低価格依存症

 なんか毎回同じ話を繰り返しているような気はするのですが、昨日の日経新聞朝刊にこんな記事が掲載されていました。物流業界の働き方改革にともなうコストアップが価格転嫁されつつあるという話です。

…アイス、ヨーグルト、冷凍食品――。今春に相次ぐ食品値上げは15年以来の規模で広範囲にわたるのが特徴だ。4年前の値上げの理由が円安による原材料価格の高騰などだったのに対し、今年の値上げの要因として各社が挙げるのが物流費の高騰だ。
 運転手不足で商品を配送するトラックが確保できない。物流量の少ない地方では共同配送などで効率化を進めるが、深夜時間帯の配送など長時間労働を強いられる食品配送そのものを敬遠する物流会社も出始めている。

 共働き世帯の増加などで冷凍食品は成長を続ける。市場規模は17年に7180億円で、09年比で13%増えた。だが店頭でPB商品のシェアが高まり競争は激しい。メーカーは自社商品の値上げを求めるだけでなく、PBも同様に引き上げてもらう必要がある。自社商品だけ値上げできてもPBとの価格差が広がり、自社商品が売れにくくなるジレンマを抱える。
 都内の中堅スーパーの担当者は「消費増税を前に消費者の節約志向が高まっている時期に、PB商品の価格を上げられるはずがない」と憤る。包装資材の削減でコスト増を吸収するなど、あらゆる知恵と工夫で値上げしないよう製造を委託するメーカーに訴える。ニチレイフーズの言葉は切実だ。「そうはいっても現在の契約額では作るほど赤字だ」
 国内の人手不足に起因する物流費や人件費の上昇は今後も続く見通し。値上げを浸透させたい食品メーカー、値上げを受け入れてもPBの価格は維持したいスーパー。価格に敏感な消費者を巡り、神経戦は続く。
平成31年4月16日付日本経済新聞朝刊から)

 物流費と言っても車両や物流拠点が足りないとかいう話ではないでしょうからつまるところは人件費ですね。物流業界は人手不足にともなう賃金上昇を価格転嫁できた(まあ全部ではなく一部でしょうが、以下同じ)ところ、食品メーカーは対小売りでそれを価格転嫁できていないというのが現状のようです。でまあ食品メーカーが「作るほど赤字」でも小売が価格転嫁を容認しない理由が「消費増税を前に消費者の節約志向が高まっている」と言ういつもの図式になっているわけですね。
 つまりこれは毎度の話で、食品メーカーが「包装資材の削減…など、あらゆる知恵と工夫」で実現したコストダウンを、物流コスト上昇の吸収=卸売価格の上昇抑制≒小売価格の上昇抑制というルートで消費者が享受しているということになります。もし物流コストが価格転嫁できれば、このコストダウンを賃金上昇に振り向けることも可能だったはずで、そうなればこのコストダウン努力が生産性向上として計測されることになるのでしょう。
 したがって付加価値そのものを増やす、消費者が「高くても買います」というような商品やサービスを開発するイノベーションがとても大事だということになるわけですがそれはそれとして、「賃金上昇ではなく価格抑制」という現状は、実態として労働者≒消費者であることを考慮すれば安くなければ買わない、値上げしたら買わないという消費行動を通じて労働者自らが選択した結果だという見方もできるという、これまたいつもの話になるわけです。
 そこでこうした一種の不具合な均衡のような状態から誰がどう踏み込んでいくのかという議論になり、もちろん企業が価格戦略を見直すことも大事だろうと思います(有効な投資先がないのに積み上がっている資金というのがあるなら賞与などで労働者に配分してしまえばいいのではないかというのもこれまで繰り返し書いたとおりです)。ただまあこの記事を見ると消費者もいささか行き過ぎているのではないかと思うところもあり、この記事でも冒頭にこんな事例が出てくるのですね。

 「子どもたちは『ピノ』が好きなので、正直いって値上げには困っている。特売を待とうかな」。愛知県安城市の主婦(39)は日常的に購入していた森永乳業のアイス「ピノ 6粒入り」の値上がりにため息をつく。
 全国約460店のスーパーの販売データを集計する「日経POS情報」によると3月に出荷価格を引き上げた同商品の同月の平均店頭価格は約94円。前月比で3%程度値上がりした。家計のやりくりに日々、頭を悩ませる主婦層はわずかな値上がりにも敏感に変化を感じ取る。
(上と同じ)

 「ピノ」というのは10mlのアイスクリームまたはアイスミルクをチョコレートやキャラメルなど多様な素材でコーティングしたお菓子であるらしく、10mlと小粒ではありますが6個の箱入りで小売り価格が94円ならまずまず大衆的な部類に入るのでしょう。それが3%値上がりしたということなので1箱あたり3円弱という話であり、5人の子どもが毎日10箱食べたとしても150円の負担増であり、なんとか苦笑交じりにでもご容赦いただけないものかと正直思うわけです。もちろんその痛さ感というのも想像しないではありませんし、ミクロの事例なのでこの方にとっては本当に切実な話かもしれず、あるいは愛知県安城市では10円15円値上がりしていたという実態があったのかもしれませんが…。しかし「値上がりするなら今のうちに買っておきます」ならわかるのですが「値上がりするなら今後特売でしか買いません」というのはもう少しお手柔らかに願えないかと、供給サイドでは思っているのではないかと思うのですが…。
 これが、またいつもの話になるのですがこの案件にも関係してくるわけで、こちらは本日の日経新聞朝刊です。

 外国人労働者の受け入れを広げる改正出入国管理法が1日施行され、資格試験や受け入れ準備が進んでいる。人手不足に悩む外食などの業界が歓迎する一方、自民党に対象業種拡充などを求める声も寄せられ始めた。
…人手不足の解消には程遠い。政府は5年間で最大約34万人の受け入れを見込むが、人手不足の見込み数は約145万人に上る。14業種で最も多い6万人を受け入れる介護業界でも、円滑な運用やさらなる拡充を求める声が出ている。
…当面、特定技能の資格は既に日本で働く技能実習生が取得するケースが多くなる。2月、宮城県気仙沼市内で、小野寺五典前防衛相が開いた地元の水産加工業者との会合。新制度を巡り参加者から「4月以降に都市部に流出する可能性がある」と懸念する声が出た。
 日本フードサービス協会の高岡慎一郎会長は「大都市部の方が給料もよく海外の労働者も働きやすい」と指摘する。自民党合同会議の木村座長は地方の懸念を踏まえ「大都市への集中をいかに防ぐかが重要だ」と話す。
平成31年4月17日付日本経済新聞朝刊から)

 これを企業・経営者の低賃金依存症と断じて嘲笑するのは簡単ですが、その原因は消費者の低価格依存症だというところに踏み込まないと解決は難しいのではないでしょうか。特にサービス業では(介護ロボットなどの開発や導入は熱心に進められてはいるのですが)省人化投資と言ってもかなり高コストになるわけで、現状それを価格転嫁するとなると相当大変でしょう。現実にはサービス業の現場では以前も紹介したように未熟練労働者を支援する省力化投資というのが積極的に行われているわけですし、加賀屋の省力化投資というのも、顧客からあの高価格でかっぱげるから成り立っているのではないかともけっこう本気で思う(すべての事業者があのビジネスモデルでやれるわけもないですしね)。
 なお「大都市への集中をいかに防ぐか」については、賃金に限らずさまざまな就労条件のトータルで大都市部より魅力的と思ってもらえるような処遇をするしかないと思います。なにもカネがすべてではなく、業務指導が懇切であるとか、外国人が尊重されて人間関係が良好で居心地がいいとかいった魅力を訴求するという方法もあるでしょう(食事がおいしいとか、いろいろ考えられると思う)。現状の技能実習制度で発生している問題の多くが実習生が事実上移動できないことに由来していることを考えると、制度的に移動を妨げることはすべきでないと考えます(そもそも職業選択の自由とか人身拘束・強制労働の禁止とかいった基本的な価値観にも反しますし)。