ビジネスガイド3月号

 (株)日本法令様から、『ビジネスガイド』3月号(通巻943号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 今号の特集は「人材難&賃上げにどう対応するか」の一本で、現時点における最大の課題についてさまざまな側面から対応が解説されています。その切り口の多様さを見るにつけ現場の人事担当者やマネージャーのご苦労がしのばれます(他人事)。いや本当にがんばれ。
 八代尚宏先生の連載「経済学で考える人事労務社会保険」は今回は「労働基準法の抜本的な改正」で、昨年10月に発表された厚労省の「新しい時代の働き方に関する研究会報告」をふまえ、今後検討が予定されている労基法改正についてそのあるべき方向性を論じておられます。労基法というのはその性格上「抜本的」改正は難しいのではないかなあなととも思ったわけですが、結論としては最重要のポイントとして「働き方の多様性の容認」を指摘し、そのための「労働基準法の役割の縮小・労働契約法の役割の拡大」を主張しておられ、なるほどこれは抜本的かもしれないと思いました。いやこの研究会報告については私としてもいろいろと思うところがあり、書きたい書きたいと思いながら半年近く経過しているわけですが、ホントそろそろなんとかしないとな。来週には書きます、と自分にプレッシャーをかけてみる。
 大内伸哉先生のロングラン連載「キーワードからみた労働法」は記念すべき第200回を迎えられました。おめでとうございます。今回のテーマは「4大判例法理」で、労働法における判例法理の意義と重要性を述べたあと、秋北バス事件(就業規則の不利益変更)、日本食塩製造事件(解雇権濫用法理)、丸島水門製作所事件(ロックアウトの正当性)、国鉄札幌運転区事件(企業施設内の組合活動)の4大判例法理について個別に解説され、最後に日本型雇用システムの変化にともなって新たな判例法理が登場する可能性について言及しておられます。
 読んで、私自身が人事担当者になって労働法の勉強を始めたころのことを懐かしく思い出しているわけですが(ああ日本食塩製造事件ってユ・シ協定の事件だったっけ)、当時はまだそれなりにリアリティのあった丸島水門製作所事件や国鉄札幌運転区事件は、今の新任人事担当者にはまったく実感がわかないだろうななどと思うことしきり。なお使用者側の当事者の現在はというと、丸島水門製作所は丸島アクアシステムという今風の社名に変更、国鉄札幌運転区は周知のとおり民営化されてJR北海道札幌運転所になっているわけですが、秋北バス(80周年とのこと)・日本食塩製造(これらは社名も当時のまま)ともにすべて健在のようです。

日本労働研究雑誌特別号

 (独)労働政策研究・研修機構様から、『日本労働研究雑誌』特別号(通巻763号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 例年どおり、昨年開催された労働政策研究会議の報告です。今回の統一テーマは「人材育成・キャリア形成をめぐる政策課題~組織(企業)主導型から社会・企業・個人(労働者)協力型の人材育成・キャリア形成の構築を目指して」というもので私としてはぜひとも参加したかったのですが事情によりかなわず、この分野の最新動向を知るべくしっかり勉強させていただきたいと思います。

産政研フォーラム冬号

 (公財)中部産業・労働政策研究会(中部産政研)様から、『産政研フォーラム』冬号をお送りいただきました。いつもありがとうございます。
www.sanseiken.or.jp
 今号の特集は「これからの人材確保を考える」ですが、川口大司先生の論文は生成AIなどの新技術が労働市場に与える影響を考察するにあたっての労働経済学の歴史研究の重要性を論じておられて勉強になります。対して服部泰宏先生のインタビューはストレートに採用活動を考えるものになっています。大竹文雄先生の連載「社会を見る眼」は「貪欲な仕事と労働時間規制」で、ノーベル経済学賞を受賞したゴールディン教授の所論を紹介したうえで、長時間労働規制が女性活躍を促す効果について論じておられます。

ビジネスガイド2月号

 (株)日本法令様から、『ビジネスガイド』2月号(通巻942号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 今号の特集は「改正労基則対応最終チェック」と「高年齢者雇用の実務」となっており、いずれも実務家の対応が必要となるケースに役立つ記事になっています。八代尚宏先生の連載「経済学で考える人事労務社会保険」は今回はトラック運転手の2024年問題を取り上げ、貨物と旅客の混載輸送する「貨客混載」、貨物配達のラストワンマイルにおける一般人の自家用車の活用拡大、貨物輸送ネットワークを効率的に活用するプラットフォームの導入などが紹介されています。大内伸哉先生のロングラン連載「キーワードからみた労働法」は「労働者の同意」を取り上げ、デフォルトやオプトアウトから説き起こして山梨県信組事件の最高裁判決、さらに就規の変更による労働条件変更における本人同意の必要性などについて幅広く論じられています。

正社員の壁

 昨日の日経新聞から。1面トップで大々的に「「正社員の壁」人手不足でも」「非正規から転換7%どまり 格差固定の懸念」となっております。以下見ていきましょう。

 非正規社員から正社員への転換が進まない。…人手不足感は高まっているのに、人材のミスマッチで非正規からの採用は伸び悩む。日本は主要国に比べて正規と非正規の給与の差が大きい。日本全体の賃金が低い要因になっている。
 …リクルートワークス研究所によると正規雇用を望む非正規のうちで2022年に正社員になったのは7.4%だった。調査を始めた16年から横ばいのままだ。
 総務省によれば非正規は22年に2101万人いる。前年より26万人増えた。正社員は1万人の増加にとどまり、雇用者全体に占める非正規の割合は36.9%まで上昇した。シニア雇用の増加もあるが、「派遣切り」が社会問題化したリーマン・ショック直後の09年よりも3.2ポイント高い。
(令和5年1月21日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20240121&ng=DGKKZO77836590R20C24A1MM8000
↓電子版で無料記事になっていました。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF012UZ0R01C23A2000000/

 「7.4%」の元ネタはリクルートワークス研究所の「定点観測 日本の働き方」のようで、現状 https://www.works-i.com/sp/teiten/ に掲載されています。
 これを見ると、「不本意正規雇用者の正規転換比率」は2018年から2022年にかけて8.0%→8.4%→7.0%→6.8%→7.4%と「7%前後にとどま」っています。ただ、同じ表を見ると「非正規雇用者に占める不本意非正規の比率」は同期間で12.8%→11.6%→11.5%→10.7%→10.3%と明らかに低下しています。「リーマン・ショック直後の09年よりも3.2ポイント高い」はそのとおりとしても、同じ表の「非正規雇用者の比率」をみると近年は37.9%→38.3%→37.2%→36.7%→36.9%と横這いないし微減なので、どうやら「サチってきた」のではないでしょうか。全体としては改善のしている方向であるとは言えると思います。
 もちろん不本意非正規は解消されることが望ましく、記事によれば「帝国データバンクの23年の調査では正社員不足と答えた企業は52%」「エン・ジャパンの転職サイトを通じた正社員から正社員への転職数も22年は5年前の4倍」とのことで受け皿はあるようです。ではなぜ進まないかというと、記事はこう述べます。

 法政大学の武石恵美子教授は「企業は転職者に即戦力を求める傾向が強い。期待値の高さが正社員になるハードルを上げている」と語る。
 企業にとって正規は非正規よりも待遇が手厚いうえ、長期雇用が前提だ。ビジネススキルの教育も正社員のみに施すことが多い。非正規からの転職者を採用しようにも求める技能と見合った人材が少ないのが現状だ。…
 日本は正規と非正規の給与格差が大きい。…職務内容が同じなら雇用形態にかかわらず待遇も同じにする「同一労働・同一賃金」をまず徹底する必要がある。そのうえで正社員への転換を増やさないと、賃上げが続いても経済格差が埋まらず、社会の階層化が進みかねない。補助金だけでなく、非正規の技能や知識を高める官民一体となった職業教育の仕組みづくりが欠かせない。

 武石先生が指摘されるとおり、企業が正社員を中途採用するのであれば、すでにいる他の正社員と同様のパフォーマンスを求めるのは自然な話でしょう。ここで問題になるのは、同様のスキルだけではなく同様の働き方が求められるということで、時間外労働や勤務場所(転勤を含む)、職務変更などに柔軟に対応することが求められるわけですね(武石先生も転勤に関連してここを強く問題視されていたと思う)。だから、これまでもそうした働き方をしてきた正社員は正社員として転職できる可能性が高く、実際増えてもいる。一方で、不本意非正規の中には、賃金が比較的高く雇用が安定した正社員を希望するものの、転勤や職務変更はできればないほうが…と考える人も多いだろうと想像します(すみません想像なのでそうではないという証拠を見せられれば恐れ入る準備はあります)。省略してしまいましたが日経新聞が挙げた事例(社労士事務所)もおそらくそうではないかと。
 それを考えると、日経新聞が気楽に書くような「職務内容が同じなら雇用形態にかかわらず待遇も同じにする「同一労働・同一賃金」をまず徹底する必要がある」では解決にならないことは明らかでしょう。これも省略してしまいましたが記事では正規非正規賃金格差の欧州主要国との比較も掲載されており、ということは欧州型の同一労働同一賃金を念頭に置いているものと思われます。これがそもそも「職務内容」に多分に働き方やキャリアの要素が入り込んでいるわが国の労使慣行下で現実的なのかということについてはこのブログでも過去繰り返し書いてきましたし、実際いまわが国で推進されている(のか?)いわゆる「同一労働同一賃金」もそういうものにはなっていないわけですね。要するに、同一労働同一賃金を根拠に非正規雇用の賃金水準を正規雇用にあわせていくことはかなり難しい。逆にそれができれば正社員に転換しなくても賃金は上がるわけで(まあ賃金以外の労働条件は異なるにしても一長一短はあるはず)。
 となると、欧州主要国のように正社員の働き方を非正規に近くして同一労働同一賃金を徹底するという話になるのでしょうが、これは明らかに正社員の賃金を下げる方向に働くはずです(実際、近年いわゆる「ジョブ型」を標榜して賃金改革に取り組む企業の多くの問題意識は実際の貢献度に較べて賃金が高すぎることにあるわけで)。でまあこれは正社員を非正社員化して格差を縮小するという話になるわけで、不本意非正規の人がなりたいと思っている正社員ってそういうものなのかしら。というか、そもそも日経新聞ご自身が「日本全体の賃金が低い要因になっている」と言っているのにさらに「日本全体の賃金」が下がる施策を主張してるのは矛盾しているのではないかと。
 ではどうするか、というと私に妙案があるわけではないのですが、これも繰り返し書いているように正社員の多様化ではないかと思っています。記事も(これまた省略部分ですが)有期5年無期転換について触れていますが、これも短時間限定・職種限定の「正社員」と考えることもできるでしょう。このままだと雇用が安定するだけで(大きな改善だと思いますが)賃金が自動的に上がるとはまいらないわけですが、長期の勤続が見込めるということになれば企業としても教育訓練のインセンティブが高まり、その結果より高度な仕事について賃金が上がる可能性もあるかもしれません。他にも、勤務地限定の「正社員」はすでに多くの企業で導入事例があります。これら「限定正社員」は従来型の正社員ほどにはキャリアや労働条件は上昇しないことが多いにしても、非正規雇用からの移行は比較的容易だろうと思うわけです。

解雇保険?

 今年はグローバルに金融政策の大きな転換があるだろうとのことで、わが国でも日銀の動向が注目を集めています。これを背景に、金利上昇にともなう倒産増に備えた政策が必要であると日経電子版の記事が訴えています。お題は「「金利ある世界」が迫る労働改革 倒産2割増への備え」となっており、水野裕司編集委員の署名がありますね。

 日銀が異例の金融緩和策を転換して「金利ある世界」が戻ってきたときに、懸念されるのは企業倒産の増加だ。人手不足による人件費上昇も背景に、経営破綻の件数は2割増えるとの試算がある。従業員が突然失業という事態に直面するのを防ぐには、成長力を失った企業に人材が抱え込まれた現状を改めなければならない。労働政策の見直しが必要になる。
 日本総合研究所が、人件費増と借入金利上昇が企業に及ぼす影響を試算した。
…全国の月間の企業倒産件数は、3%の人件費増、2%の借入金利上昇で23年10月(793件)に比べ、17%増(928件)となる見込みだ。中小企業、零細企業を中心に増加する。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA01CBP0R01C23A2000000/、以下同じ)

 続けてこの試算の概要が紹介されているのですが、残念ながら情弱な私がざっと調べた限りでは元ネタには到達できませんでした。ただ、日経電子版の別の記事(https://www.nikkei.com/article/DGKKZO77225830T21C23A2EA2000/)に「日本総合研究所井上肇氏」の試算とあり、同所調査部マクロ経済研究センターが昨年11月30日に公表した「日本経済見通し」(https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/researchreport/pdf/14648.pdf、【ご照会先】に国内経済グループ長井上肇とあります)に同旨の記載がありました。このレポートはまたあとで参照します。
 ただまあ月間793件の倒産が928件に増えるということで、135件の増加ですね。12倍して年間1,620件の増加になりますか。記事にも「中小企業、零細企業を中心に増加」とあるように、これで失業者がどれほど増えるかというと、それほど大騒ぎするほどの数字かという気がしなくもありません。高めに見積もって1社平均50人としても約80,000人というところで、それで完全失業率を0.1%押し上げるくらいの影響でしょうか。
 「2%の金利上昇」というのもいつの話なのさとは思うわけで、日経電子版のほうも「「借入金利の2%上昇はだいぶ先になる」と日本総研の西岡慎一・上席主任研究員はみる」との見解を紹介していますね。そのうえで「とはいえ、企業破綻の増加にいまから備え始める必要はある。最も重要なのは従業員の雇用と収入の安定だ」と主張しています。収入の安定にアタマが回るようになったのはなかなかの進歩と申せましょう。
 さて具体策でとしてはまず雇調金をやり玉に上げます。

 まず、業績不振の企業でも従業員を抱え込みがちになる構造を変える必要がある。従業員を休ませて雇用を守ろうとする企業に対し、休業手当の費用を助成する雇用調整助成金は、雇用を維持するだけの収益力や成長力のない企業もいたずらに支援する側面がある。
 従業員にとっても、待遇改善が期待薄の企業で雇用が確保されるのは、決して歓迎できることではない。人手不足の度合いが強まっている業種は企業が採用に積極的で、賃金も上昇中だ。雇調金制度は結果として従業員保護につながっていない面がある。被災した企業が雇用を維持する場合などを除き、制度の見直しが求められる。

 雇調金は本来一時的な過剰雇用(それこそ被災した企業が復興までの間従業員を休業させるとか)を対象とした助成であるわけですが、東日本大震災の際にも雇調金を受給したものの結局倒産しましたという例もあったようなので、ご指摘のように「いたずらに支援する」(いたずらに、ねえ)結果となることはあるのだろうと思いますし、そこに改善の余地があることは否定しません。一方で「従業員にとっても、待遇改善が期待薄の企業で雇用が確保されるのは、決して歓迎できることではない」というのは余計なお世話もいいところで、子育てが終わってリタイヤが近づいてきた労働者などでは、いやいやもう待遇改善なんか期待してません雇用の安定を望んでいますという人もいるはずです。逆に待遇改善を期待して「採用に積極的で、賃金も上昇中」の企業に移動する人は別に企業が雇調金を受給していようがいまいが移動するでしょう。「結果として従業員保護につながっていない面がある」といいますが、「いやー私は勤務先が雇調金を受給しているせいで保護に欠けていて困ってるんですよどうにかなりませんかねえ」と自分から言う人、どのくらいいるのかしら。100人くらい連れてきてくれれば納得しますが。
 そして出ましたお得意の日経節。

 成長力を取り戻すのが難しいと自ら判断する企業が増えるなら、早めに従業員の雇用を打ち切って再就職を促す動きが広がることも考えられる。
 労働者保護の観点からは、企業が従業員に一定の算定方法のもとで金銭を支払って、雇用契約を解消する「解雇の金銭解決」の制度化が欠かせない。中小企業は退職金制度が整っていないケースも多い。従業員への補償の充実に向けて、欧州諸国では一般的なこの制度の導入を急ぐべきだ。

 金利が上昇して倒産増が不可避という局面(の話をしてるんだよな?)で「成長力を取り戻すのが難しいと自ら判断する」のであれば「早めに従業員の雇用を打ち切って」人員整理に踏み切るというのはまことにそのとおりであり、実際問題として現に多々行われているところでもあります。倒産回避のための人員整理は(人選の合理性などの要件はあるものの)まったく正当な解雇であって解決金の支払を要するものではありません。もちろん労働者保護の観点からなんらかの救済が行われることは必要でしょうが、それを「成長力を取り戻すのが難しいと自ら判断する」ような支払能力のない企業に負担させることは無理でしょう。雇用の金銭解決が労働者保護のために必要との論は、hamachan先生が『日本の雇用終了』でまとめられているような、中小企業などを中心に解雇権濫用法理などお構いなしに恣意的に解雇が行われている実態を踏まえたもので、解雇時にまとまった金銭を得られるという観点と、高額の解決金を設定することで恣意的な解雇を抑止するという観点から主張されているものだろうと思います。
 もっとも日経も支払能力のことは承知しているようで、こう主張します。

 企業にとって補償額の負担が重くなる場合に備え、「解雇保険」の制度化という案も出ている。労働者災害補償保険労災保険)のように企業から保険料を徴収して補償金に充て、企業負担をなるべく均等にしようというものだ。一考に値する。

 いや、そんな案出てるんですか?私は不勉強にして初耳でしたが…。とりあえず情弱な私がウェブ上をあれこれ検索した限りではそれらしきものは見当たらないのですが…。
 それはそれとして、この「解雇保険」なるものが意味するのは事実上の解雇の自由化ということになるでしょう。一定のカネを支払うことで不当解雇が不当でなくなる(解雇の金銭解決というのは実質そういうものでしょう)、そしてそのカネは「解雇保険」という他人の財布から出てくるわけですから、企業はなんら負担なく解雇を正当に行えるということになります。だったらいっそのこと解雇を自由化すると同時に雇用保険を大幅に拡張して失業一時金の創設とか求職者給付の拡充とかやればよい。それはそれで「一考に値する」かもしれませんが、「解雇保険」とか担ぎ出すのは欺瞞的だと思わなくもない。
 さて記事は続けて職業紹介機能の強化を訴えているのですが、一般論は格別、

 国は「jobtag(ジョブタグ)」という職業情報提供サイトを開設しているが、職業ごとに必要なスキル(技能)をもっと具体的に説明し、どんなレベルのスキルがあれば年収がいくら見込めるかといった情報も丁寧に伝える必要がある。求職者の立場に立った提供情報の充実が望まれる。

 これはさすがにないものねだりも過ぎるような気がします。まあ職業によって多様だろうとは思うのですが、職能給中心の賃金体系においては「どんなレベルのスキルがあれば年収がいくら見込めるか」を示すのは無理でしょう。それこそ日経が推奨する「ジョブ型の職務給」が普及してこないと難しいだろうと思います。
 最後は中小企業保護の在り方について苦情を申し立てておられるのですが、これについては私もよくわかりません。ただまあつぶせ、つぶせというよりは合併などを通じて効率を上げていくという方向性は望ましいのだろうと思います。
 そこで最後に日本総研の「日本経済見通し」に戻りますと、このレポートは最後に「労働力の確保と生産性の向上による供給力強化」「外国人労働者の受け入れ拡大」「中小企業の省力化投資の支援」「企業の新陳代謝促進」を提言しています。倒産2割増は「企業の新陳代謝促進」の部分で引かれているのですが、「政府や金融機関においては、経営不振企業の早期の事業再生や廃業からの再挑戦へ支援をしていくことが求められる」と述べるにとどまっていて、さすがに解雇の金銭解決とか「解雇保険」とかは書いてありませんね。まあ日経としてはその具体策を親切に提案・解説したというところでしょうが、ここは日本総研の名誉のためにひとつ。

OECD、日本に定年制廃止提言

 一昨日(11日)OECDが、本年版のEconomic Survey of Japanを発表したということで、昨日の日経新聞が記事にしています。見出しは表題の「OECD、日本に定年制廃止提言」と「働き手確保へ女性活躍を」となっておりますな。

…定年の廃止や就労控えを招く税制の見直しで、高齢者や女性の雇用を促すよう訴えた。成長維持に向け、現実を直視した対応が求められる。
OECDは高齢者や女性、外国人の就労底上げなどの改革案を実現すれば出生率が1.3でも2100年に4100万人の働き手を確保できると見込む。…
 高齢者向けの具体策では、定年の廃止や同一労働・同一賃金の徹底、年金の受給開始年齢の引き上げを提示した。
 OECD加盟38カ国のうち、日本と韓国だけが60歳での定年を企業に容認している。米国や欧州の一部は定年を年齢差別として認めていない。
(令和6年1月11日付日本経済新聞朝刊から)

 ということで、記事中の表で「OECDの日本への主な提言」がまとめられていて、「働き手の確保」に関するものとして以下5点が示されています。

  • 定年制廃止による高齢者就労底上げ
  • 年功序列賃金からの脱却
  • 年収の壁など就労控え招く制度の廃止
  • 同一労働・同一賃金の徹底
  • 非正規労働者の被用者保険の適用拡大

 さてこの提言ですが、OECDのウェブサイト(https://www.oecd.org/economy/japan-economic-snapshot/)でサマリーを読むことができますので、さっそく見てみますと、全12ページのサマリーのうち8・9ページが「人口動態の逆風を抑えるには多角的な改革が必要」というテーマにあてられており、11ページには人口動態の逆風への対応に関する主な提言として以下が掲載されています。ボールドで強調された6点をご紹介しましょう。

  • すべての親への(育児休業)給付を引き上げ、企業に対象従業員の休暇取得率の開示を義務付けることで、父親の育児休暇の取得と期間を増やすべき。
  • 正規労働者の雇用保護を緩和し、透明性を高めることで、二元的労働市場を打破すべき。
  • 社会保障の適用拡大や訓練を非正規雇用労働者に拡充すべき。
  • 定年廃止を念頭にさらに定年を引き上げ、働き方改革における同一労働同一賃金規定の全労働者への適用を図るべき。
  • 平均余命の上昇に合わせて年金支給開始年齢を65歳の目標を超えて引き上げることで、就労インセンティブを強化し、年金給付を増やし、財政コストを削減すべき。
  • 差別を防止し、教育や住宅へのアクセスを改善することなど、移民を統合するための包括的な戦略を実施し、日本の外国人労働者誘致能力を向上させるべき。

 日本語訳がぎこちないのはまあ致し方ないところでしょうがずいぶん違わないかこれ。もちろん読者のために簡潔にまとめましたと言うのであればそうすること自体は十分ありうるでしょうが、しかし内容が大きく変わるようなまとめはいかがなものか(お、久々に使ってしまった)とは思います。たとえば最初の「定年制廃止による高齢者就労底上げ」ですが、OECDは「定年廃止を念頭にさらに定年を引き上げ」と段階的な移行を提言しているわけですよ。ところが、そのニュアンスは表だけではなく記事本文でも「高齢者向けの具体策では、定年の廃止や同一労働・同一賃金の徹底、年金の受給開始年齢の引き上げを提示した。」捨象されてしまっている。これはまずいでしょう。
 2番めの「年功序列賃金からの脱却」も終身雇用や定年制(ほぼ同じですが)とセットで上げられるにとどまり、次の「年収の壁」に至ってはサマリー中では使われていない用語です(社会保障の適用拡大の記載のみ)。「同一労働・同一賃金の徹底」についてもサマリーには「徹底」の語はなく、まあ「同一労働同一賃金をふくむ働き方改革の継続」と「同一労働同一賃金規定の全労働者への適用」を「徹底」と表現したのだと言われればそうかねえと思わなくもありませんが。ということでOECDのオリジナルのサマリーと一致しているのは最後の「非正規労働者の被用者保険の適用拡大」だけということになり、しかも父親の育児休暇とか外国人労働とか二元的労働市場の打破とかOECDが強く記載しているものが落ちてしまっている。さすがに恣意的すぎるのではないかと思うのですが違うのかしら。ちなみにこれはさほど強調されていないので悪いたあ言いませんが「正規労働者の雇用保護の緩和」など日経新聞が好きそうなものも記事化されていないのも不思議な感じです。
 もちろん記者の方はサマリーではなく全文を読んで書かれているはずなので、いやサマリーには出てこないけど本文ではしっかり議論され指摘され提案されているのだということであれば上記の評価は撤回しますが、しかし本文とサマリーがそこまで大きく異なることもなさそうな気がしますが…。
 さてOECDの提言についてですが、年金支給開始年齢の引き上げはおそらく避けられないでしょうし、そうなると雇用と年金の接続を考えなければいけないというのももっともでしょう。方法論として定年の廃止がいいのかどうかは議論がありそうですが、正規労働者の雇用保障の緩和がセットにすればいいというのはOECDらしいと言えそうです。大事なことはまさに「定年廃止を念頭にさらに定年を引き上げ」とあるように漸進的に取り組むということの方ではないかと思います。実際、わが国でもすでに70歳継続就労努力義務化が始まっているわけで、これで67歳、68歳まで就労する人が一定程度増えてきたら年金支給開始年齢の引き上げに取り組む。それも65歳引き上げの時と同様に移行期間を十分にとって漸進的に進めることが肝要でしょう。OECDも2100年の議論をしているのですからこれでゆっくりすぎるということもないのでは。
 その上で注目すべきなのは「高齢労働者のリ・スキリング施策を伴うべき」との指摘であり、すでにわが国でも60歳以降の定年後再雇用では賃金水準が相当に引き下げられ、職務給に近い運用も拡大しているので、それほど高度なリスキリングでなくても賃金に相応の仕事ができるのではないかと思うわけです。能力に見合った仕事やポストにあぶれた中高年をリスキリングしても高い賃金水準に見合うスキルを獲得することは難しいでしょうが、賃金を下げてしまった高年齢者であればいけるでしょう。で、おそらくはそういう「新技術を持った低賃金の労働者」というのが実は不足しているのではないかと思うわけですね。
 労働市場の二元化の打破についても重要な課題ですが、対応の方向性はサマリーでは詳細に述べられていないため不明です。「働き方改革における同一労働同一賃金規定の全労働者への適用を図る」ということで、まあ正規労働者についても職務給的な賃金というのが想定されているのかもしれません。ただまあいきなり米英のような労働市場にするのも無理というもので、やはりプロセスが重要ではないでしょうか。こちらも現実に各労使の努力で徐々にそちらの方向に進んでいることも事実である一方、伝統的な正社員もすぐにはなくならないでしょうから、多様化を通じて徐々に変革が進むというのが現実的だろうと思います。