もできないだろうという判断が今回はあったのだろうと思われます。そこで、極秘裡に検討と準備を行い、表に出してからは短期間で一気呵成に話を進めて、とにかく離職同意書をかき集めてしまえばいいだろう、と考えたのでしょうか。それでうまくいくと考えたのだとすれば、およそ正常な神経を疑う話です。
 ただ、こんな無茶を現実にやったということは、よほどやむにやまれぬ事情があったのかもしれません。大いに考えられるのは、米ファイザーが日本の労働事情に配慮せず、米国と同様の短期間でのリストラを強く求めてきたのではないか、ということです。ファイザー日本の社長は米ファイザーの本社人事で来た人(デンマーク人で、前任はファイザーフランス法人の社長)らしいので、ますますそれに拍車がかかったのかもしれません。偏見ではありますが、社長が日本の事情にはあまり関知せず、米本社の意向を重視したとしても、心情的には理解できるものがあるでしょう。いまごろ、米本社では「なぜ米国のように解雇してはいけないのか。だから日本はダメなんだ」などと切歯扼腕しているかもしれません。
 実際、「上司のオファーがなかった人」という日本では耳慣れない言い方も、管理職が採用や解雇までふくむ強力な権限を持っている米国ではむしろ普通でしょう。これをみると、人事スタッフが米ファイザーや米人社長に強く求められ、なんとか短期決戦でやる方法はないかと苦心惨憺させられたのではないかとも想像され、一抹の同情は禁じ得ません。もっとも、その一方で「会社に協力してほしい」などと、日本的な価値観を都合よく持ち出してもいて、やはりいささか狡猾な感は免れませんが…。
 いずれにしても、不意打ちを喰らった労組が態度を硬化していることは容易に想像できますから、短期決戦を狙って失敗した結果、結局は正攻法を採用した場合に較べてさらに長期戦に追い込まれてしまったということになるだろうと思います。人事労務管理はグローバルな企業経営の中でももっとも地域性の強い分野の一つであり、ローカルの労働事情をよく知り、それをしっかり踏まえた業務遂行が必要だ、ということの教訓となる事例でしょう。ファイザー日本の米人社長は労組に向かって、「余剰人員が発生したのは日本の労働市場の硬直性の問題であり、私の責任ではない」と主張するのかもしれませんが…。

このエッセイですが、事実関係は製薬業界の業界紙である「日刊薬業」の記事をおおいに参考にしました。業界紙というのも、けっこう面白い。