梅崎修『日本のキャリア形成と労使関係』

 カレンダーを配るというアナログな外回りのために出社しました。対面で現物を配って歩くというのは感染症対策的にかなりマズいのではないかと思うのですが、逆にいえば落ち着いている今だからできることをやるということでひとつ。さて。
 梅崎修先生から、最近著『日本のキャリア形成と労使関係ー調査の労働経済学』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

 そういう事情で職場でようやく受領してまだ序章しか読んでいないのではありますが(第1章を読み進めるうちに「ヤバいこれは仕事にならんぞ」と察知して中断しました(笑))、梅崎先生のこれまでの研究成果の中間まとめという感じの本で、小池和男先生のセオリー・メソッドを乗り越えていこうというまことに野心的な試みのようです。400ページ近い大著の半分くらいが集団的労使関係の分析にあてられているのは私にはうれしいところ。まもなく年末年始のお休みに入りますので、楽しみに勉強させていただきたいと思います。
 しかし梅崎先生はこれだけのボリュームの調査をこなされ、本も論文も多数お書きになり、秩父でフィールドワークもされ、それでなお大量のマンガと映画を消化されているという、なんか梅崎先生は実は3人いるんじゃないかとか1日が48時間あるんじゃないかとかなどと思うことしきり。そのバイタリティにはただただ脱帽です。

草野隆彦『雇用システムの生成と変貌』

 (独)労働政策研究・研修機構様から、草野隆彦『雇用システムの生成と変貌ー政策との関連で』をお送りいただきました。ありがとうございます。
https://www.jil.go.jp/publication/ippan/koyosystem.html

 元厚生労働省の著者がJILPT在籍時に担当して2018年3月にとりまとめた「資料シリーズ」No.199-1,2(https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2018/199.html)をもとに書籍化された本です。草野氏は残念ながら書籍化作業中に逝去され(ご冥福をお祈りします)ましたが、残された遺稿を菅野和夫先生が引き継がれて出版の運びとなったものとのことです。
 江戸期からバブル期までのわが国雇用システムの生成と変貌を膨大な文献をもとに整理した大著で、「資料シリーズ」をお送りいただいた際には199-1(戦前・戦中期までがまとめられた薄い方)を興味深く読んだことを記憶しています。本書には記載がないようですが、資料シリーズのほうには研究参加者としてhamachan先生こと濱口桂一郎JILPT研究所長をはじめ、浅尾裕、金崎幸子、尾形強嗣、藤枝茂、村松達也、亀島哲、田原孝明、永田有、千葉登志雄、石水喜夫といったJILPTに在籍した錚々たる労働キャリア各氏が名を連ねており、大げさかもしれませんが草野氏を中心としたオール労働省によるプロジェクトだったと思われることは特筆したいと思います。通読するのは骨が折れそうですが、座右に置かせていただき、有益に活用させていただきたいと思います。

藤山知彦編『規範としての民主主義・市場原理・科学技術』

 日本産学フォーラムの小原聡さんから、藤山知彦編・吉川弘之/日本産学フォーラム監修『規範としての民主主義・市場原理・科学技術-現代のリベラルアーツを考える』をお送りいただきました。ありがとうございます。

 日本産学フォーラムが藤山知彦先生を中心に試行的に開催したビジネスパーソン向けのリベラルアーツ研修「現代日本を自由に議論する基礎技術」講座全15回をまとめた本ということで、私も何回か参加してあれこれ発言したのでお送りいただいたようです。錚々たる大家が名を連ねており、参加しなかった回を中心に楽しみに読ませていただきたいと思います。

日本労働研究雑誌11月号

 (独)労働政策研究・研修機構様から、『日本労働研究雑誌』11月号(通巻736号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 11月号は毎年恒例のディアローグ「労働判例この1年の争点」で、山田省三先生と両角道代先生がメトロコマース事件、緑友会事件などのケースを検討しておられます。特集は「働くことの意味の変化」で、働き方改革とかウィズ/アフターコロナの働き方の変化とか言われている中で時宜を得たものといえましょう。しっかり勉強させていただきたいと思います。

ビジネスガイド12月号

 (株)日本法令様から、『ビジネスガイド』12月号(通巻911号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 今号の特集は「改正育介法・雇保法奨励を踏まえた規定・書式・スケジュール」「ハローワークインターネットサービスの新機能と利用上の注意点」の二つです。特集にとどまらず、目次からも「コロナ」の語が消えて平常モードに近づいているようです。
 八代尚宏先生の連載「経済学で考える人事労務社会保障」は「無期雇用転換はなぜ進まないか」で、私はけっこう無期転換も進んでいるのではないかと思うのですが、もちろん程度問題であり、政策的意図が無期転換の促進であることを考えれば現状程度では「進んでいない」と評価すべきなのかもしれません。従来型の正社員のような拘束度の高い働き方を避けたい労働者にとっては、無期転換した場合に拘束度が高まることを懸念して、権利があっても行使しないのではないか、などなどの無期転換の阻害要因について考察されています。大内伸哉先生のロングラン連載「キーワードからみた労働法」は「公益通報者保護法Part3」で、昨年成立した改正法について解説されています。

中央大学ワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクト成果報告会

 さる2日にオンラインで開催されたので参加いたしました。
http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~wlb/activities_j.html#menu03-13
 前半は3つの分科会に分かれてのディスカッション、後半が総括のパネルという構成で、私は分科会A「個人「間」多様性から個人「内」多様性へ~人事は自律的なキャリアにどう向き合うか」に参加しました。分科会の全体統括は法政の松浦民恵先生で、最初に武石恵美子先生によるキーノートがありました。ポイントを例によってごく大雑把にまとめますと、

  • ダイバーシティ経営において、性別・年齢・国籍や宗教・価値観・生活様式といった個人間の多様性が重視されているが、個人が多様な役割や視点、能力・経験を有する個人内の多様性(Intrapersonal Diversity)も重要。
  • 個人内が多様でも、同じようなゼネラリストばかりの組織は個人間の多様性を欠く。タイプを特定しない個人内の多様性が求められる。
  • 個人内の多様性を拡張するには、個人の希望や事情の多様性を生かせる自己決定と、自発的な行動ができるという自己効力感、すなわちキャリア自律が可能となる支援が必要。
  • 武石先生の調査でも、自己選択型の配置・異動や個別プラン型の能力開発、職場におけるキャリア支援策がキャリア自律に寄与。

 資料はこちらになります。
http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~wlb/material/pdf/2021annual_A.pdf
 そしてこれら支援策の充実した先進事例として、働き方改革の優等生として知られるSCSKの事例が報告されました。こちらは資料非公開ということなのですが、大筋としては

  • 同社のビジネスモデルは人材が最大の経営資源
  • 通常の目標管理(MBO)とは別に、iCDP(integrated Career Diveropment Plan)を個別に策定し、目指すキャリアとそれに向けての計画を1on1で話し合い、職務配置や人事異動などに活用。
  • 多額の費用を投じて指名必須のリーダーシップ研修や、自由受講のITスキル研修や語学研修などを豊富に準備。
  • 自己啓発支援にも多額のキャッシュを支給。

 まあこんな感じだったと思います。以下に同社の人材育成が解説されていますね。
https://www.scsk.jp/corp/csr/social/development/training.html
 さて参加者は9割以上が企業の人事担当者とダイバーシティ担当者だったわけですが、個人間の多様性に加えて個人内の多様性が大切だ、という結論についてはほぼ異論がない中、個人内の多様性とキャリア自律との関係がいまひとつしっくり来ていないというか、そこに若干のとまどいがあるように見受けられました。
 なにかというと、もちろんキャリア自律そのものの重要性は共通認識であり、SCSKの事例報告に対してはその支援の充実ぶりに感嘆の声が上がったわけですが、その一方で「私たちそこまではできていないけれど、個人内の多様性はそれなりにあるんじゃないの?」という感覚もあったように思えるわけです。そのため、いくつかに分かれてのグループディスカッションの結論も、個人内の多様性の「可視化」「気付き」というものが多かったように思います。
 武石先生のご報告も欧米の研究を引かれながら個人内の多様性の重要性を説かれたわけですが、たしかに欧米のジョブ型人事管理においては個人は単一職能になりがちであり、本人が自発的に多様な経験や能力を獲得しないかぎり個人内の多様性が高まらないという事情はあるでしょう。実際、参加者の中に外資の日本法人の方がおられて、その会社は日本法人もジョブ型のため人事異動がほとんどなく、事業や機能をまたいだ横連携に大きな課題を抱えているとのことで、横断型の勉強会や社会貢献活動といったその解消への取り組みが個人内の多様性を高める可能性があるといった議論もありました。もう一つ興味深かったのは小売大手の方のお話で、営業部門には出来高払の手当があることから、営業部門の優秀な人材を企画部署で活用しようとしても、成績のいい人ほど賃金が大幅に低下してしまうのでそれができないため、そうした不具合を解消すべく賃金制度の改定を考えているとのこと。これは同時に営業部門の単一職能化を回避して個人内の多様性を高めることにも通じるため、賃金制度改定の目的の一つとなりうる(社内説得の材料になる)と言っておられました。
 一方で、企業が人事権を持って融通無碍に人事異動を命じている日本企業では、多くの人が異なる分野の経験を有していて、それなりに個人内の多様性が獲得されていると考えるのが自然でしょう。武石先生のキーノートでは企業は人事異動を通じて同じタイプのゼネラリストを育成しているとのご想定でしたが、まあこれは産業・企業により多様だろうとは思いますが、しかし社会の趨勢としては日本ではそういう世界はまあだいぶ前になくなっていると思われ、「営業畑」「総務畑」などの非ゼネラリストも多く、また企業としても専門職制度などを作って非ゼネラリストの育成に取り組んでいるわけです。
 当日の参加者を見ても、まあ人事担当者には「この道一筋20年」という人もいるかもしれませんが、ダイバーシティ担当者に関しては経産省ダイバーシティ経営とか言い出したのがまだせいぜい10年前くらいの話なので、単一職能の人はほとんどいないでしょう。実際、私の知る限りではダイバーシティ担当者というのは圧倒的に女性が多いのですが、社内で活躍が目立っている女性をダイバーシティ担当に抜擢するという例が多く見られ、そのバックグラウンドはかなり多様です。こうした人たちは、実感として「自分の個人内はそれなりに多様性がある」と感じたのではないでしょうか。
 ただ、その個人内の多様性は企業の人事権による人事異動などを通じて形成されたものなので、従業員本人にはほとんど意識されていないことが多いでしょう。そうした実態をもとに、参加者からは「可視化」「気付き」といったキーワードが示されたのではないかと思います。したがって、個人が主体的に個人内の多様性を高めていく上では、個人がキャリアへのオーナーシップを持つようなキャリア自律支援が重要との結論は不変と言えそうです。
 なおSCSKの事例に関しては、当然ながら個人のCDPと企業の組織ニーズが一致しないということは想定されるわけで、そのような場合は上司が1on1ミーティングなどの場でそれを伝えながらCDPの修正などを話し合うとのことで、現実的な対応ではあると思います。ただ、その分効力感は低下するわけで、まあ企業が人事権を持ったままやろうとするとこのあたりがキャリア自律の限界になるかなと感じました。私自身もCBSの授業では「日本企業では上司は良きキャリコンであれ」と申し上げているのですが、しかし上司は大変ですね…。
 後半のパネルでは分科会参加の感想を求められましたので上記のような趣旨の発言をしたのですが、「2分で」とのことだったのでだいぶ端折った発言になってしまい、十分に伝わらなかったかなと反省することしきり。さらに時間が限られている中で松浦先生と佐藤博樹先生からコメントをいただいたのですが、佐藤先生からはライフキャリア全体の中でワークライフバランスを通じて個人内の多様性を高めることは会社の意思では難しく、本人の意思が重要との指摘をいただきました。分科会の中ではあまり注目されなかった論点だったと思いますので、これは参加者の皆様にも有益だったのではないかと思います。
 ちなみに他の分科会のテーマは「ダイバーシティ経営の推進に不可欠な「心理的安全性」」と「多様な人材の健康を守る職場マネジメント」というもので、いずれも時宜にかなったタイムリーなもので多くの参加を集めていたようでした。

『月刊シルバー人材センター』編集室編『人生100年時代を楽しむ生き方』

 (一社)労務行政研究所の石川了さんから、『月刊シルバー人材センター』編集室編『人生100年時代を楽しむ生き方~定年後を豊かにする28のインタビュー~』をお送りいただきました。ありがとうございます。石川さんは『月刊シルバー人材センター』編集室の中の人なので、事実上の編者ということになります。

 同じくその石川さんが編集を務める日本キャリアデザイン学会の広報紙『キャリアデザインマガジン』に書評を寄稿しましたので、こちらにも転載しておきます。

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 シルバー人材センターはすでに30年以上の歴史を有し、地域にすっかり定着したといえるだろう。全国に1,335団体、約69万8,000人の会員を擁し、契約高は年間3,036億円に達するという(令和2年度)。これはコクヨ(3,006億円)、ハウス食品グループ本社(2,937億円)、テレビ朝日ホールディングス(2,396億円)といった知名度の高い企業の売上高を上回っており、企業に例えればまずは堂々の大企業といってよい。

 その会員や職員に愛読されているのが『月刊シルバー人材センター』という情報誌だ。センターの事業紹介はもとより、高年齢者の就労、生活、健康、趣味などに関する記事が収載されている。この本は、その巻頭の連載インタビュー記事「これからのシルバー人材センター」「人生100年時代の高齢者〈生き方・支え方〉」28本をまとめたものだという。記事は分かりやすくコンパクトにまとめられており、読み物としてストレスなく、楽しく読み進めることができる、面白い本であることをまず紹介しておきたい。インタビュアー(溝上憲文氏,山辺健史氏)と編集者の手腕の賜物であろう。

 登場するインタビューイーは、三浦雄一郎林家木久扇、若宮正子など80代でもなお第一線で活躍する方々から、現場を支える若手や実務家など実にその顔ぶれはバラエティに富んでおり、カバーに記されたその名前を見るだけでも、まことに多様な人々が高年齢者の就労とそれを通じた生きがいの獲得、地域の活性化に関与していることを実感できる。

 当然ながら内容も多彩で、例えば連載初回では高年齢者労働研究の第一人者である清家篤先生がシルバー人材センター事業の意義と課題、今後の期待を述べられているのに対し、本書中で岸本裕紀子氏(エッセイスト)の記事では、女性シニアの働き方の変容とコロナ禍下における変化が語られているといった具合だ。全体的には、本のはじめの部分(第2章の途中くらい)は人生100歳時代を元気に「生きる」人々が主に登場し、その後は「支える」人が多数登場する。その「支え方」は、政治、経済から社会・福祉、さらには地域、家庭、そして医療など多岐にわたり、ライフキャリアの終盤にあたる高年齢者への支援や関与のあり方を
幅広く俯瞰することができる。そういう意味でも、必ずしも高年齢者に限らず、キャリアに関心のある人にも大いに有益な本だろう。

 そして、それ以上に大きなこの本の価値は、書名の『人生100年時代を楽しむ生き方』にもあるように、ともすれば不安や心配をともないがちな高年齢期を「楽しむ」ためのヒントが満載されていることだろう。もちろん、それぞれのメッセージに対する受け止め方は、人によってさまざまであり。同じメッセージでも、それに共感し、模倣しよう、あるいは目標にしようと思う人もいれば、「とてもついていけない」と思う人もいるだろう。だからこそ、この本に収められた28人の語る、数多くのエピソードの価値がある。読者はその中から、ほかならぬ自分が共感できるもの、「これなら私もできる」と思えるものを見つけ出せばいいのだから。

 人間だれしも、生き延びる限りはいずれライフキャリアの終盤、高年齢期にさしかかる。この本の中にも、高年齢期にさしかかる前の生き方が大事というメッセージもあれば、「高年齢期の不安ゆえに窮屈な生活をするのは勧めない」というメッセージもある。生涯通じてのキャリアデザインにおいては、いずれも重要な視点であろう。これもまた、この本をすべての年代の読者にお薦めしたいゆえんである。