テクノロジーが日本の「働く」を変革する

もう一昨日になりますが、戸田淳仁先生にお誘いいただいてリクルートワークス研究所の標題イベント(http://www.works-i.com/tech/event.php)に参加してまいりました。人工知能などテクノロジーの進歩により、中には井上智洋先生のように人口の90%は仕事がなくなるという予測をされる人もいる中で、将来の働き方を考えるというたいへん有意義な企画でした。
内容については3月16日以降にワークス研究所のウェブサイトに掲載されるとの告知がありましたのでそちらに譲るとして、簡単な感想など書いておきたいと思います。
最初に機械学習の草分けであり世界的権威でもあるカーネギー・メロン大のトム・ミッチェル教授の招待講演があり、続いて米国在住のコンサルタントである海部美知氏が「米国にみるフリーランスが生き生き働く条件」と題して報告されました。続いてこのプロジェクトのリーダーであるワークス研究所の中村天江氏が基調報告としてプロジェクト報告書「Work Model 2030」(こちらから全文がお読みになれますhttp://www.works-i.com/pdf/161121_WorkModel2030.pdf)を紹介されました。最後は戸田先生がモデレータとなり、ミッチェル教授、海部氏、ワークス研究所長の大久保幸夫氏によるパネルディスカッションとなりました。
なお当日配布資料として「Work Model 2030」のパンフレットとともに「産学を代表する9名のオピニオン・リーダー」のインタビュー集が配布されておりました。「オピニオン・リーダー」であって専門家ではなく、実際「働く」ことの専門家は大内伸哉先生だけであり、あとは学者とかベンチャー経営者とかでこれってどうよと思ったのですがどうやら意図的であるらしく、中村氏の報告の中でも「あえて労働の専門家ではなく、多様なリーダーの意見を聞いた」(まあこの9人はそれほど多様という感じはしないが)という趣旨の説明があり、なるほど従来の発想にとらわれないという話であればわからなくもないとは思いました。プロジェクトのメンバーは労働の専門家揃いであるわけで。
さてまず全体を通じての感想としては大筋では今でもやってることだよねというものであり、ある意味明るい展望が描けるというか、安心したというのが近いかもしれません。
「Work Model 2030」をごく大雑把にいえば、「専門性の活用/開発」「グローバル/ローカル」「雇われる/雇われない」の3軸8象限のモデルであり、特定の専門性を狭く深く持った高度な専門職であり、テクノロジーを生み出し活用して、仕事の付加価値を高める「テクノロジスト」(専門性の開発)と、複数の専門領域に精通し、テクノロジストらを活かして、新しい価値やビジネスモデルを生み出す人である「プロデューサー」(専門性の活用)が、グローバルにあるいはローカルに、時に雇われ時にフリーランスで働く、というものでしょう。でまあ「テクノロジスト/プロデューサー」が現行の「スペシャリスト/ゼネラリスト」と違うのは前者は新たな専門性を常に習得することであり、後者はまさに新しい価値やビジネスモデルを生み出すことだというわけです。
しかしこれって今でもそうだよねえと思うところであり、現在の企業組織でも優秀なスペシャリスト/ゼネラリストはすでにこの「テクノロジスト/プロデューサー」であるように思います。企業はこれまでも不断に事業構造やビジネスモデルを変えながら存続してきたのであり、その過程では多くの「テクノロジスト/プロデューサー」が育成されてきたのではないでしょうか。
でまあ全員が「テクノロジスト/プロデューサー」である必要はさらさらないのであり、まあ開発の実務と現場のリーダーは「テクノロジスト」、機能やプロジェクトのマネージャー・ゼネラルマネージャーは「プロデューサー」が求められるでしょうが、彼らのフォロワーとしての「普通の働き手」というのもそれなりにいなければ仕事は回らないでしょう。
もちろん「これからの環境変化・技術進歩は従来よりはるかに速く大きい」とか「いやいやそういう仕事はAIにとって代わられてなくなってしまうのだよ」とかいう話もあちこちで聞くわけですが、そうはならないだろうというのがミッチェル教授の講演ではなかったかと思います。教授は「15年前に今日の現実が想像できただろうか?しかし我々はテクノロジーの進歩に対応して社会を豊かにしてきた。今後も同じだ」「テクノロジーが雇用を奪うのではなく、テクノロジーとともに働く仕事に変わっていく」などと述べられ、「私たちの技術は社会を破壊するようなものではない」と言われているように私には聞こえました。実際、15年前(もう少し前かな)には「うちの部長は電子メールも使えない」なんて言っていたわけですが、現在の現役世代でスマートフォンを使いこなせない人はかなり珍しいでしょう。大久保氏がパネルの中であげられた鶴巻温泉陣屋旅館の例でも、結局は全員がシステムに対応できているわけですし。このあたり案外楽観してもいいんじゃないかと感じました。
いっぽうでテクノロジーの進歩が時間的にも空間的にも就労形態的にもより自由度の高い・多様な働き方を可能にし拡大することも間違いないでしょうし、求められる能力や知識も変化し多様になるでしょうから、社会のしくみをそれに適応したものに変えていくことは必要だろうと思います。
中でも現実的に重要なのはフリーランスだろうと思われ、海部氏はキャリア社会保障の重要性を指摘されていました。キャリアについては、副業・兼業からフリーランスを経てスモールビジネス・ベンチャーに到るキャリア・スペクトラムを形成し、それを行きつ戻りつしながらキャリア形成していけるようにすること、社会保障についてはフリーランスについても被用者と同様に医療保障などが受けられるようにすることが重要だというわけです。要するに現状では非常に不安定なフリーランスの仕事と生活をより安定したものにすることが大事だというわけです。まことにそのとおりであり、世の中には会社にしがみつくのはけしからんリスクを取って転職起業するのがすばらしいそういう人が少ないから日本経済はダメなんだみたいな議論というのが見られるように思うのですが(わら人形かも)、どうして起業が増えないのかといえばリスクが高いから(とりわけ不況期には)だという当たり前の話なのですね。でまあそれに対してもいやいやどこでも通用するような専門性の高いプロフェッショナルになればリスクは低いはずだとか言い募る人とかもいるようで(またわら人形かも)そんなわけないだろう。テクノロジーの進歩が本当にフリーランスを増やすのであれば(増やすと思いますが)、それなりの公的なリスク軽減策は必須だと私も思います。
あるいは、わが国における現状のクラウドワークのかなりの部分は相当な低報酬だということは先般のWELQ騒ぎの際にはからずも明らかになりましたが、空間的に分散するだけに需給調整機能集団的プロセスを通じた交渉力の担保といったことも考えられる必要があると思います(これは報告書にも一部記載があります)。現状の独禁法では難しいのではないかと思いますが、同業組合を作って集団的に価格交渉ができるようなしくみが求められるのではないかと思います(事業協同組合には協約締結・団体交渉が認められていますがあまり実効性はないもよう)。まあ現行法制でも労組法上の労働者として団体交渉できるという話ではあるのですが、やはりはっきりさせたほうがいいのではないか。大内先生のインタビューでも、具体論は示されていませんがそうした方向性を示されているように思います。
もちろん労働法の課題もあり、在宅勤務やテレワークの労働時間(と割増賃金)や労災保障の問題、副業・兼業の労働時間と健康確保の問題など、過去何度も書いていますので繰り返しませんが課題は山積です。教育の課題も当然あり、学校教育の内容、公的な職業訓練の拡充、さらには企業内でのより効率的な人材育成手法の開発といったことが考えられるでしょう。店での修行では何年もかかる寿司職人の育成が専門学校で体系的にやれば半年で十分ですとかいう話もありますし、塗装職人の仕事の工程と要素技能を分解して育成効率を画期的に高めた事例(KMユナイテッド社)もあるわけで、まあテクノロジーの進歩以前の実態というのもあるわけなので。
あともう一つ書きますとミッチェル教授がパネルの中で先生が実際に出会われたウーバーのドライバーの話を紹介されたのですが、彼はもともとカリフォルニア(だったかな?自信なし)でドライバーをやっていたところふと思い立ってテキサス(こちらも自信なし)に転居し、やはりウーバーでドライバーをやっている。また気が向けばフロリダでもどこでも、ウーバーとクルマがあれば自由に転居して働ける。テクノロジーはこういう自由さを私たちに与えてくれた、というような話をされました。たしかにテクノロジーが人間を自由にするというのはすばらしいことでしょう(まあその一方で四六時中監視されるようにもなったわけだがそれはそれとして)。とはいえそれが可能なのは米国の住宅事情ゆえだということも一つのポイントだろうと思います。これはインタビュー集の中でも誰かが指摘していましたが、日本は住宅コストが高いので「住宅ローンに30年間縛られる」というのはむしろ普通でしょう。これをなんとかしないと、フリーランスだの雇用の流動化wだの言っても現実的には難しい。まあ在宅勤務を拡大すれば住宅コストの低廉な地方に居住するといったことは可能になるような気もしまし、地方のサテライトオフィスというのも考えられますので、テクノロジーが問題の軽減・解決に寄与してくれるかもしれません。
ということで、まあ時間より成果がヘチマとかいった人事管理の問題ももちろんありますが、しかし社会保障とか競争政策とか住宅政策とか、社会的な課題のほうが大きいのではないかと思いました(だから迷ったけど公共政策タグにした)。雇用に関しては、テクノロジーの急速な進歩が雇用を破壊する、人口の90%は仕事がなくなるからベーシックインカムとか、ロボットに課税して再分配とか、そんなソ連邦みたいなヴィジョンを描くのではなく、テクノロジーの進歩と人間の対応を上手にハーモナイズさせることに知恵を使うのかな、という感じです。しょせんは人間が対応できる速度でしかテクノロジーも拡大しないのではないかとも思いますしね。楽観も大事、とひとまず結論づけて終わります。