成長促す働き方3

今朝の日経新聞の社説も「成長促す働き方」で、お題は「均衡処遇で正規、非正規の垣根崩せ」です。なんか、「垣根」がお好きなようですが、政府の「壁」に対抗しているのでしょうか(笑)
それでは内容をみていきたいと思います。

 「非正社員」という言葉は、「正社員」に対して補助的な存在で、どこか格下と見なすような響きが感じられる。だが今や働く人の三人に一人は非正社員で、女性では五割を超えている。正社員と同等の働きをする人も珍しくない。
 それにもかかわらず正規と非正規は労働市場が分かれ、処遇に大きな格差がある。このままでは貴重な人材をもれなく活用できず、経済成長の制約要因にもなりかねない。
 非正社員はパートタイマー、アルバイト、契約社員派遣社員など雇用形態は様々だが、一般に期間契約で賃金は正社員よりかなり安い。個々の使用者にとっては、割安で柔軟に使える便利な存在だ。しかし低賃金ということは付加価値の低い仕事に就いていることを意味する。
 家計補助を目的とする人が中心だった時代とは異なり、今や非正規労働で生活する人も少なくない。少子高齢化に伴って労働力人口は減っていく。生産性の低い仕事に多くの人材を張り付けておくような浪費はマクロ的に許容できないはずだ。二極化している労働市場を融合して、流動化をはかり産業構造の高度化を後押しできる態勢にすべきである。
(平成19年8月22日付日本経済新聞朝刊から)

いきなり「正社員と同等の働きをする人も珍しくない」ときましたか。まあ、「同等」とか「珍しい」の意味するところによって正しくなったりならなかったりするわけですが、これから処遇格差について議論しようとしているのであれば、処遇が同等程度でいいほどに「正社員と同等の働き」をする人ははかなり珍しいと思うのですが。
それから、「一般に期間契約」というのが本当かどうか。パートタイマーの中には相当割合(たしか、パートタイム労働研究会の報告では、女性パートタイマーの4割となっていたと記憶)で期間の定めのない雇用になっている人がいますし、派遣社員の中にも、常用型で派遣会社で期間の定めのない雇用になっている人もかなりの割合でいるはずです。
また「割安で柔軟に使える便利な存在」といったあとすぐに「しかし低賃金ということは付加価値の低い仕事に就いていることを意味する」とくるのもなんだかなあという感じです。付加価値の低い仕事で低賃金なら「割安」とはいえないと思うのですが。
さて、なるべく多くの人に生産性の高い、付加価値の大きい仕事をしてもらうのが望ましいことはもちろんなのですが、そのために「二極化している労働市場を融合して、流動化をはかり産業構造の高度化を後押しできる態勢にすべきである。」というのは意味不明です。
まず「二極化している労働市場」ですが、たしかに、一般的に長期雇用が想定されていることが多い正社員は主に内部労働市場で動き、企業内の賃金制度(と労使交渉)で賃金が決まるのに対し、非正社員は企業内で動くことは少なく、賃金も外部労働市場の需給で決まることが多いだろうと思います。傾向はかなり異なりますので、流行のことばで「二極化」といえなくもないかもしれません。もっとも、転職の場合は正社員も非正社員も同じ外部労働市場を経由しますし、そこで正社員と非正社員の転換も普通に行われていることには注意が必要でしょう。
で、その「融合」とはどういうことなのでしょうか。内部労働市場と外部労働市場を「融合」することはさすがに無理でしょう。解雇規制を緩和して内外の出入りをもっと増やそうということかもしれませんが、それは長期育成で熟練を蓄積するという日本企業の競争力を支える人材戦略を放棄するということにつながり、決して「成長促す働き方」にはならないというのが私の意見です。外部労働市場はそもそも融合しているわけですし…。
また、「二極化している労働市場を融合」すれば「産業構造の高度化を後押し」できるというのは理屈が転倒していると言わざるを得ません。産業構造が高度化していく結果、それに追随して高負荷価値な(賃金も高く雇用も安定した)仕事が増え、そちらに労働力が移動していくというのがものの順序というものでしょう。

 厚生労働省の二〇〇七年版「労働経済白書」は、「経済成長を持続させていく中で、非正規雇用者の正規雇用化に取り組むこと」を今後の課題としてあげている。人手不足が一部で生じて、人材確保のために正社員に登用する制度を整備する企業も出てきた。だが現実を考えると、正社員化だけでは解決にならない。
 グローバル化や情報化によって経営環境の変化が速くなっているので、企業は雇用調整を柔軟にできる労働者をゼロにできない。働く人たちも、時間を選んで働きたい、あるいは特定の企業に帰属せずに働きたい、という具合に多様化している。

このあたりはそのとおりで、あらゆる人を正社員にすることは無理だというのが現実ですし、正社員の働き方を好まない人もいるでしょう。大切なのは、働く人と企業のニーズをふまえた多様な働き方の選択肢を増やしていくことと、働き方の変更ができる可能性を確保することだろうと思います。要するに、特定の働き方を一律に否定するのではなく、さまざまな働き方がある中で、個人がどのようにキャリアを形成するかということが大事なのです。
ところが、なぜか日経はこうなります。

 正規と非正規の溝を埋めるには、まず均衡処遇の徹底が重要だ。先の国会で成立した改正パートタイム労働法は、正社員並みのパートタイマーに待遇での差別を禁じた。これは仕事が内容、責任ともに正社員と変わらず、人事異動なども同じ扱いの、実質的に無期契約のパートというごく限られた層が対象である。
 その他は正社員との均衡を考えて、職務内容や人事の扱いの違いに応じて、賃金を成果や経験などを勘案して決めることなどが、努力義務となった。均衡処遇が一応原則となったわけだが、正社員と労働時間が同じいわゆるフルタイムパートには適用されない。国会はフルタイムパートにも同法の趣旨が考慮されるように求める付帯決議をした。
 先の国会に提出された労働契約法案には当初、非正社員全般を対象に均衡処遇原則を盛り込むことが検討されたが、使用者側の反対で見送られた。何をもって均衡とするかが難しいという事情が背景にある。
 同じ仕事をしていても、正社員はローテーションの一環であり、賃金は今後の期待も含めて別の体系に従って決めている。終身雇用の正社員はいわば「うちの社員」だが、非正社員は「よその人」である。性格が全く違う両者の処遇を均衡させるのは総論では言えても、具体的な各論となると統一的なルールで処理するのは難しい。だから均衡処遇は、法律で縛らず各企業の自主的な取り組みに任せてほしいというのが使用者側の考え方である。
 しかし複雑な事情があろうと、賃金や教育訓練などの差を、つりあいの取れる程度に是正していくべきである。それを促すためには、非正社員全体に均衡処遇原則を広げる法制化がやはり必要だろう。

繰り返し書いていますが、そもそも企業の人事管理において「均衡処遇」は非常に重要な課題なんですよ。「つりあいの取れる程度に是正」なんてお気楽に書いてくれていますが、どうすればその「つりあい」がうまくとれるのか、が人事労務管理の最大の難問のひとつなんです。およそ神ならぬ人間に「この人・仕事であれはこの賃金が正しい」なんてことがわかるわけも決められるわけもないわけで、そこは団体交渉とか労働市場の需給関係などで決めているわけです。で、その結果として、これが正しいかどうかわからないけれど、おそらくは細かくみればいろいろと矛盾や齟齬もあるだろうけれど、とにかく大方の人たちが不満を残しながらもそれなりに納得するように、バランスを取りながら決まっていくわけです。それが「均衡処遇」というものだと思います。たしかに格差はあるでしょう。大きくみえることもあるでしょう。しかしそれが「均衡」なのだと思います。
もちろん、非正社員の賃金が低いから政策的に上げたい、というのもひとつの意見としてありうるとは思います。しかし、それは「均衡処遇」を崩すという政策だということを理解して議論する必要があります。それでも非正社員の賃金を上げたいのなら、別途の理屈を考えていただく必要があります。

 非正社員の急増は、雇用分野の規制緩和にも原因がある。例えば派遣社員の業務規制を一部を残して自由化したり、有期の労働契約期間の上限を原則的に一年から三年に延ばしたりした。雇用の受け皿を広げたのは良かったが、正社員と非正社員の垣根を壊す措置を伴わなかったため、労働市場の二極化を招いた。
 日替わりで単純作業に労働者を派遣する日雇い派遣や、実態は労働者派遣なのに請負を装う偽装請負などで働く人たちは、技能を向上する機会がなく、別の選択肢をほとんど持てない。一部では業者による不公正な労働契約や違法行為もある。
 賃金も含めた処遇の均衡化を推進すれば、人材の浪費におのずと歯止めがかかるだろう。正社員の処遇も成果主義の浸透により見直しが進んでいる。正規、非正規の違いでなく、職務を基準に一定の範囲で賃金が市場原理によって決まるようになれば、労働市場は一つに統合される。下から上に向けての労働力の流動化も円滑になるはずである。

うーん、何言ってるのか全然わかりません。「正社員の処遇も成果主義の浸透」と書いているのですから、長期雇用自体を否定しようというわけではないようです。ということは、正社員の賃金を外部労働市場における同じ職務の賃金にあわせる、ということでしょうか?企業によっては能力や、それこそ「成果主義」で成果で賃金を決めたいと考えていることも多いと思うのですが、それは禁止だと?労組が団体交渉で賃上げを要求するのも、「一定の範囲」を超えたら禁止だと?あるいは、高い能力を要する職務ほど、その企業に独自の知識や技術、ノウハウにもとづく職務が多くなりますが、そういう職務については外部労働市場では賃金を決めようがないと思うのですが?

  • 仮に転職するとしたら得られる賃金ということかもしれませんが、それだと企業特殊的熟練の価格はゼロということになってしまいます。企業特殊的熟練を蓄積させない働き方が「成長促す働き方」だとはとても思えません。

逆に、外部労働市場から採用する際に、賃金を同職務(なにをもって同職務とするのが大問題ですが)の正社員とあわせろというのでしょうか?もちろん、正社員の中途採用であれば当然そうするわけですが、有期雇用の場合までそうしろということでしょうか?それはおよそ市場原理とはいえないと思うのですが…。
それから、「技能を向上する機会がな」い仕事は昔からあったわけですが、現状では将来の産業・経済を担うべき若年の相当数がそうした仕事につき、「別の選択肢をほとんど持て」ずにいることはたしかに大問題です。それを「人材の浪費」と言っているのであれば、そのとおりかもしれません。とはいえ、職務別賃金にすればそれが解決されるかといえばそんなことはないわけで、「技能を向上する機会がな」いような低技能・低付加価値の職務にはそれに応じた低水準の賃金が市場原理で設定されるだけのことです。「下から上に向けての労働力の流動化も円滑になる」というのも意味不明ですが、賃金が上がるという意味では、まず技能が上がらなければはじまりません(まあ、景気がよくなって需給がタイトになれば賃金は上がりますが、それは「流動化」とはいわないでしょう)。この社説の冒頭で「「非正社員」という言葉は、「正社員」に対して補助的な存在で、どこか格下と見なすような響きが感じられる。」と書いている以上は、「下から上」が「非正社員から正社員」という意味ではないと思うのですが…。
もっとも、「人材の浪費」という観点からは、実は若年を非正社員から正社員へと移動させていくことは非常に重要だろうと思います。未熟練者であっても若年を採用して長期にわたって育成・人材投資し、長期にわたってそれを回収する正社員というしくみは、人材の活用には非常にすぐれた仕組みだからです。ただし、「職務を基準に一定の範囲で賃金が市場原理によって決まるようになれば」若年の正社員への移動が進むかといえば、おそらく関係ないでしょうが。