制度論に走らずに

きのうに続いてRIETIホームページの「雇用危機:克服への処方箋」を取り上げまず。ブログの進行が大幅遅れなので、コメントは簡単に書いていきます。説明不足があると思いますがご容赦を。
第3回はRIETIの鶴光太郎上席研究員自らの登場です。タイトルは「「日本版フレキシュリティ・アプローチ」の導入を−「安心」、「育成」、「柔軟」三位一体の雇用制度改革を目指して」というものです。
http://www.rieti.go.jp/jp/projects/employment_crisis/column_03.html

…現下の状況に適切に対応するためには、短期的な緊急・応急措置と長期的な制度設計・制度改革のビジョンが必要である。本稿では、その具体的な対応として、「安心」、「育成」、「柔軟」といった3つのキーワードから成る「日本版フレキシュリティ・アプローチ」を提案したい。これら3つの政策は「3本の矢」のように互いに相互補完的である。
 フレキシュリティ(flexicurity)とは、柔軟性の"flexibility"と保障の"security"を合わせた造語であり、雇用保護を弱める一方、失業保険を手厚くすることで労働移動を高め、訓練などの積極的労働施策で入職を高めるような雇用・労働政策のアプローチを指し、デンマークの事例が有名である。
http://www.rieti.go.jp/jp/projects/employment_crisis/column_03.htmlから、以下同じ)

非常にしょーもない話で恐縮なのですが、「フレキシュリティ」というのは若干違和感があるような…hamachan先生は「フレクシキュリティ」と表記しておられますし、googleのヒット数でみると「フレキシキュリティ」が断然多くて16,600件、「フレクシキュリティ」はぐっと減って1,110件となっています。「フレキシュリティ」はというと実は1,880なのですが、実は「フレクシキュリティ」も「フレキシュリティ」もそのものでのヒットはほとんどすべてがhamachan先生か鶴先生にオリジナルがあるものなのですね。うーん、たいしたものだ。

 具体的には、「安心」とは特に短期的に景気の急激な落ち込みの影響を集中的に受けている非正規労働者に対し、セイフティネットを早急かつ大胆に拡充させることである。特に、雇用保険については、適用基準が現在の1年以上の雇用見込みから6カ月以上に緩和される方針であるが十分ではない。雇用見込み期間はあくまで雇い主側の主観的な判断に依存するため、保険料負担を逃れるために適用基準となる期間よりも低く見積もるインセンティブが生じるためである。雇用見込み期間にかかわらず、労災保険と同様すべての雇用者に適用されるようにするべきである。また、年金・医療等の社会保険における短時間・有期労働者の加入制限なども見直し、雇用関係の保険と一体的な運用ができるような制度設計も考えるべきであろう。

まあ、雇用見込み要件は廃止するという考え方はありうるでしょう。ただ、よく言われるように、ごく短期間の就労と失業給付の受給を繰り返すといったことを防ぐため、給付についてはそれなりの制約や水準設定を行わざるを得ないでしょう。あまり短期だと企業の管理コストもかさんできます。すでにこれらの事情を考慮した短期特例や日雇といった枠組みもあるので、いずれかには必ず加入する・させるといった形が現実的なのかもしれません。

 しかし、セイフティネット施策のみが寛大になりすぎると、労働者のモラルハザードを誘発し、労働市場を硬直化させるという副作用が生じてしまう。…「安心」を強化するのならば、以下に述べる「育成」、「柔軟」という視点も取り入れて長期的な制度設計を行うべきだ。
 「育成」とは失業した場合でも入職が高まるような訓練、補助金付き雇用、公的職業紹介などを通じて積極的労働政策を行うことである。…しかしながら、「積極的労働政策万能論」を振りかざす主張には注意が必要だ。OECDは、そのプラス効果は期待されるものの、既存の政策の多くは失敗しており、ジョブ・マッチングの効率性や対象者の経験・能力を高めるためには各種政策の適切な組み合わせが重要と強調している。
 また、スウェーデンを対象としたある実証分析は、失業者が新たな職を見つけるための最も有効な方策は企業に補助金を与え常用で雇い入れるようなプログラムであり、公的セクターの有期雇用や企業外での職業訓練は何もプログラムを受けない失業者よりも更に入職の確率は低くなるという結果を示している。これは何よりも企業の一員としてしっかり働けることこそ新たな雇用主に一番アピールできる能力であることを示している。したがって、一般に教育、訓練に対する政府介入の効果にあまり過大な期待をかけるべきではない。

このあたりは実務実感にまことによく一致していて同感です。いかに職業訓練を行ったとしても、肝心の企業で人手が余っていてニーズがないのでは再就職が進むはずがありません(仮に解雇規制を撤廃しても、企業はせいぜい人員規模が適正になるまで解雇を行うにとどまり、それ以上に解雇して新規雇用を行うとはとても考えられません)が。成功・不成功の判断は評価尺度によりますが、雇用失業情勢の目に見えた改善を期待するのであれば不成功に終わるのもやむを得ないところでしょう。まあ、よほどの優れた人材であれば、人手が余っていても採れるときに採っておきたいということで企業は競って採用するでしょうが、そういう人を政府の職業訓練などだけで育成できるとは残念ながら思えません。
また、なんと所もあろうにスウェーデンにおいて「何よりも企業の一員としてしっかり働けることこそ新たな雇用主に一番アピールできる能力であること」が示されたというのはジョブ至上主義の職務給厨のみなさまにはぜひご認識いただきたいところです。
いずれにしても、積極的労働政策の効用の第一は「景気が回復し、労働需要が高まってきたときの再就職を速やかにし、かつ質の高いものにする」といった部分にあるということではないでしょうか。したがって、当たり前かつ言い古されたことではありますが、結局は企業の努力と経済・産業・金融政策の適切な運用によって経済を拡大し雇用を増加させていくことが必要不可欠かつ最重要ということになりましょう。
なお、引用は省略しましたがアクティベーションの考え方は、今後わが国でも失業給付終了後の失業者の再就職支援+生活支援を考えていく必要があるわけですが、その際に参考となるものと思われます。この部分に関しては大陸欧州は反面教師以外の何物でもないわけですので。

 最後に、「柔軟」とは労働市場や働き方の柔軟性・流動性を高める方策である。
 80年代以降、ヨーロッパの長期的・構造的な失業継続を説明する考え方として「インサイダー・アウトサイダー理論」がある。この理論によれば、雇用が保障され、労働組合に加入する「インサイダー」(正規雇用者)の交渉力は強いため、不況でも賃金が下がらない一方、「アウトサイダー」である失業者はより安い賃金で働きたくとも職を見つけることはできない。このような状況では失業は長期化し、それとともに失業者の人的資本は劣化するため、「アウトサイダー」の労働市場への影響力はより小さくなる。つまり、失業者はますます失業のプールから抜け出すことが困難になるため、失業は長期的、構造的になるのである。
 日本の場合、非正規労働者、特に、有期労働者が失業者になれば、二重の意味で「アウトサイダー」の影響力が弱まり、正規・非正規労働者、就業者・失業者の二極化構造、更には、労働市場の硬直化が進展することが懸念される。したがって、構造的失業を増加させないためには、まず、「インサイダー」の交渉力に基づく実質賃金の上昇を防ぐことである。たとえば、ワークシェアリングで労働時間が短縮されても賃金の受け取り総額が変わらなければ、時間当たりの賃金は上昇してしまう。これは結局、「アウトサイダー」の失業を長期化させる方向に働くことに留意する必要がある。また、賃金のみならず、正規労働者の待遇・保障も正規・非正規問題がここまで深刻化した以上、見直さざるを得ない。具体的には、まず、福利厚生の優遇是正から始めるべきである。最終的には雇用保障のあり方の見直しまで視野に入れて制度設計を行い、正規、非正規両サイドから均衡処遇に努め、労働市場の二極化現象を改善していくことが不可欠である。

ここはかなりの議論があるところでしょう。ここでまず留意すべきなのは、日本におけるこのような長期雇用を中心とした人材活用システムはかなり生産性が高いということです。インサイダーの交渉力の背景にもそれがあるわけで、規制によるレントの部分もあるでしょうがそれほど大きくはないのではないでしょうか(なかなか検証の難しいところではありますが)。アウトサイダーを救済するためにインサイダーの交渉力を低下させ、生産性まで低下させてしまったのでは元も子もなくなってしまうわけで。「賃金のみならず、正規労働者の待遇・保障も正規・非正規問題がここまで深刻化した以上、見直さざるを得ない」というのは、そのあたりの裏付けをはっきりしてもらわなければ、そうそう簡単には同意できるものではありません。「まず、福利厚生の優遇是正から始めるべきである」というのも、福利厚生も賃金や労働時間、雇用保障なども含めた総合的な労働条件のパッケージの一つとして設計されているわけですから、一部分だけに目をつけて手を突っ込まれてあれこれやられるのはとりあえず企業の人事管理にとってははなはだ迷惑です。「最終的には雇用保障のあり方の見直しまで視野に入れて」というのは要するに長期雇用慣行をやめるということですから、これは鶴氏も「最終的には」と書いておられるように、本当に最後の最後に考える事項になるでしょう。「正規、非正規両サイドから均衡処遇に努め」というのも不用意な表現で、もちろん鶴先生はそんな単純な見方はしておられないでしょうが、しかし「格差が小さいのが均衡処遇だ」というきわめて単細胞な発想に読めてしまうことも事実ですので…。労働市場の二極化はたしかに問題でしょうが、それは現在の制度の中で均衡処遇がはかられた結果の二極化であるということは、それこそインサイダー・アウトサイダー論が示しているわけで。で、その解決策の方向性は、インサイダーの生産性をガタ落ちさせる解雇規制の撤廃ではなく、二極化したインサイダーとアウトサイダーの間にグラデーションをつくることができる労働法の規制緩和であろう、ということはこのブログでも繰り返し書いてきました。
まあ、エコノミストがこうした制度改革の議論を好むということは情においてたいへんよくわかるのではありますが、現実に必要なのは、アウトサイダーの中でも特に支援の必要な人を特定して(具体的には非正規労働で生計を維持せざるを得ない人など)、そこに必要な支援を集中して投下していくという、見栄えは悪いけれど比較的小額の費用でそれなりの効果をあげられる施策なのではないでしょうか。その大きな柱が積極的労働市場政策ではないかと思います。