逆転の可能性

きのうに続いて、ドーア氏の講演会からご紹介したいと思います。市場個人主義からの「逆転の可能性」について、ドーア氏はかなり悲観的なのですが、コメンテーターの稲上毅法大教授はこうコメントしています。

 現在の市場個人主義には大いに問題があると私も思っています。とても同調できない、そういうことがたくさんあります。しかし、その力は大変強い。根強い力をもっていて、しばらくの間これからも強まっていくだろうと思います。けれども、それを見過ごすことが望ましいと思わないのであれば、誰がどのようにしてコントロールするか、制御できるのかということが大切な問いになります。
 その点で申しますと、いろんな主体が考えられるに違いありません。ここからが、おまえは楽観的に過ぎるとドーア先生から叱られそうですが、なお幾つか申し上げてみたいと思います。
 ひとつは、端的に言いますと、誰が一番頼りになるのかというと、残念ながら労働組合ではない。いま、日本の労働組合が市場個人主義を制御する第一の主体たり得るかというと、そうではないと思います。では誰だろうか。それは、ドーア先生もお触れになりましたけれども、啓蒙的な精神に満ちた経営者層であるといまは思っています。もちろん、いろんな人たちがその動きをサポートする、あるいは時にかれらを叱責し、批判することも必要なことだと思いますが──、政府でもなければ労働組合でもないし、マスメディアの方がいらっしゃるかもしれませんけれども、残念ながらメディアの方であるとも思いません。政府というときには役人が入りますから、この近所であまり大きなことを言わないほうがいいかもしれませんけれども、それらの人々よりは、やっぱり経営者に私は期待いたします。
 なぜそういう「甘い」ことをいうのかと申しますと、ドーア先生が特に最後のほうでお触れになりました、例えば経営者の報酬ひとつとってみても、次第に報酬システムのありようが変わってきていますが、それを決める場合、いままでどこに目を向けてきたのかといえば、それは企業の中、従業員との比較が大切にされてきたといってよいと思います。それが、いまだんだんと従業員よりも株主のほうに関心を向けるようになったという側面は確かにあると思います。
http://www.jil.go.jp/event/ko_forum/kouenroku/20050428_2.htm

経営者の報酬というのはひとつのメルクマールで、日本の特徴は経営者の多くが内部昇進だ、ということでしょう。株主はカネの出し手であり、経営を「監視」し企業を「統治」するのだそうですが、それはそれで大事だとはしても、しかしそれで売上や利益が直接的に増えるというものでもない。売上や利益を増やすのはやはり従業員だということ、そして賃金やさまざまな扱いの格差が大きくなりすぎると従業員のやる気が落ちて売上や利益が減少するということ、こういうことを内部昇進の経営者は身をもってよく知っているというのが日本企業の特徴なのだろうと思います。外部労働市場からきた経営者だとそうはいかないでしょう。稲上先生もそこに期待しているのではないかと思います。
今朝の日経新聞に、日産自動車本田技研工業役員報酬に関する記事がありました。それによれば、日産が平均3億円近い高額なのに対し、本田技研は21人の取締役に対して月額総額6,000万円以内(ということは、一人あたり年額で三千数百万円というところ?)なのだそうです。日産自動車の場合は当然ゴーン氏に合わせているわけでしょうが、ゴーン氏がいなくなったら元に戻るのかどうか?ただ、日産自動車も社員の処遇については必ずしも大幅に格差を拡大しているというわけでもないようですから、案外元に戻るかもしれません。ゴーン氏ご自身は「優秀な人材を引き留めるにはグローバルに競争力がある報酬体系が必要」とコメントしておられるとか。うーん。案外、日産でもゴーン氏以外の取締役は本田技研とたいして変わらなかったりして(笑)
ちなみに日経はこの記事でこう書いています。

 日産のような高額報酬について「米国よりはまだ低い」という擁護論がある一方で、「経営トップと普通の社員の所得格差が広がりすぎるのは士気向上の点で問題」という指摘も多い。

まあ、私は米国が度外れているのではないかと思うのですが。