「POSSE」第4号

社研のワークショップの帰り、丸の内オアゾ丸善で「POSSE」第4号が売られていて、hamachan先生が絶賛しておられたので購入してみました。帰路の新幹線車中で読みはじめたところ、あっという間に名古屋に着いてしまいました…って、要するに寝てたんですが(笑)
それはそれとして、たしかに非常に面白いというか、面白おかしいといったら失礼でしょうか(失礼に決まってる)。ということで、今日から何回かに分けて(笑)感想を書いていきたいと思います。まずは、hamachan先生ご推薦の「格差論壇MAP」からです。
率直に申し上げて、私の第一印象は「これだけ?」というものでした。これがどんなものかはhamachan先生のブログにアップされている(http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/posse-fb68.html)のでそれを見ていただくとして、要するにx軸を規制緩和−規制強化、y軸を年功派−ジョブ派として、各象限に福祉国家派、ジョブ型競争社会派、「構造改革」派、既存労組・諸政党という名称をつけただけに過ぎません(もう少し飾りがありますが省略)。申し訳ありませんがこれは「MAP」というには値しないでしょう。MAPというからには、象限数の数倍程度の「格差論壇」の論者について、誰がどこにプロットされるのかが示されていてほしいと思うのですが、どんなものなのでしょうか。まあ、白地図だって地図だということかもしれませんが、しかしこれは世界地図に例えれば、白紙に赤道と子午線を引いて、各象限に社会主義先進国、資本主義先進国、資本主義後進国社会主義後進国と名称をつけた…というのに等しいと思うのですが。
ところが実際には、MAP制作者の木下武男先生のインタビューでは奥谷禮子さんが第2象限だという趣旨にとれなくもない発言がひとつあるだけ。五十嵐仁先生やhamachan先生のインタビューでは、おそらくは格差論壇の主要なアクターとして位置づけられ、登場人物たちの主要な論敵のひとりであるだろう八代尚宏先生をどこにマッピングしていいものやら明確な結論が出せない始末。hamachan先生は福井秀夫先生のマッピングにも四苦八苦されていて、明確なのは木下先生が第1象限だということだけ(そりゃ、当たり前ですが)。五十嵐先生ときた日には、聞き手に「主要な論者を位置づけるとしたらどうされますか」と聞かれたのに「私は詳しくないからマッピングはできない」で片付けてしまって、あとは福井先生、八田達夫先生、八代先生の名前をあげてMAPとは無関係に批判しはじめるんだものなぁ。つまり、このMAPは、軸の取り方とか各象限の概念化?とかいった理屈以前の問題として、マッピングがされていないという点でMAPとは言い難いし、マッピングができないという点で機能的に欠陥があります。まあ、後者は理屈の問題かな。
そこで、私には手におえないところが多そうなんでおそるおそるではありますが理屈の分野に入りますと、これは「格差論壇MAP」と言いながら、実は労働問題のMAPなんですね。格差を論じるのであればhamachan先生がインタビューで論じておられるように再分配の問題をどう考えるかはかなり決定的に重要な論点だと思うのですが、このMAPだとそれは捨象されてしまいます。もっとも、木下先生は「日本型雇用システムと福祉国家は両立しない」というあまり一般的でない定義に立脚しておられるようなので、それを前提とすればジョブが再分配強化で年功(私はhamachan先生のようにメンバーシップと言ったほうがいいと思うのですが)が再分配縮小だということなのかもしれません。まあ、hamachan先生も指摘しておられますが、たしかにいくらかそれに近い実態はあるかもしれません。ただ、メンバーシップ型で再分配を強化するという組み合わせも十分現実的ではないかと思うわけでして、実は私もそれに近い意見を持っています。たしかに、かつての日本では企業が雇用の安定を重視し、生計費に配慮した賃金を支払うという人事政策を採用することが多かったため、結果として国による福祉が小さくて済んでいたという面はあったのでしょう。しかし、だから企業が雇用の安定を軽視し、生計費を無視した(ジョブ型の)賃金を支払わなければ、国による福祉は大きくできないというものでもないと思うのですが。
さて、それではこれは労働問題のMAPだと割り切れば整理できるかというと、そうでもなさそうです。規制緩和−規制強化というのは、木下先生は「一般に理解され、常識的」と言っておられるのですが、しかし労働問題ではそれほど単純な二分法ができるわけではなさそうです。たとえば、解雇規制は撤廃するけれどフルタイム・パートタイムの均等待遇規制は強化する、という論者だっているわけで、池田信夫先生なんか近いのではないかと(笑)。なかなか、一筋縄ではいきません。思うに、労働市場の規制のあり方は、その労働市場がジョブ型なのかメンバーシップ型なのかにかなり依存するのであって、y軸にそれをとるのなら、規制についてはあまり単純に「緩和−強化」では論じられないのではないかと。
それにしても、木下先生の所論は本当にわかりにくいですね。木下先生は企業はジョブに対して賃金を支払えというのですが、その賃金をどうやって決めるのかという点が特にわかりにくい。とりあえず企業は福祉はやるな、とは言っておられますので、生計費に配慮してはいけないということなのでしょうか。その一方で、ジョブに応じて相応の賃金が支払われるべきだが、非正社員にはそれが行われず「収奪的活用」が行われている、とも述べておられます。ということは、現行の正社員の賃金水準≒生計費と、収奪されている非正社員の賃金水準との間のどこかに「ジョブに応じた相応の」賃金水準があるということなのでしょうか?この理屈だと、賃金で生計費を確保できる人は極度に少なくなり、不足分は国家がかなり協力な再分配を行って補填することになるのでしょうが、まあこれが福祉国家なのだといわれればたしかにそのとおりかもしれませんが…。まあネタですが。
雑談はさておき、まじめな話ジョブに応じた相応の賃金、というのはどうやって決めるのでしょうか?中央団体交渉でしょうか?まあ、これ自体は実際にそうしている国もあるわけですから、まったくあり得ない話ではないでしょう。ただ、その時に、労働組合が労働者の福祉の増進を目的としている以上は、生計費が確保できる賃金水準を要求することは止められないのではないかと思うのですが…。あるいは、国が多くの福祉を提供するのだから、労働を通じて得るべき生計費は少なくて済む、という理屈なのかもしれませんが。
まあ、いまのわが国の現実が「ジョブ型」とはかなり離れているので、理念としてはともかく、現実への適用を考えるととたんに現実味がなくなってしまうのはやむを得ないのではないでしょうか。もちろん、理念を語る中から見出されるヒントもありますから、無意味とは言わないまでも。