きのうの続き

きのうのエントリはもちろん労働契約法制がメインなのですが、思いがけず後半の記事のほうに、本田先生ご自身をはじめ多数のコメントをいただきました。個別にコメントを返すと長くなりますので、今日はきのうの続きということで書いてみたいと思います。

最初に元記事をもう一度引用します。

…若者は、過重労働を強いられる正社員と安価に使い捨てられるフリーターらに分断されてもいる。企業によって「分割統治」されているのだ。そこでは互いに対立を強いられがちで、労働者としての利害が一致しにくい。

(平成17年9月7日付朝日新聞朝刊から)


まず、昨日のエントリにも書いているように、私は本田先生の議論の本筋についてはそうだろうな、と思っています。したがって「若者は共通の利害で政治的に集結しにくい経済的状況にある」ということにも同感です。私が異議を申し立てているのは、エントリに書いたとおり「企業についての言及」です(労働者Lさんやrunbiniさんはここに少し誤解があるように思いました)。

  • いっぽう、よく読んでみるとたしかに昨日のエントリの私の文章にも誤解されても仕方ないような書き方の部分がありました。追記しておきました。

さて、これが若者の政治的な集結を妨げるために為政者によって意図的に行われているのなら、それはたしかに「分割統治」でしょう。その意図がなくとも、結果的に「分割統治類似の状態」になることもあるでしょう。しかるに上の文章は、普通に読めば「為政者と一体である企業が意図的に若者の集結を妨げようとしている」という意味で理解されるのではないでしょうか。本当にそうだと考えておられるならそれは誤解ですし、「大先生?的な人」がそう言っておられるのであればそれは虚構です、というのが私の申し上げたかったことです(これもきのうのエントリに書いたことです)。逆に、そうした誤解がないのであれば、これはインタビュー記事なので文責は記者にありますから、不適切な文章を書いた記者に問題があるということになります(これについても、私は昨日のエントリで−かなり皮肉な書き方ですが−言及しています)。
そこでコメントへのお返事です。

# 本田由紀 『大企業の人事担当のお立場からすれば、このような感想をもたれるのは当然と思います。しかし、私が言いたかったことは、もちろん個別の職場での「表面的な仲良さ」とも個々の「人事担当者のマジメさ」とも水準を異にする、処遇・仕事内容・安定性に関する構造的な状況と利害の相違と、潜在的な「対立」です。』

本田先生からのコメントへの回答は以上で尽きているかと思います。失礼の段は深くお詫び申し上げます。

# 労働者L 『 はじめまして。「労働者Lの言いたい放題!」(http://roudousha.seesaa.net/)というブログをやっている者です。労務屋さんのブログは様々な労働に関する問題を丁寧に論じておられるので、たいへん勉強になります。ですが、本田さんの件については、ちょっと違うのではないかと思います。本田さんは、企業の人事担当者がフリーターをいじめて喜んでいる、と主張している訳ではありません。個々の企業の経営者や人事担当者の主観的意図とはかかわりなく、今の日本の経済構造が安上がりなフリーターの使い捨てを必要としており、正社員との埋めるべくもない格差が広がっているのです。フリーターをこき使わない企業は競争で淘汰され、市場から脱落していくのです。労務屋さんが同僚を愛し、大事にしてらっしゃるだろうことは理解しますが、だからといって分断統治がなされていない、ということにはなりません。植民地の官僚は、例え主観的には良心的な統治を行っていたとしても、やはり現地人を搾取する宗主国の手先なのです。
 失礼ながら、労務屋さんの文章には、「本田さんは学者先生だから、机上の空論を並べてばかりで現場のことはお分かりにならないだろう」というニュアンスが透けて見えるように感じられます。わたしはフリーターです。そりゃ職場では正社員と仲良くしてますよ。正社員との力関係をくつがえすことなど大変ですし、それなら内心納得できないことがあっても表面上正社員とは仲良くやっていくのが得策ですから。これは一度でもフリーターとして働いてみればすぐ分かっていただけることだと思いますが。』

次に労働者Lさんのコメントについてですが、前半部分についてはやはり上記のとおりです。フリーターと正社員の格差拡大を否定するつもりはまったくありませんが、「分断統治が行われている」とは考えません(分割統治的な状況はあるのかもしれませんが)。なお、企業と植民地、人事労務管理と植民地経営とはまったく異なるものであり、これらを同一視するような発言は侮辱と受け止められても仕方ないと思います(もちろん、企業にも問題や不備は多々ありますし、管理監督者や人事担当者にも不心得者はおりますが)。
また、「内心納得できないことがあっても表面上正社員とは仲良くやっていくのが得策」という現実はあると思いますし、正社員もフリーターに言いたいことがあるだろうと思います。人間関係ですからそうした葛藤はつきもの(これも昨日のエントリで書いています)で、それ自体はなんら否定しません。ただ、そこをなんとかうまくまとめて、チームワークを維持していくかに現場の管理監督者は腐心しているのであって、対立を強いるというのはありえないことだろうと思います。
なお、私は本田先生の著書や論文(ごく一部ではありますが)に目を通しておりますので、本田先生のフリーターなどの実態調査が「机上の空論」ではないことはよく承知しています。人事労務管理についても、ご専門でないにしてもよくご存知であることも知っています。私が申し上げたかったのは(これもエントリに書いていますが)「虚心に」みてほしい、ということです。極論になりますが、今回の議論と切り離してあえて一例を申し上げれば、「人事担当者は労働者を搾取する経営者の手先であり、経営者は為政者と一体だ」というような歪んだ偏見を持たずにみてほしいのです。

# yose 『ビジネスにかかわる皆さんの幸せを願いながら(極めて主観的に、ですけどね)仕事をしている人事担当者のひとりとしては、「分断統治」なんて指弾されるとやっぱりうーん、と思ってしまいました。正社員とフリーターとの間の「溝」がこんなにも埋めがたい深い溝であるとすれば、多様な就業形態とかダイバーシティといった議論も無力かとも感じられます。万人が納得する処遇なんてやっぱり無理なんだな...』

yoseさんの悩みは多くの実務家が共有するものだろうと思います。万人が納得する処遇は理想であり、私たちが常に追求すべきものですが、しかし実現することは現実的には非常に困難でしょう。とはいえ、私は正社員とフリーターとの間の溝が埋めがたいとは思いませんし、多様な就業形態やダイバーシティも重要だと思います。
大切なのは、フリーターと正社員のモビリティだろうと思います。一度フリーターになったらフリーターで固定されてしまうのではなく、正社員(なり起業家なり)になるチャンスが豊富にあることが大事なのではないでしょうか。それにはなにより企業が努力して業績を上げることですが、それに加えて、経済活性化につながる適切な金融・経済政策(郵政民営化だって重要だと思います)や規制緩和・民間開放の推進、あるいは企業が長期的観点から人材育成に取り組みやすい環境整備(具体的には、保有期間の短い株主の権利の制限など)が望まれると思っています。実際、8月19日のエントリでも紹介したように、経済が活性化することでチャンスは増えはじめています。

# runbini 『「分割統治」という表現がやや過激だったんですね(^^; しかしフリーターに限らずパートやアルバイトを含めて異なった給与体系や制度で管理しているとすればそれは分割統治ではあるわけです。企業はよりコストの低い従業員をより多く使わなければ生き残れないわけでやむをえないことではないでしょうか。ただこの制度や給料の違いをメンタルな部分や仲良がいい悪いと結びつけるのは誤解を生みやすいのかなと。もちろん人事担当者に悪意や罪悪感はないでしょうし、分割統治されているからといって両者がいがみ合っているわけではないでしょう。では問題がないのかというとそうともいえません。そこを本田さんは「潜在的な対立」と表現されました。ありますよ潜在的な対立。視点は違いますが正社員同士でも大卒と高卒の間にあります。仕事自体は仲良く協力してやってるんですがねえ。』

runbiniさんのコメントですが、前に書いたように、「分割統治」ということば自体が「過激」だとまでは私は思いません。また、「異なった給与体系や制度で管理している」から分割統治、ということもないと思います。それよりむしろ、「過重労働を強いられる正社員と安価に使い捨てられるフリーター」という表現のほうが私たち実務家を悲しませます。私たちの常識(違う人には非常識かもしれませんが)でみれば、過重労働を強いられている正社員はおそらく少数派でしょうし、フリーターを一生懸命育成している企業もあります。ただ、これは価値判断と表現技法の問題ですので、致し方ないこととあきらめています(だから、きのうのエントリでもあえて言及しませんでした)。
なお、就業形態が多様化して、制度や労働条件の異なる人が同じ職場で働くようになったことで、人事管理が難しくなったということはご指摘のとおりで、管理監督者がたいへん苦労しているところだろうと思います。