日経新聞の不満と恫喝

 まあ恫喝はちと失礼でしたかね、といきなり逃げを打つ私(笑)。このところ日経新聞はまたぞろ日本的雇用叩きにご熱心なようで、本日の朝刊では定期的に実施している「社長100人アンケート」の結果を材料にあれこれ書いています。いわく、

 企業経営者の間で年功型賃金を変える意向が高まっている。「社長100人アンケート」で、見直すと回答した企業は72.2%に上った。優秀な若手やデジタル人材など高度な技術を持つ社員を確保するには、旧来の日本型雇用システムでは対応できないとの危機感を持つ経営者が多い。ただ、終身雇用制度は当面維持するとの回答も多く、抜本的な改革にはほど遠い。
 社員の勤続年数や年齢によって賃金が上がる年功序列型の賃金について「抜本的に見直すべきだ」と回答した経営者は27.1%、「一部見直すべきだ」と回答した45.1%を加えると7割を超える。類似の質問をした6月時点の51.3%から大幅に増えた。
(令和元年12月26日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

 「大幅に増えた」ということなのですが、過去の「社長100人アンケート」の結果を見ると2001年1月に実施されたアンケート結果では「年功序列を存続する」との回答はなんと0%(平成13年1月25日付日経産業新聞)。1994年9月実施の調査でも「給与体系を年功序列重視から能力重視に変える動きについては、全体の七割が「能力重視の給与体系に変更しつつあり、今後も一段と推し進める」と答えた。「現在、検討中」や「すでに能力重視型に転換した」という回答も多い。「年功序列型の従来の体系を変えるつもりはない」は二人にとどまった」(平成6年1月25日付日経産業新聞)ということなので、要するに年功制は昔から評判が悪かったというだけの話であって別段なんら目新しい話ではありません。なお6月の51.3%は「賃金カーブの見直しに取り組んでいますか」という質問に対して「すでに見直した」31.9%、「見直す予定」19.4%ということなので(令和元年7月3日付日経産業新聞)、類似といえば類似かもしれませんが比較は難しいでしょう。
 その理由についても

 年功賃金を見直す理由を複数回答で聞いたところ「優秀な若手や高度な技術者などを処遇できない」が76.9%と最多だった。「経営環境の激しい変化に対応できない」(40.4%)、「組織が沈滞化してイノベーションが生まれない」(27.9%)が続く。SOMPOホールディングス桜田謙悟社長は「日本型雇用慣行を打破し、多様な人材を活躍させる必要がある」と指摘する。

 ということであるらしく、日経新聞としては桜田社長を担ぎ出してなんとか「日本型雇用慣行を打破し」たい意向のようですが、しかし日本的雇用を打破しなくても多様な人材は活躍できますよねえ。多様な人材には多様な処遇を準備すればいいだけの話で、記事が実例として紹介しているNECソニーについても一部の人を対象としているだけで長期雇用をすべてやめるつもりはないでしょう。記事はコニカミノルタの山名昌衛社長の「グローバルレベルでの競争がますます激しくなる中、日本型雇用の強みを残しながらも、大きく変革する時期にきている」というコメントも紹介していますが、これも日本型雇用の強みを残しながらですからねえ。
 でまあ日経はこれにいたくご不満であるらしく、

 …終身雇用制度は当面維持するとの回答は63.2%に達した。デジタル人材の初任給も他の人材と差をつけないとの回答が55.6%もある。デジタル人材の賃金を高く設定するとの回答は2.1%にとどまった。年功賃金を見直したいものの、中高年社員の反発は大きく旧来型の制度の抜本的な見直しまでは踏み込めない苦しさもにじむ。

 ということで、まあ終身でもなければ制度でもない長期雇用慣行を相変わらず「終身雇用制度」と書いているのはもう治療の見込みはないのでしょうが、長期雇用慣行はその規模が変化しつつ続いていくのだろうというのは大方の経営者の共通認識だということではないでしょうか。デジタル人材についても、デジタル人材と一言で括ってもその内実は多様なわけなので、初任給で差をつけるのはNECソニーもかなり優れた例外にとどまるのではないかなあ。なお「旧来型の制度の抜本的な見直し」を実施が「これまで約束してきた賃金が支払われません」ということであれば「中高年社員の反発は大きく」なるのも当然で、それでも2000年前後には経営が傾いて背に腹はかえられず「約束は守れません」となりましたというのが成果主義賃金騒ぎの一つの側面だったわけですね。「旧来型の制度の抜本的な見直し」が悪いたあいいませんし中身によっては大いに結構だろうとも思いますが、やるなら新たに入社する人からで、今いる人たちについては調整給などを設けて段階的にやっていく必要があるだろうと思います。
 さらに今朝の日経には「本社コメンテーター 村山恵一」氏の「さらば我が社ファースト しがみつくのはリスク」というオピニオンも掲載されていて、まあこのお方は日経の社内的にはITとスタートアップがご担当ということなのでそのごく限られた範囲内においてはこういう話になるのかなという記事ではあります。ただまあ

 オープンイノベーション、副業、テレワーク。働き方に関わる3大ビジネス潮流は今年、社会の共通認識となり、新旧企業のコラボレーションや時短、柔軟な勤務形態などに結びついたように思う。だが、ほっとしてはいけない。
 新しい市場や事業モデルを創出してこそ会社だ。そういう果実を伴う働き方の変化でなければ改革も道半ばと言わざるを得ない。2020年、働く人は意識と行動の本格的な切り替えを迫られる。特定の会社に身をささげ、じっと居続けるのを第一に考える「我が社ファースト」に別れを告げよう。

 はいはい大学卒業以来日経新聞に「身をささげ、じっと居続ける」方にまず範を垂れていただき、日経から「別れを告げ」てもらいたいものだと思いますがいかがでしょうか(笑)。まあつまらない言いがかりはともかく、スタートアップが好きなIT人材なら格別、一般化するのは無理としたものではないかと思います。一般人にとっては「しがみつく」よりスタートアップのほうがよほどリスクが大きいような気がするのですが違うのかしら。
 あと副業についてもこんなことを書いているのですが、

 パーソルグループによる正社員1万4千人の調査によれば、すでに副業中の人は1割、まだの人も4割が始めたいと考える。副業をテコに大勢が学び出せば、そうでない人との差が開き、採用事情に影響するうねりとなる。

 これはどうなんでしょうかね、日経の論説委員様というのは他のメディアに寄稿したりとか、講演やらなんやらしたりとかで副業の経験はそれなりに豊富なのかなあ。そういう経験をもとに「副業をテコに大勢が学び出せば、そうでない人との差が開き、採用事情に影響するうねりとなる」と言っておられるならそれなりに傾聴はしたいと思いますが、しかし私自身の副業経験からすればご冗談でしょうという感じなんですけどねえ。さらに実態としては正社員といえども副業を始めたい4割の中には相当割合で追加的な所得が目的の人がいるはずで、まあそういう中にも学びはあるだろうと思いますが、それでスタートアップとかいう話にはなかなかならなかろうと思うのですが。
 もちろんスタートアップが増えることは結構なことですしそのための政策的な支援も必要だろうと思います。企業だってそれで有望な新規事業が生まれるなら投資もするでしょう。ただ働く人のすべてに向かって「働く人への圧力が強まる。もっと外に目を向けよ――。あなたは準備ができているか」と恫喝するということであれば(そうでないかもしれませんが)それはご無理としたものでしょうと、まあそういう話です。