妖精さん特集

 昨日で本年度も無事中央大学ビジネススクールでの授業を終了いたしました。やれやれ。まあ2年めということでだいぶ勝手がわかってきたところもあって昨年よりは多少はマシだったかな。おつきあいいただいた受講者のみなさんありがとうございました。
 なおブログを暫時非公開にしていたのも授業の都合であり、なにかというとレポートの課題を出したのですが、ネットで情報を探した場合に万一そうとは知らずに担当教員のブログをコピペして提出してしまうという事態が起きるとお互い調子が悪い(笑)ので締め切りまでは見えないようにしておいたという話です。ということで今回は代理人弁護士がどうこうといった話ではありませんのでご安心ください(謎)。
 という仕儀で本年初エントリとなります。いまさらながら(笑)今年もよろしくお願い申し上げます。
 さて表題の件ですがまさにその昨日付の朝日新聞が組織的プラトーに達した中高年を「妖精さん」とネーミングした特集記事を掲載しており、うーんあれだな授業の前に読んでいたら格好の材料になったのに残念だったなあ(いや来年度使うかも)。そもそも「妖精さん」というのがなにものかよくわからないわけですが朝日のウェブサイトで探してみると思い切り有料記事であり(笑)、さすがに課金して読む気にはならないのでネーミングについてはスルーします(日曜の記事もウェブ上では有料ですが会社の広報部で紙の新聞を読みました)。ということで以下は「組織的プラトーに到達した中高年」を念頭に書きますのでそのようにお願いします。まあ昨日の特集の冒頭にこう書いてあるので大きくは違わなかろうと思う。

 年を取っても働き続ける――日本はそんな社会に近づいています。一方で、産業構造の変化などから、企業でベテラン社員が築いてきたスキルと業務がかみ合わず、やる気を失っている現実もあります。こうした「働かない」中高年を「妖精さん」と名付けた若手社員の記事を掲載したところ、様々な反響を呼びました。
(令和2年1月19日付朝日新聞朝刊から、以下同じ)

 いきなり「産業構造の変化などから」と書かれていてここだけで8割方はダメ箱行きかなあと残念な気持ちになりました。まあ「など」と書かれているので間違いではないのですが、産業構造の問題というよりはるかに人事管理の問題ですよねえこれ。いや立大の中原先生とJILPTの濱口先生(われらのhamachan先生ですね)のまとまった談話があり、後払い賃金の模式図などもあって、けっこうがんばってるなとは思うのですよ。がんばってるなと思うだけに残念なわけでしてね。
 いくつかコメントしますと、まずその日本型雇用の後払い賃金の図が残念このうえない。この図のいちばん大切なポイントは左上のおじさんと右下の青年が同一人物だというところなのですが、この図は残念ながらそうは見えない、というか絵の配置やそれぞれの説明文(「賃金安すぎる!」とか)を見ると「そう見えないように書かれている」ようにすら思えてしまいます(邪推なので朝日の人は怒っていいです)。世代間の分断をあおるような図だと申し上げてもいいんじゃないでしょうかね、これは。
 その点立大の中原淳先生はさすがに「30代を過ぎれば、割と50代は近い存在です」と、1人の人間のキャリアとして正しくとらえておられますね。若手が将来的に現在の中高年ほどの厚遇が期待できなくなっているというのもそのとおりだと思います。ただまあ「上の世代はいいよな」という不満は、程度の差はあれ現在の中高年も若い頃には感じていたのではないかとは思います。まあ程度が強くなってきてそろそろ限界というところでしょうか。
 さてこうした問題意識の明快さに対して、解決策にはかなり苦慮しておられるようです。まあこれは編集の問題(35歳の記者さんらしい)だと思いますが、「多様な働き方ができるように、人事や労働政策、子育て制度を整えることはもちろん重要です」と書かれていて、いやもちろんそれはそれで極めて重要ですが、しかしそれがどうこの問題(中高年の組織的プラトー)の解決につながるのかは、まあかなり追加的にご説明いただかないと不明ですよね。「どうお金を稼ぐかをしっかり学べる教育も必要でしょう」となると端的に何を言っているかわからない。「年金など社会保障制度の改革も急がれます」も、まあそりゃ大事だということに異論はありませんが具体的にどうすることでこの問題を解決するのさとは思うなあ。
 続けて中高年個人にあれこれ押し付ける対策が続きますが、個別に見ればもっともな話ではあるのですが人事管理の根本的な問題には踏み込めていないという感は禁じえません。
 なにかというと、特集では賃金と生産性を比較して低いとか高いとか議論しているわけで、それはもっともな考え方だと思いますが、ではその生産性はどうやって決まっているのかというところに踏み込んでいないわけですね。というか、どうやらそこは「産業構造の変化」といったところに理由を求めようとしているように思われ、まあそれもなくはないでしょうがかなり方向がずれているようにも感じるわけです。
 というか、記事中でも「会社が適切な仕事を与えるべきだ、との意見もわかりますが」と、かなり核心に迫ってはいるわけですよ。もちろんそんなことできっこない(だから賃金は下げずに不適切な仕事に甘んじせしめる)というのは当然ですが、そこで止まってしまっては問題の解決にはならないでしょう。生産性というのはかなりの程度組織の事情で決まっているのであり、たとえば中間管理職が役職定年でポストを外れてスタッフ職になることで生産性が低下するというのは、まさに組織の事情による生産性変動にほかなりません。もちろん一方では新たにそのポストを得て生産性が上がる人というのもいるので組織としての生産性はイーブンであり、そこで個人の生産性が低下したことをその個人に帰責するのは不合理なように思われます。
 もちろん、中高年になっても、必要とされる新しいスキルを身につけ、伸ばしていく努力はとても大事だとは思いますが、しかし個人の生産性の停滞・低下をもたらすような人事管理の問題点を解決していかなければ事態の大幅な改善は見込みにくいように思われます。まあこのあたり記者の方もいろいろ組織の事情などもある中ではあろうと推測しますが、もう少しがんばってほしかったかなあ。質問すれば聞き出せた話だと思いますのでね。
 われらがhamachan先生(濱口桂一郎JILPT研究所長)はさすがというべきか、最初に「世代間の対立をあおるのは非生産的」と指摘しておられます。そのうえで、企業の人事管理に踏み込んだ対策を提案しておられます。

…私が提案するのは「ジョブ型正社員」。…職務や職場、労働時間が「限定」された「無期雇用」の労働者です。欧米の普通の労働者と同じです。職務がある限りは解雇されません。非正規社員のように、…雇い止めのプレッシャーにさらされることはなくなります。…ただし、仕事がなくなれば整理解雇されるという点で、これまでの「正社員」とは違います。
…これまでの延長線上の対応では難しい。…一部のエリートを除き、40歳ごろからジョブ型正社員として専門性を高めるキャリア軌道に移しておくのです。
 日本の大卒が「社長を目指せ」とエリートの期待を背負って必死に働かされ、モチベーションを維持できるのは、30代くらいまででしょう。それ以降は出世にしばられない「ホワイトなノンエリートの働き方」を考えた方が幸せでしょう。
 欧州では公的な制度が支えている子育てや教育費、住宅費などは、日本では年功賃金でまかなわれています。ジョブ型正社員の普及を目指すなら、社会保障制度の強化が必要です。雇用の改革に向けて、社会保障を含めた「システム全とっかえ」の議論を、慎重かつ大胆に行うべきでしょう。

 ということで、中原先生の談話の中のわかりにくい部分も、これでかなり推測はつきますね。これはかなり有力な提案だろうと私も思います。ただ、ご提案の方向性はそのとおりとしても、具体的な制度設計をどうするのかの技術論はかなり難しいものがありそうです(具体的な課題はこれまでも何度か書いたので繰り返しません)。それ以上に難しいのはどのように実現していくのかという方法論で、たとえば賃金制度ひとつをとってみても企業はかなりの期間「中高年の後払い賃金」と「若年の生産性に見合った賃金」のいわば「二重の支払」が必要になるでしょう(若年については後払いをやめるということであれば当然支払うべきものではありますが)。「システム全とっかえ」をある日突然一気にやるのは無理なので(すさまじい混乱を招くでしょう)、かなり計画的な線図を作って漸進的に取り組む必要があるでしょう。もちろん国民的なコンセンサスが必要になりますので、相当に高度な政治的手腕が要請されるように思います。いや本当に国民の大半が「システム全とっかえ」を望むのかどうか、例によって私はあまり強気にはなれません。
 さて「アンケートに寄せられた声」についてはまあそういう人もいらっしゃるでしょうねえという話なのでスキップしますが、続けてとりあえずの(来週もう一回続くらしいので)結論らしき「70歳まで働ける社会へ」というまとめがくるのですが、勤労意欲の高さに続けて「61歳の賃金は60歳の79%」「定年後再雇用で処遇低下」「65歳以降の処遇でも同様の課題」と書いていて、いやそれこれまでの議論とあまり関係ないだろ…?中高年の賃金が生産性より高くなるような後払い賃金を定年までで払い終わって、あとは生産性に見合った賃金水準に近づけているってことなんだから問題ないよね…?もちろん、hamachan先生のご提案のような施策が実現すれば60歳、65歳でがっくりと賃金を下げる必要もなくなりそうなので、まあそれが大事だというならそういう話かもしれませんが…。
 まあ、そもそもの発端の「妖精さん」の話がまったくわかってないので最初からずれている可能性はあります。だったらご容赦くださいということでよろしくお願いします。もっかいつづくとは書いてあるのですがこの調子だとあまり期待はできないかなあ。