ワークス研究所JPSEDシンポジウム2018「「社会人の学び」を解析する」

ワークス研究所の中村天江さんにお招きいただきましたので標記イベントに参加してまいりました。ワークス研究所が一昨年にスタートさせた大規模パネル調査「全国就労実態パネル調査(JPSED)」の結果にもとづくシンポジウムで、今年のテーマは社会人の「学び」です。
最初に同所の大久保幸夫所長からシンポジウムの趣旨とJPSEDの特徴について説明があり、その後、同所の萩原牧子、孫亜文、坂本貴志の各氏から今回調査の分析結果が報告されました。当日配布された資料は同所のウェブサイトにも掲載されています。
http://www.works-i.com/pdf/180807_jpsedmanabi.pdf
まず自己学習(自分の意志による仕事に関わる知識や技術の向上のための取り組み)の実情について、昨年1年間に自己学習を行った人は33.1%(正社員36.9%、非正社員27.0%)という低率にとどまるという実態が紹介されました。これについては日本企業の長期雇用慣行下ではOJTを中心として起業による人材育成のしくみができているから自己学習の必要性は相対的に高くないことの反映もあるだろうとの解釈が一般的かと思われます。
面白いのはその次で、学ばない理由として「忙しい」「転職や独立の予定がない」などの7つと「あてはまるものはない」の計8つの選択肢で訊ねたところ「あてはまるものはない」が過半の51%にのぼったことから「学ばないことに理由はない」という結論を導いています。複数回答にもかかわらず「忙しい」が15.0%、「転職や独立の予定がない」が17.2%にとどまっており(他の選択肢は1桁%)、たしかに「あてはまるものはない」は突出しているように見えます。この結果は厚生労働省の「平成28年能力開発基本調査」の「自己啓発を行う上で問題があるとした労働者の問題点の内訳」では「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」が正社員で59%、非正社員でも39%に達しているのと比較するときわだって低いわけですが、JPSEDでは厚生労働省調査にはない「あてはまるものはない」という選択肢を設けた結果、かなりの回答がそちらに流れたという設問設計の妙といえそうです。実際、厚労省調査では複数回答の選択数が1人あたり2件以上なのに対してJPSEDでは1.3程度にとどまっています(「あてはまるものはない」は単一回答になるので過半数がこれを選んだ結果1.3というのは妥当なように思われます)。
さらに、週労働時間と自己学習実施割合の関係を見ると週59時間以下までは労働時間が長いほど自己学習実施割合も高いという結果であり(さすがに60時間を上回ると実施割合も低下する)、さらにこれはパネル調査の利点だと思うのですが、前年に較べた週労働時間の増減と自己学習実施割合との間には特に関係性は見られず(むしろ週労働時間が増加した人の方が実施割合が高い傾向)、時間があっても/できても人は学ぶわけではないという結果になっています。
加えて、学生時代から学びb風管のある人はせいぜい1割今日しかいないことから、約9割の人についてはなんらかの働きかけがない限り「理由もなく学ばない」ということになるようです。
そこでではどう働きかけるかですが、まず企業が教育訓練を実施することは自己学習を促す、OJTよりOff-JT、それら単独より両方を実施することが大きな効果をもたらすとの結果が示されました。人事管理については、昇進・昇格の機会があることは自己学習を促すが、人事異動や転勤については有意な効果は見られず、異動の中でも仕事のレベルアップがともなうような移動であれば有意に自己学習を促すとのことです。さらに技能多様性、仕事の重要性、自律性は自己学習を促し、特に評価・貢献・承認はその効果が高いようです。
また、これもパネル調査らしい結果ですが、ある年に自己学習を行った人が翌年も継続するかというと、実は6割弱しか継続しておらず、内訳をみると学ぶ内容が明確で学びを役立てる場があることが学びの習慣化につながりやすいという結果だったようです。
もうひとつ興味深いのが自己学習と賃金の関係で、固定効果分析の結果、自己学習が翌年の年収を2.2%高めるという結果が有意に得られています。もっとも年齢は14.5%、正社員であることは26.1%高めるという結果もあり、たしかに実感には合うので分析の信頼性は高そうですが自己学習の効果はあるとはいっても大したものではないなという印象でもあります。さらに、自己学習はキャリアの見通しや成長実感、生活満足度、仕事満足度も有意に高めています。まあキャリアの見通し以外の3つは、そうならないなら自己学習する意味がないような気はするわけですが。
これまたパネル調査らしいのですが就業形態の変化との関係も面白く、非就業者から就業者に変わる確率は自己学習ありの人がなしの人の2倍以上になっている一方、非正社員の正社員化の確率はあまり変わらないという結果になっています。
ということで、学びの促進には「企業からの学びを自らの学びにつなげることが必要」という結論で、学ばないのが自然状態なのであって、企業は訓練機会を付与すると同時にチャレンジングな仕事を付与し、学びを評価し、学びを活用する場をつくっていくことで、個人の意識変容ともあいまって将来は継続的な学習継続が実現するだろう…とのことでした。
続いては大久保所長のコーディネートによるパネルとなり、(株)デンソー人事部長の加藤晋也氏、法政大学大学院教授の石山恒貴先生、明治学院大学学長特別補佐の伊藤健二先生が登壇されました。石山氏は企業における学び促進・定着化への取り組み、石山先生は「越境的学習」の概念、伊藤先生は能動的な学習につながるインセンティブデザインについて説明され、大久保所長の司会で活発な議論が展開されました。各氏のご意見も前半の分析結果報告のインプリケーションと概ね同様だったように思われます。
ということで若干の感想を書きますと、まず前半の分析結果報告は「学ばないことに理由はない」「時間ができても学ばない」「学びは賃金を上げる」などなど非常に興味深い知見が多く含まれており、たいへん面白く勉強させていただきました。いっぽうで、そこで提示される処方箋はというと、分析報告・パネルディスカッションを通じて一貫して

  • 企業が教育訓練機会を与える
  • 昇進・昇格の機会を与える
  • レベルアップした仕事を与える
  • 多様で重要で自律的な仕事を与える
  • 自己学習を評価し承認する
  • 学んだことが役立つ場をつくる

というもので、まあ当たり前だよねえという話ばかりです。なにか自己学習すればそれが生きる仕事を準備してもらえて評価してもらえて昇進・昇格できる(当然賃金も上がる)のであれば、それでも自己学習しない人がいたら不思議でしょう。一方で同じくらい当たり前の話として全員を昇進・昇格させるわけにはいかないしレベルアップした仕事だってそうそう十分に転がっているわけじゃないし、「これこれを学びましたから役立つ仕事を与えてください」と言われたって困惑するだけでしょうし。よほど急成長している新興企業とかならまだしも(そしてそういう企業はそのかわりに恐ろしく長時間労働だったりするわけだが)、まあなんとかそこそこ成長していきたいくらいの段階の企業から見たらないものねだりだよねえと思うことしきり。
ということで、会場との質疑応答の段階では途切れることなく多数の質問が出て活況だったわけですが、一方で回りを見るとメールを開いたり内職に励んでいる人たちというのも相当に見受けられたのもむべなるかなという印象です。
結局のところ、実務家としてみれば、それこそ「学ばないことに理由はない」「時間があれば学ぶものではない」ということを十分念頭に置きながら、学びに結びつく稀少な資源をいかに効果的に配分していくのかに苦心するしかないのでしょう。そして、あるいは有意な結果は得られていないにしても、ひょっとすれば人により場合により効果があるかもしれない人事異動や転勤といったものもなんとか利用していくことになるのでしょう。従業員が「昇進・昇格」や「レベルアップした仕事」を求めるのであればそれも致し方ない、というか、そういうものをインセンティブに人事管理をしている以上はそれなりに必然的な結果というべきなのか。人事管理サイドにも問題意識は必要だろうと、特段人事管理をやっているわけでもない私が言い放って終わります。ないものねだりなのはどちらも同じような気が。