八代尚宏先生から、新著『シルバー民主主義−高齢者優遇をどう克服するか』をご恵投いただきました。ありがとうございます。
シルバー民主主義 - 高齢者優遇をどう克服するか (中公新書)
- 作者: 八代尚宏
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2016/05/18
- メディア: 新書
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最終章が労働にあてられており、まあシルバー民主主義批判の本なのでいささか従来の雇用に手厳しい感はありますが基本的にはわが国の労働市場、労使関係や人事管理の実態の正しい理解のもとに書かれていてさすが八代先生という感じです。政策提言も「正社員賃金の年功度を抑制して外部労働市場の水準に近づける」「内部労働市場で働く正社員比率を抑制して職種別労働市場で働く労働者を増やす」というもので、(手厳しい表現にもかかわらず)現実的でまあおおむね実際に行われつつあるものであると言えると思います。
なお非常に細かい話で新書にそこまで求めるのは無理な話と承知しつつ2点ほどコメントさせていただきますと、「企業内労働市場で、もっとも重要な役割を果たすべき管理職が、具体的な仕事能力と結びついた「職種」ではなく、労働者の「処遇」のためのポストと化している」(pp.164-165)という記述については、やはり「管理職クラス」と「管理職ポスト」に分けて考える必要があるだろうと思います。「クラス」についてはまあ「処遇のため」のものであると割り切れると思いますが、マネージャーとしての実態のある「管理職ポスト」については、候補者数に対してポスト数が相当程度不足しているのが多くの大企業の実態と思われます。さらに「管理職クラス」についても、短期的に見て仕事が処遇に見合ってないと思われることがあるのは、本人の問題というよりは本人の能力に見合った仕事が割り当てられない(やはり主な理由は高能力に見合う高レベルな仕事の不足)という人事管理の問題であることが多いと思われます。どうも八代先生をはじめ研究者の方が調査・取材の対象とされる人事担当者にこうした人事管理の問題に自覚的でない人が含まれているらしく、そのために現実が正確に伝わっていないのではないかと懸念しています。
もうひとつは169ページ以降の「年功賃金は事実上の賦課方式の年金制度」という議論についてで、こちらは議論自体はまったくそのとおりと思いますし、1997年の名著『日本的雇用慣行の経済学』ですでに「長期雇用慣行下の正社員は一種の株主のようなもので、企業と長期にわたる利益共同体となる」と喝破していた八代先生の慧眼には敬服するよりありません(松下電器の例をひいて若者がそれに期待していないというのは疑問ですが)。ただその賦課方式ゆえの問題点は、団塊世代が定年し、その再雇用期間も経過して退出した現在ではかなりの程度軽減されていることも事実なので、持続可能性はいくぶん回復しているとはいえると思います。実際、この間の昇給率をみると、大企業においても八代先生ご指摘のように定昇がきちんと行われているにもかかわらず(まあ大企業のやることだから当然だ)平均賃上げ率は一般的な定昇の水準である1%台後半をかなり下回る1%台前半という低率にとどまっています。これは賃金の高い団塊世代が退出し、その補充が比較的賃金の高くない若年世代でまかなわれたことの寄与がかなりあるのではないかと思います(検証したわけではないので断言はできませんが、実務家であれば実感にあう話と思います)。