賃金より雇用

ということでこうなるわけです。これはきのうの日経朝刊から。

 主要国の中で日本の賃金下落が際立っている。厚生労働省が2日発表した毎月勤労統計調査(速報)によると、従業員1人あたりの現金給与総額は9月まで16カ月連続で減少した。これに対し、米国や英国、ドイツでは賃金の上昇傾向が続く。日本企業は人員の削減を抑える代わりに、給与や賞与の削減で景気悪化に対応してきた。賃下げよりも人員整理に動きやすい米欧企業との違いが鮮明になっている。

 日本の現金給与総額は昨年6月から下落に転じた。…今年6月には7.0%減少し、過去最大の落ち込みを記録した。7月以降は減少幅が縮小したが、9月も1.6%減っている。
 一方、米国の時給は金融危機後も2.3から4.3%のペースで増えてきた。労働時間をかけて従業員1人あたりの賃金を試算すると、9月は0.2%増になる。今年6月を除けば、上昇傾向を維持している形だ。
 英国とドイツの賃金は8月時点でそれぞれ1.3%増、0.8%増。…
 背景にあるのは、雇用慣行の違いだ。日本の労使は…賃金より雇用の維持を優先させる方針で一致。…
 これに対し「米国には雇用調整に踏み切りやすい法制度があり、賃下げよりも人員削減で景気悪化に対応するケースが多い。程度の差はあるが、欧州も同じような傾向がある」(リクルートワークス研究所大久保幸夫所長)…

みずほ総合研究所の中島厚志氏は「賃下げで消費低迷が長引き、企業収益が悪化して賃金がさらに減るとぴう悪循環に陥りかねない」と分析している。
(平成21年11月3日付日本経済新聞朝刊)

この手の話はどうしても「人員削減のしやすさ」ばかりに目が行ってしまいがちなのですが、実は「賃金の下げやすさ」も重要なポイントではないかと思われます。「日本の現金給与総額は…今年6月には7.0%減少し、過去最大の落ち込みを記録した」ということですが、これは賞与が大幅減額となったことが最大の要因だろうと思います。日本ではいわゆる正社員のほとんどにかなり高額の賞与が支払われており、しかもそれは利益配分的な性格を持つということも広く認識されていますから、企業業績が悪化した際にかなりの幅で賞与を減額することが可能です。それだけ賃金には柔軟性があるわけで、ウェイジ・ワーカーには賞与があまり支払われない米欧とは「賃金の下げやすさ」は格段に違うと申せましょう。逆に言えば、日本の場合は業績が上がれば賞与を元に戻すことも比較的容易ですが、米欧では賃金をいったん下げてしまうとまた上げるのも容易ではないという事情もあるかもしれません。
結局のところ、要はやりやすい方法で雇用調整しているという単純な見方もできないわけではありません。実際、米国のように人員整理が容易であれば、わざわざ労使で交渉し、さらに労組は組織内の意思決定をはかるといったテマヒマをかける気には労使ともにならないでしょう。
よしあしの評価は難しいところで、人員整理が容易にできれば人員スリム化・人件費抑制も比較的迅速にでき、業績の回復が速いかもしれませんし、いっぽうで賃金で調整して人員を確保しておけば、王子製紙の鈴木氏のいうように「景気が回復したときに勢いよく飛び出せる」ということが期待できるでしょう。
なお、みずほ総研の中島氏は賃下げによる消費低迷を心配しておられますが、それ自体はもっともとしても、人員削減との比較という意味では、賃下げも失業増も同じようなものではないでしょうか。現に失業が増えていて、自分自身の失業リスクの高まりを感じざるを得ない状況では、賃金が減少していなくても消費は低迷するような気がします。マクロでみても、失業者には失業給付が支払われますが、日本の場合は雇用調整助成金が支払われるので、政府の支出も同等程度にはあると考えてよいのではないでしょうか。雇用調整の手法によって消費はじめマクロ経済への影響の違いはあるでしょうが、賃下げと人員削減のどちらがいいのかは国にもよるでしょうし、一概にはいえないような気はします。