2015年雇用問題フォーラム

昨日、NPO法人人材派遣・請負会社のためのサポートセンターの「2015年雇用問題フォーラム」が開催されましたので聴講してまいりました。このNPO法人は「サービス業界における企業および管理者に対して、人事・労務管理を中心とする経営相談や教育支援活動を行う」ことを目的に設立されたもので、「派遣・請負企業の経営の安定と…従業員の生活の安定と向上を図り」、もって業界の健全な発展に資することを目的としています。人材サービスゼネラルユニオン(とその上部のUIゼンセン)が主体となって作ったもので、労働組合が使用者を教育する法人を立ち上げるというのもなかなか興味深い取り組みではありますが、なるほど経営者や人事労務管理者がしっかりしないことには雇用の安定も労働条件の向上もないだろうというのが業界の実情なのかもしれません。
実は私もこのNPO法人の勉強会に呼ばれてしゃべったことがあり、勉強会というので10人か20人くらいかと思ったら数百人の大会議で驚きました。そもそもこの業界は遵法の徹底とか人事管理の高度化とかいう以前に法制度そのものがなにかと転変しているわけなので理論武装の重要性が桁違いなのでしょう。ただこれは人材協とか業界団体のやることじゃないのかという感はあったのですが勉強会には人材協や生産技能労務協会の重鎮の方々の顔もみえましたのでこのあたりは業界でそういう役割分担になっているのかもしれません。
といったことでお誘いいただいたのと、登壇者が海老原嗣生氏・濱口桂一郎先生・水町勇一郎先生という豪華メンバーだったのでこりゃ聞き逃せんわいということで行ってまいりました。
さて内容をざっとご紹介しますと、まずはお三方がそれぞれ講演され、海老原さんはおもにフランスの労働市場・雇用管理の実情を紹介されながら、フランスも労働時間の短さといったいいことばかりではなく、学歴などで労働市場が階層化されており、中間〜下位層では生涯を通じた昇給がわずかしかなく、かつピークにおいてもその中間は上位の、下位は中間の初任給を上回ることはできず、さらに労働者がみずから「籠の鳥」と例えるくらいに異なる階層・職種に移ることがきわめて困難な分断された社会であるといった大きな問題もある、一方で日本の労働市場にも悪いことはたくさんあるけれど人材育成などの面で優れた部分もあると指摘されました。その上で今後の日本企業の人事管理として日本と欧米の「いいとこ取り」、つまり35歳くらいまでは日本流の人材育成・キャリアアップを継続する一方、35歳以降はさらにキャリアアップする少数のエリートとキャリアも処遇もそれ以上上がらずにワークライフバランスするノンエリートに分けることを主張され、それに沿った法制度の整備を訴えられました。
次にhamachan先生こと濱口先生は「日本的雇用と女子の運命」と題されて講演され、hamachan先生が女性労働について論じられるのは珍しいと司会の方もおっしゃっておられましたが、ははあこれはあれだなさてはhamachan先生今度は女性労働の新書を出すおつもりだななどとあれこれ邪推を巡らす私。講演の内容も女性労働の観点からわが国の労働政策史を回顧された上で、無限定正社員がデフォルトルールとなっている構造問題が女性の活躍を(も)阻害していると指摘され、「マミートラックこそノーマルトラック」という表現で「ジョブ型をデフォルトに」というご持論を展開されました。その上で、解決策として海老原氏の「途中からノンエリート着地」に一定の支持を与えつつ、しかしそれだと女性労働者の出産が遅れることについて問題提起されました。
水町先生はまずお二人の講演に対して、両先生は日本と欧米のいいとこ取りとは言われるものの法学者としてはむしろ悪いところ取りになる危険性を意識せざるを得ず、現にそうした実態も見られるのではないかと指摘されました。その後、近年の労働法理論の潮流として「手続的規制」「構造的アプローチ」「潜在能力アプローチ」、今後のキーワードとしてIncentive、Reflexibility、Synthesisの3つを紹介されました。その上で今後の課題として、労使による協議と共同決定を促進する動機づけの重要性を指摘され、税制や社会保障、政府調達における優遇措置のほか、法廷においても労使間の手続が十分満足いくものであれば裁判所はその決定に踏み込まない(合理性ありと認める)ことなどを上げられました。
その後は法政の坂爪洋美先生のコーディネートでこのお三方によるパネルディスカッションとなり、まずはhamachan先生の「35歳でノンエリート着地だと、女性の出産が遅くなる」という問題提起に対して海老原さんからのお返事がありました。これは私も初めて聞く話でたいへん興味深く承ったのですが、海老原さんいわく、1955年においては平均寿命は70歳に達せず、定年年齢は55歳であり、労働者の大半の学歴は中卒であった。この状態であれば、就職してから30歳までの間に結婚相手を見つけて、複数人を出産することが十分可能だったし、逆に30代で出産しないと定年までに高校を卒業させられないという状況だった。しかるに現在は平均寿命は80歳を超えて定年年齢もいずれ68歳になるだろうし、労働者の約半数は大卒以上である。22歳で就職して30歳までに結婚相手をみつけて複数出産するのはかなり大変ないっぽう、45歳で出産しても68歳まで働ければまあ大学を卒業させることがだいたいできるだろう。諸外国の例をみても40代での出産が普通にみられる国も多くあり(まあ日本とはだいぶ国情の異なる国ではあるのですが)、35歳を過ぎて結婚、出産するというのは決して遅すぎることはなく、むしろ生涯全体でみればバランスがいいとも言える…といったお話だったと思います。
でまあこれはこれでたいへんに筋の通ったご意見だと思いながら聞いていたわけですがhamachan先生は納得せず、やはり既存の常識に挑戦するものであるだけに現実化は難しく、女性をかえって困難な板挟みにあわせることになるのではないかとの危惧を表明されました。
あともう一つ目を惹いたのは水町先生がフランスの労働時間とワークライフバランスについて言及されたのに対して、海老原さんが「仕事ってのはそんなにつらいものですか、働くってのはそんなにいやなことですか、だからなるべく働く時間を短くするのがいいってことですか」といったツッコミを入れられた場面がありました。水町先生はこれに対して「学部生の講義で最初に教えるのが、労働には働きがいとか成長とかいった面と、つらい・苦しい面と両方あって、両方から見て考えなければいけないよ、ということ」と回答され、まあそのとおりだとは思うわけですが、しかし海老原さんとしてみればフランスの労働者は「籠の鳥」となることと引き替えに短い労働時間と計算上高い時給(たしかに時給換算すると高いけれど労働時間が短いので所得としては高くない)を獲得しているわけで、それでいいのか、と言いたかったのではないかと思います。全体的に水町先生は現に審議会などで政策決定に関与しておられますので、そうした立場からのご発言が多かったように思います。
ほかにも、これは参加者の皆様には大いに有益なものだろうと思った場面が多々あり、たとえばパネルでhamachan先生がわれわれ労働政策関係者がいうところの「女子」「婦人」「女性」の含意についてたいへんわかりやすく解説されたわけですが、これには檀上の海老原氏も「ああ」と感嘆しておられたくらいで、参加者の皆様には興味深い話ではなかったかと思います。
ということで、雇用問題の現状や今後の方向性について非常に豊富な内容を含んだフォーラムで、主催者の所期の成果は十分に達成されたものと思います。私自身も、お三方の議論はたびたび耳にも目にもしているところでもあって目新しい話というのはあまりなかったわけではありますが、頭の整理という意味では大変有意義でした。欲を言えば、海老原さんとhamachan先生のご所論がかなり似ている(切り口が海外事例と歴史なのでそれほど気にはならないのですが)のと、経済学者がいなかったということで、やや議論が一面的だったかなという感はあったように思いますが、逆に言えば議論が一貫していて焦点が明確だったということでもあり、まあ本当に欲を言えばという話です。
さて内容のご紹介はこのくらいにして感想などもいくつか書きたいのではありますが、今日はだいぶ長くなってきましたので明日以降にしたいと思います。とは言っても明日以降が本当にあるのかという問題はあるわけですが、といつもの逃げを打って今日は終わります。