JILPT労働政策フォーラム「多様化する仕事と働き方に対応したキャリア教育」(1)

参加してまいりました。JILPTはここ数年、年数回開催される労働政策フォーラムのうち1回を地方開催することにしているらしく、今回は栃木県宇都宮市での開催です。
http://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20170123/index.html
まず社研の玄田有史先生の基調講演、次にJILPTの小杉礼子先生による研究報告、続いて栃木県下の学校・企業による実践報告が4例あって、最後が全員によるパネルディスカッションという構成でした。
玄田先生の講演は、まず東日本大震災前後の意識変化に関する社研の調査をもとに、最も重要な希望として「仕事」をあげた若者(20〜39歳)は16.4%から15.8%とあまり変わりないのに対し、「家族」をあげる人は10.8%から21.1%倍増していることを示し、企業・教育機関にも「家族」を大切にすることへの配慮を要望されました。また、(求人受付地ではなく)勤務地都道府県別の有効求人倍率を計算してみると首都圏や近畿圏はむしろ平均を下回っており、全国平均を上回る地方も多く見られるという例をあげ、若者が地域で活躍するための適切な情報提供の必要性を訴えられました。さらに、現実に地域で活躍している若者の訪問調査から見られる傾向として「都会で働いたあと30歳前後で地域へ」「人的ネットワークの広さ」「グローバルな視野」などを示し、成功につながる要素としては「移住を前提に周到な準備」「地域での信頼できる仲間づくり」「家族の理解」「人脈形成」などの「準備する力」をあげられました。その上で、経験豊富な大人とのweak tiesの形成、個別的・持続的・包括的な支援、そして「地域はもうだめだと大人が停滞している限り若者が奮い立つことはないということへの大人の自覚」が求められると述べられました。
続く小杉先生の報告ですが、JILPTの最新調査「若年者の能力開発と職場への定着に関する調査」の結果と含意が報告されました。
まず正社員初職での経験と離職との関係ですが、公表前ということで資料は投影のみでハンドアウトがなかったので勘違いなどあるかもしれませんが、男性については歓迎会の実施が、女性については上司や先輩による他部署の関係者への紹介といったことが定着を促進すること、男女ともに長時間労働であること、すぐに一人前の仕事を任されること、労働条件が事前の説明と異なること、さらに女性については自ら上司や同僚に仕事などについて質問、確認するような環境にあることが離職を促進するといった結果だったと思います。「自ら質問」は積極性がうかがわれて一見よさそうですが、自分から聞かなければ教えてくれないという環境におかれているわけですね。
また、JILPTの別の分析から、1年未満での離職理由は人間関係や長時間労働、ノルマ負担といった「仕事や職場がつらい」後向きな理由が多いのに対し、3年以上経過しての離職においては、男性はキャリア形成や「会社の将来性に見切りをつける」、女性は「結婚・育児」「家業継承」といった前向きな理由が目立つようになるという結果も示されました。
また、離職後の再就職についても最新調査の結果を示され、男性については1年未満で離職した人に較べて3年以上勤続後に離職した人は明らかに(2倍程度)正社員としての再就職が多いという結果も示されました(女性は結婚による離職も多いのでそれほど明確ではないようです)。
学校・企業の実践報告のトップバッターは宇都宮大学キャリア教育・就職支援センター長の末廣啓子先生で、10年間にわたる(実はこのフォーラムも同センターの10周年記念事業とのこと)非常に熱意あふれる充実した取り組みが紹介されましたが、なにしろ大量ですので思い切り大雑把な要約かつ意訳でまとめますと、当初とにかく学生は「世間知らず」であり、大学の教員もキャリア教育には無関心だったので、まずは学生の目を外に向けるべく、キャリアセンターでの授業に加え、企業・行政などの協力も受けつつキャリアフェスティバルなどの交流イベント、問題解決型インターンシップ、フリータへのインタビューなどの取り組みを続け、また大学教員にも学部でのキャリア教育の実施を促すなど粘り強く進めることで、一定の成果は上がったとのことでした。その上で、キャリア教育は学校だけですべてを担えるものではなく、社会全体で考えるべきとの見解を示されました。
学校のもうお一方は県立宇都宮商高長の杉本育夫先生で、まずは栃木県高校教育研究会進路指導部会長として栃木県下の高校におけるインターンシップや職業教育の問題点として、インターンシップ参加者は全体の9%にとどまること、普通科高校を卒業して職業教育をまったく受けないままに就職する人が1,100人超(高卒就職者の約1/4)いることを指摘されました。その上で、宇都宮商高での取り組みとして、就労やボランティアなどの体験や経験を通じて考えさせることで大きな成果が上がっていることが紹介されました。そして、高校キャリア教育の課題として、行政が明確な方針を打ち出すこと、そのための資源を確保することなどを上げられました。
企業の実践報告は栃木県所在の中堅企業2社から、藤井産業(株)総務部長の大久保知宏氏とマニー(株)人事総務部長の柿沼幸弘氏が報告に立ちました。もちろんニュアンスの違いはあるのですが非常に共通するところが多いことに驚かされました。具体的には、入社前ないし入社後に数か月かけて導入教育を実施していること、職場でのコミュニケーション不足を補う意味も含めて入社後3年程度は年2回人事との面談が行われていること、具体的なスキルマップを作成して育成に活用していることなどが上げられました。その上で、藤井産業の大久保部長からは「足下の短期ではなく、3年〜5年くらいの長い目で物事を考えられる人材」、マニーの柿沼部長からは「一つの開発テーマに10年取り組んで成果を出せる粘り強い人材」への期待が語られました。
その後休憩をはさんで、基調講演の玄田先生がモデレータとなり、調査報告と実践報告の5先生によるパネルディスカッションが行われました。玄田先生の巧みな進行とパネリストの的確な応答でたいへん充実したパネルとなりました。
印象に残った点をいくつか備忘的に書きますと、まず小杉先生が調査報告では時間の関係で説明されなかった政策的含意について述べられ、若手、新入社員はまず「承認する」ことが大事だ、と指摘されました。具体的には上でも書いたように「歓迎会」などで自分が歓迎されていることを実感させることにはじまり、適度な仕事を丁寧に教えて漸進的に育成すること、関係者に引き合わせてあげることなどで、「甘えている」とか「頼りない」とか思われるかもしれないが、手間ひまをかけてあげることが結局は定着にも育成にも良好な結果をもたらすとのことでした。加えて、長時間労働に企業をあげて取り組むこと、労働条件や仕事の正しい情報が発信され理解されるようにすること、転職するキャリアもあり得るという現実を伝えることなどを学校・企業に要請されました。特に小杉先生は企業への期待が高いようで、これを受けて企業のパネリストが「たしかに情報発信については努力不足を反省しなければならない」と発言する場面もありました。
学校への期待についても議論が盛り上がり、杉本先生が「多くの普通科高校は大学進学させることばかりを考えており、キャリア教育・職業教育は大学がやってくれるだろうくらいにしか思っていない」と指摘されたのに対し、末廣先生は「大学進学前には獲得しておいてほしい能力が獲得されていない大学生が多い」と高校に要請されたり、末廣先生などの「学校だけでは担いきれない」という意見に対して小杉先生が「しかし、キャリア教育の場としてはやはり学校ほど多くの役割を果たせる場はない」という趣旨の発言をされるなど、活発なやりとりが展開されました。
ということでたいへん内容豊富で有益なフォーラムで、宇都宮まで出向いた価値は十分にありました。いろいろと思うところもありましたので、明日以降エントリを改めて書きたいと思います(本当に書けよ)。